韓流時代小説 罠wana* 未婚の母、高齢出産という選択ー決意の裏に隠された真実が明らかになるー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載279回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

*********

 この地方に数代前から住む両班だという話だ。チュソンよりは数歳年上だが、漢詩をたしなむということで、チュソンの深い学識と教養にすっかり惚れ込み、意気投合したらしい。
 両班は相応の教養を持っているはずで、代書というのも妙だと思ったものだったが、何のことはない、その男は恋文の代筆を頼みにきたのだ。
ー恥を打ち明けるようだが、私は稀代の悪筆なのだ!
 どうやら、やはり地方両班の年頃の令嬢に懸想をしているらしく、恋文を代わりに書いて欲しいと頼みにきたのが縁の始まりだった。
 空地には露台が置かれている。これは先住者が置いていったもので、数年の年月、雨晒しになった木製の露台は、かなり劣化している。
 ヨンオクは鳥の羽のように軽いけれど、万が一、腐った部分が重みに耐えかねてヨンオクごと落下しようものなら大事だ。
 ジアンの声がけにも反応はない。ヨンオクはひたすら夜空を見上げているようであった。
「お義母さま?」
 もう一度呼ばわれば、漸く振り向いた。
 義母の白い面にほんのりと微笑が浮かぶ。やつれても、ヨンオクはやはり美しかった。
 清(さや)かな月光が蒼白く花のようなかんばせを照らしている。
「月がとても綺麗ねえ」
 少女のように嬉しげに言うので、ジアンは喉許まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 腐りかけた露台は危ないから、座らないようにと注意しようと思っていた。でも、愉しげな義母を見ていたら、無理に今、伝えなくても良いだろうと思えたのだ。
 ジアンも微笑み、ヨンオクの傍らに立った。
「本当に綺麗ですね」
 ヨンオクが軽く眼を瞑った。
「ここに来るまで、月を見るのが怖かったの」
 ジアンは眼をまたたかせ、義母を見つめた。月を見るのが怖いとは、どういう意味だろう?
 ヨンオクがフと笑った。酷(ひど)く淋しげな横顔に胸をつかれると共に、何か不穏な予感が満ちてくる。
「誤解しないでね。ずっと月を見るのが怖いわけではなかったのよ。夜空に輝く月ほど神秘に満ちて美しいものはないもの。怖いどころか、大好きだったわ」
 ジアンは息を呑んで義母の口許を見つめる。ヨンオクが何か重大な話をしようとしているのだと直感的に知った。警鐘が鳴り響き、この話を聞くべきではないとの声が聞こえてくる。
 けれども、ヨンオクは話を聞くことを望んでいるように見えた。義母の望みを無下にできようはずもなかった。
「何か理由があったんですね」
 何故か、声が震える。
 ヨンオクは小さく頷いた。
「お腹の子の父親は使道さまではないの」
「ーっ」
 ジアンは自分の喉がヒュッと音を立てるのを聞いた。実のところ、ヨンオクの身柄を引き取る際、チュソンは郡守と二人きりで会話している。そのため、チュソンは既に腹の子の父が郡守であることに疑いを抱き始めていた。が、ジアンはまだ良人ほど郡守の人となりを知らない。ジアンが義母の突然の告白に驚愕するのも無理はなかった。
 ジアンは唇を戦慄(わなな)かせた。
「お義母さま、それはどういうー」
 ヨンオクの声が揺れた。
「チュソンには到底聞かせられない話よ。いいえ、本当はあなたにも余計なことを話して、哀しませるべきではないのかもしれない。でも、やはり誰かには真実を話しておくべきだと思うから」
 ジアンが義母から聞いた話は、想像を絶するものだった。
 
   【月夜の惨劇】

 運命の夜は、突如としてやってきた。いや、その言い方は正しくはないだろう。ここに連れてこられたそのときから、すべては決まっていたことだ。
 ヨンオクは十数日をかけて都漢陽から、この北の町まで護送されてきた。とはいっても、乗り物や馬に乗ったわけでもなく、自分の足で歩いてきたのだ。しかも、罪人として手首を縄で拘束され、細腰にも荒縄が幾重にも巻きつき、その先は犬のように見張りの役人にしっかりと握られている。
 身体的な苦痛より、精神的な屈辱の方がはるかに凌駕した。
 彼女は、上流両班家に生まれ、大勢の召使いにかしずかれて育った深窓の令嬢だった。
 少女のまま大人になったような典型的な、両班家の奥方でもあった。わずかな距離ですら、外出は立派な輿を使い、我が足で歩いたことはない。そんな彼女は生まれて初めての長距離の旅でできたマメがつぶれ血が流れ、立っていられるのが不思議なほど痛んだ。
 それでも、役場(ここ)に連行されることに比べれば、苦難ともいえなかった。過酷な長旅に身体のあちこちはきしみ、悲鳴を上げていた。けれども、旅の夜、同じように官奴に落とされた女たちと狭い宿所で藁にくるまって雑魚寝する夜には、身体が訴える痛みより、日々、受ける耐えがたい屈辱に涙を流したものだ。
 誇り高い両班家の女が家畜のように縄に繋がれ、取るに足らない小役人に罵倒されている。
 世の中に、こんなことがあって良いはずがない。あの男たちは天の習いに唾吐くようなものだ。いずれ、相応の報いを受けるだろう。
 そう思うことで、屈辱の涙を止めた。
 小役人は侮蔑の眼でヨンオクたちを見て言った。
ーお前たちは、もう両班でも奥さまでもない。
 そう、あやつらの言うことは間違いではない。ヨンオクの良人、兵曹判書ナ・ジョンハクは反正に巻き込まれ、非業の最期を遂げた。