韓流時代小説 罠wana* 問わず語りー官奴に落とされた美しい女は役人に抱かれるのが仕事と聞いて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

連載280回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

*********

 反乱派の不穏な動きを事前に察知したジョンハクは、ヨンオクを離縁し実家に戻した。仮に事が起こった時、赤の他人であれば処罰対象とはならない。
 けれども、謀反が成功して一躍、新政府軍となったあやつらは、事後、ヨンオクまで捕らえた。あの日の屈辱をも忘れはしない。
 実家に匿われていたヨンオクは、迎えにきた役人に引きずり出された。年老いた両親は泣きながら連行される娘に取り縋った。
 在宅していた兄も抗議してくれたけれど、役人に足蹴にされ無残に転がっただけだった。
 義禁府の牢にいる間、ヨンオクの罪状は決まった。〝大逆人〟の妻として両班の身分を剥奪し官奴に落とすという沙汰だ。処罰が決まれば後は早かった。ヨンオクは他の同じような婦人たちと一緒に都を離れ、遠方の北の町へ送られることになった。
 都を出るときは十数人いた女たちは、途中で三々五々、別れてそれぞれの流刑地へ向かうことになる。ヨンオクたちが辿り着いたのは、今回の〝罪人〟たちの中ではとりわけ重い罪を得た女たちが護送される最も遠い地だ。
 目的地に着いたときには、ヨンオクの他、三人の女たちだけになっていた。
 連行されるなり、衣服をはぎ取られ、湯浴みをさせられた。旅の泥と垢に汚れた衣服から、粗末ではあるが清潔なものに着替えさせられ、髪まで整えられ、薄化粧まで施された。
 身支度を手伝ってくれたのは、町の妓房の女将だという仇っぽい年増女だ。
 支度を終えた四人の女たちは、役場の庭に引き出された。そこには数人の男たちが待っていた。
 威儀を正した官服を纏っているのは、長官の郡守だと判る。郡守を取り巻くようにいるのは、役所で働く小役人だろう。
 長官は流石に威風堂々とした貫禄のある男であったが、見かけからして小役人はたかが器は知れていた。特に終始、ニヤついた嫌らしい笑みを浮かべていたあの男!
 ヨンオクをぎらついた眼で舐め回すように見ていた男は、やたら背ばかりが高く、頭の中身が成長に追いついていないような軽薄さと品の無さがほの見えた。
 ヨンオクたちを護送してきた都の役人は、用が済むと清々したとばかりに漢陽に帰っていった。
 召し出しを受けたのは、役人たちが漢陽に向けて発った二日後だ。ヨンオクたちが役場に着いて数日後だった。
 またあの女将が来て、湯浴みやら化粧やらを手伝ってくれた。
「あんたは運が良い。やっぱり、別嬪は得だねぇ」
 女将の言葉の意味を、ヨンオクはほどなく知ることになる。
 官奴に落とされた女で眉目の良い者は、役場で働く男たちの慰みものになる。主な仕事は雑用よりは、専ら男たちの伽を務めることだ。
 ヨンオクが伺候したのは、長官の寝所であった。なるほど、あの妓生がしたり顔で〝運が良い〟と言った意味が判った。
 ヨンオクは木綿の夜着を着せられていた。
 役場の隣には、郡守のための屋敷が建っている。これは国が用意した公邸である。ヨンオクは、その公邸の寝室に呼ばれたのであった。
 ヨンオクを寝所まで案内してくれたのも、年嵩の官奴であった。いつからここにいるのか、殆ど喋らないので判らない。いつも虚ろな洞(うろ)のような眼をして、生きながら死んでいるかのようであった。
 いずれ刻が経てば、自分もあの女のようになるのだろうか。生きることを諦め、生きているのに心は死んでいる女。
 女の盛りは短い。男たちを慰めることができなくなれば、用済みになる。後は雑用をこなしながら生命が尽きる日を待つだけだ。
 考えただけで、寒気がしそうだ。いっそ本当に狂ってしまった方が幸せなのかもしれない。
 年嵩の女が去り、ヨンオクの背後で扉が閉まった。ヨンオクはその場に座り、両手をつかえた。
「面を上げよ」
 予想外に張りのある、若々しい声音だ。それでも、ヨンオクは顔を上げなかった。
 何も卑劣な男の言うなりになる必要は、さらさらないのだ。腹を立てた男にこの場で切り捨てられれば、むしろ本望ではないか。
 何度か応酬があった後、男が立ち上がる気配がした。近づいてくる。顎に手をかけ、仰のけられた。
 間近に、男の顔が迫っていた。精悍な面立ちだ。世間では美男と呼ばれるのだろうが、ヨンオクにとっては唾を吐きかけてやたいほど嫌悪する相手でしかない。
 男が息を呑んだ。
「美しいとは思っていたが、これほどまでとは」
 咄嗟に室内を油断なく見回してみても、窓はきっちりと閉まっているし、出入り口は先刻、入ってきた扉しかない。逃げ道はなさそうだ。
 室にのべられた褥の傍らに、酒肴を乗せた小卓が置かれている。
 男がふいに手を伸ばし、ヨンオクの漆黒の髪から簪を引き抜いた。両班家の奥方であった頃とは比べようもない、粗末な木の変哲ない簪だ。
 簪を抜いた刹那、丈なす黒髪が滝のように背中に流れ落ちた。前髪がはらり、と、乱れて額にかかる。見上げたヨンオクの美貌は、夜空に輝く月神もかくやといわんばかりの艶麗さだった。
 男がゴクリと唾を飲み下す音がしじまに響いた。性急な手つきで上衣の前紐を解かれた。慣れた手つきに、嫌悪感で吐きそうになった。
 一体、幾人の官奴に落とされた憐れな女たちをここで抱いてきたのか。できるなら、このまま男の顔に吐瀉物をまき散らしてやりたかった。
 紐が解けたシュルツと妖しい音がするのと、ヨンオクが袖から懐剣を取り出したのはほぼ同時のことだ。