韓流時代小説 罠wana*ヨンオクが臨月を迎えるー赤ちゃんはいつ生まれても良い状態と言われたけど | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載291回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」【後編】

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

☆シリーズ最終話となる本作では、チュソンとジアンの主人公カップルの愛のゆくえだけでなく、「大人の愛」、「家族の愛」、「親子の愛」を描き出すことを目標とした。単なる恋愛だけが「愛」ではない。男女の恋愛を超えた、その先にある「大きな愛」がテーマの物語にしてみたいという気持ちで書いた。☆

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 ヨンオクに化粧をしてあげるのは初めてだ。実際に施術してみて、義母の若やいだ美しさに圧倒された。美しいと讃えられる人でも、どこかしら欠点というか難は一つくらいはあるものだ。
 しかし、ヨンオクの生来の美貌には、文句のつけどころが一切なかった。眼、眉、口、鼻、顔の形、どこを取っても完璧に整っており、それらがバランス良く卵形の顔に理想的に配置されている。
 正直、ここまでの美しさなら化粧で隠すのが勿体ないとさえいえた。常人であれば、自らの造作について感じる劣等感(コンプレツクス)を化粧で〝ごまかす、隠す〟ところだが、ヨンオクの場合はその逆である。まさに、輝かんばかりの美貌を化粧でかえって隠して台無しにしてしまうとさえ思える。
 そういうわけで、ジアンは過度の化粧は施さず、ごくごく薄化粧にとどめた。眉を描こうとしても、ほぼ完璧な形、細さのため、描きようがないという有り様だ。棗型の黒目がちの瞳は潤んで何かを訴えかけているようで、これも眼許に色をつけすぎれば眼だけが悪目立ちする。
 眼許にもごく薄く落ち着いた色目の紅をぼかすだけにとどめ、ただし唇だけは相変わらず荒れて色つやがないため、大人の女性にふさわしいコクがあっても派手ではない赤を丹念に引いた。
 総仕上げにヨンオクの両手のひらの爪先を口紅と同色の深みのある紅で染めたのだ。
 爪染めまでは、普段は頼まれない限りはしない。客の依頼で特に付属(オプシヨン)でつける場合は当然ながら有料になる。ヨンオクに限っての特別サービスだ。
 ジアンが微笑んだ。
「これで、お召し替えをすれば完璧ですね。もしお身体が大丈夫なら、晴れ着に着替えられますか?」
 ヨンオクが郡守の屋敷から暇を取る際、郡守が用意した見事な晴れ着一式は畳んで大切にしまっている。
 ヨンオクがかすかに首を振る。
「残念だけど、着替えるまでの元気はなさそうよ。またの機会にしておくわ」
 ジアンの綺麗な顔が曇った。
「申し訳ありません。お義母さまがあまりにお綺麗なので、私もやり甲斐があって夢中になってしまいましたけど、お疲れですよね」
 ヨンオクが笑う。
「大丈夫よ、こんなに綺麗にして貰ったんだもの、疲れなんて吹き飛ぶわ」
 身重の義母を気遣い、訊ねずにはいられない。
「少し横になって休まれますか?」
 暦は今日から既に六月に入っている。ヨンオクはいよいよ臨月に入っていた。お腹の子は順調に育ち、腹部はますます膨らんではち切れんばかりだ。
 この頃では、ただ歩くのですら大変そうで、ジアンは常に義母から眼を離さなかった。突き出たお腹で足下が見えないのだと言う。経験のないジアンには判らないけれど、とにかく一人で歩き回って転んでは一大事だ。
 定期的にヨンオクを診にきている産婆の話では、赤児はもういつ生まれても良い状態だそうだ。臨月初めに腹の子はもう同時期の赤児の標準体重を軽く上回っているだろうと言われた。
 チュソンは万全には万全を期しており、産婆だけでなく近くの医者にも母を診せていた。医者と産婆の診立ては、ほぼ一致している。産婆は六十半ばの気の良い女だが、腕の良さは折り紙つきだ。医者にでさえ見放された難産の妊婦を何人も無事に身二つにさせた経験がある。
 チュソンは町で臨時の代書屋を営んでいるから、代筆の依頼に訪れた客のつてを頼り、近隣で最も評判の良い産婆をヨンオクのために探してきたのだ。
 産婆は妊婦には聞こえない場所で嘆息した。
ー臨月が来るまではむしろ早産になってはと案じておったがのぅ。
 しかしながら、赤児はいっかな生まれてくる気配はない。ーどころか、この時期になると胎児は生まれる準備を自ら整え始め、産道近くーつまり下の方へと降りてくるはずなのに、その気配もないという。
ーお腹の御子が育ち過ぎておるな。
 小さく産んで大きく育てよとの諺があるように、出産時には赤児はほどほどの大きさが望ましいのは言わずもがなだ。巨大児はただ妊婦の身体に負担をかけるだけで、難産の元になる。
 更に、肝心の赤児が降りてきていないため、予想以上に出産は困難を極めるだろうと産婆と医師は口を揃えて語っていた。
 ジアンはその時、産婆に控えめに問うた。
ー双子ということはないのですね。
 産婆は笑って胸を叩いた。
ー取り上げた赤ン坊はもう自分でも憶えちゃいられないほどの数だ。双子かそうでないくらいは妊婦の腹を触れば、眼を瞑っていても判る。
 双子ではないと知れても、気休め程度でしかなかった。産婆に言わせれば、ヨンオクの腹の子は双子でなくとも二人分とまでは言えないが、ゆうに一.五倍の目方はあるだろうとのことだ。
 諸処の事情を考えれば、予定日まであと半月を控えた今は、一日も早く出産を終えた方が良いのは判っていた。腹の中にいればいるほど、赤児は日々育つものだ。
 とはいえ、無理に産気づかせるのもまたヨンオクの身体に負担をかけるとあって、自然に陣痛が来るのを待っている状態だ。
 ジアンの助けを借り、ヨンオクは居室として使っている納戸まで戻り、敷きっぱなしにした床に横たわった。ヨンオクは残念がったけれど、折角結い上げた髪は邪魔になるからと降ろして横になりやすいように直した。しばらくは想像以上の化粧の出来映えに女性らしく興奮していた様子だったが、やはり疲れたのか、直に寝息を立て始めたのだ。
 義母が床に落ち着いたのを見届けてから、ジアンは板の間に戻り、化粧道具を手入れし片付けた。飴色に光る木製の大きな化粧収納箱(メークボックス)には蓋に木蓮が大きく彫り込まれている。