韓流時代小説 罠wana*あなたは「美女」にしか見えないから、酔客に襲われないかと心配だわ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 連載289回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」【後編】

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー

☆シリーズ最終話となる本作では、チュソンとジアンの主人公カップルの愛のゆくえだけでなく、「大人の愛」、「家族の愛」、「親子の愛」を描き出すことを目標とした。単なる恋愛だけが「愛」ではない。男女の恋愛を超えた、その先にある「大きな愛」がテーマの物語にしてみたいという気持ちで書いた。☆

******

    哀しい予感

 鏡の中の義母はいつになく神妙な面持ちで座っている。ジアンはヨンオクの緊張を少しでも解きほぐそうと、わざと明るい声音で声をかけた。
「義母(はは)上さまは、どのような髪型がお好みですか?」
 と、ヨンオクは改めて愕いたように形の良い柳眉をかすかに寄せる。
「あなたは髪結いのようなこともできるの?」
 ジアンはタナン村近辺では腕の良い仕立師の他に、化粧(けわい)師としても活躍している。仕事の依頼の半分が両班や富豪の令嬢の婚礼化粧であった。当然ながら、化粧師は婚礼当日に挙式場にずっと待機し、主役の花嫁の支度を調える。化粧師といっても、ただ化粧をするだけでなく、髪を結い上げるのも主たる役目の一つである。
 花嫁衣装の着付けは大抵、侍女が行うものの、化粧師は常に側に待機し必要があれば着付けも手伝うし、化粧や髪型が崩れようものなら、即座に直す。嘉礼の主役は何と言っても新婦だ。主役が晴れの日に最も美しく輝けるように心を尽くすのが化粧師の仕事だと思っている。
 一般に髪結いと化粧師の仕事区分は曖昧だ。髪結いは専門の髪結師に任せる者もいるにはいる。とはいえ、やはり別々に雇えば、その分費用もかさむから、ある程度、髪結いの技術があれば化粧師として顧客から更に重宝がられるのは当然だ。
 というわけで、ジアンも化粧師ではあれども、よほど複雑な髪型を注文されない限り、髪結いもすべて自分で行っている。必要に応じて使う女性用の髢も常備しており、手入れを怠らない。
 ゆえに、ヨンオクの質問は今更ではあるのだがー。ジアンは鏡越しに、ヨンオクに向かって微笑みかけた。
「お好みの髪型があれば、やらせて頂きますよ?」
 ヨンオクの血の気ない頬がかすかに朱を帯びた。やはり、女性にとって化粧(メーク)は、心浮き立つものらしいと、ジアンは認識を新たにする。
 ヨンオクが小首を傾げた。何か言いたそうだけれど、言い出せないといったところか。
 こんなときは、ほんの少し背中を押してあげるのも化粧師の仕事だ。ジアンは朗らかな声で言う。
「何でもご遠慮なく、おっしゃって下さいな。あまりに難しいものは専門ではないので無理ですけど、大抵の髪型ならできますよ」
 少し躊躇った末、ヨンオクが消え入るような声で呟いた。
「妓房の女たちがやっているような髪型はできるかしら」
 最初、ジアンは耳を疑った。ヨンオクは貞淑な両班家の奥方のお手本のようなひとだ。その義母が寄りにも寄って妓生の髪型を所望するとは!
 ジアンが呆気に取られていると、ヨンオクが頬に血を上らせたまま口早に言った。
「いいえ、やはり良いわ。今のは聞かなかったことにして。私ったら、一体、何を考えているのからしね。いかがわしい女たちの真似をしてみたいだなんて」
 ジアンは頬が緩むのを堪えるのが大変だ。やはり、謹厳なヨンオクもどこにでもいる普通の女人なのだ。
「妓生の髪型でしたら、自信はあります。髢を使うので、かなり重いですけど、お身体の方は大丈夫ですか?」
 ヨンオクが今度は眉をつりあげた。
「あなたは妓房にまで出入りしているの?」
「はい。妓房は婚礼化粧の次に依頼が多いお得意さまかもしれません」
 ジアンは事もなげに頷いてから、しまったと後悔した。ヨンオクの顔が完全に強ばり、引きつってしまっている。
 やんごとなき両班家の夫人にとって、息子の嫁が遊廓を仕事場にしているのは耐えがたいのだろう。これは何もヨンオクが狭量なわけではない。両班家の奥方であれば当然だ。
 実の母に対するようにすっかり気が緩み、口を滑らせたのを悔いても今更だ。
 ヨンオクがやや固い口調で問うた。
「チュソンは、あなたが妓房に出入りしているのを知っているのかしら」
 ジアンは殊勝に言った。
「はい、旦那さまはご存じです」
 ヨンオクが小さな溜息をついた。
「あの子はジアンに甘いから」
 ジアンがしゅんとして言った。
「お義母さまをご不快におさせしまい、申し訳ありません。でも、妓房は大切な顧客が大勢いるので、失うわけにはゆかないんです」
 ヨンオクがふいに笑い出した。軽やかな笑い声に、ジアンは愕いて鏡の中の義母を見る。
「あなたは何か誤解しているようね、ジアン。私は何もあなたが妓房に出入りしているからといって責めているわけではないのよ」
 鏡に映じたヨンオクの美しい面には、ほのかな微笑が浮かんでいる。
「あなたを見ただけで、真の性別を見抜ける人なんていやしないわ。だって、我が家の嫁女はどこから見ても絶世の美女ですもの。だからこそ、私は心配なの」
 今ひとつヨンオクの意図が読めない。困惑するジアンに、ヨンオクは更に畳みかけた。
「妓房には昼間でさえ、酔漢がいるでしょう。好色な男に大切な【娘】が眼を付けられでもしたら大変だもの」
 ジアンは息を呑んだ。
「では、お義母さまは、私のことを心配して下さって?」
 ヨンオクが微笑った。
「当たり前でしょう。あなたは私の大切な娘よ」
 何と義母は嫁が遊廓に出入りしているのを咎めているのではなく、ジアンが好色な客に絡まれるのを心配してくれていたのだ。
 温かなものがジアンの心を満たし、それは熱い雫となって眼尻に滲んだ。