韓流時代小説 罠wana*哀しみは雨のごとくー父上以外の男に抱かれ妊娠した母上を母と認めたくない | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載262回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

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 チュソンが肩をすくめる。
「まさか。剣はそこそこやったことはあるけど、自慢じゃないが、弓なんぞ的にかすりもしないだろう」
 ややあって、クスクスと忍び笑いが聞こえ、ジアンが振り向くと、ヨンオクが側にいた。
「あなたたちったら、本当にお似合いねえ。まるで十年も連れ添った夫婦のように息がぴったりだわ」
 ヨンオクは、うらなりの去った方を憎々しげに見つめた。
「あんな男、両眼を潰すどころか、この世から消してしまえば良い」
 チュソンが戸惑ったように母を見た。
「母上?」
 勝ち気ではあるが、非情ではないヨンオクには似合わない態度だと思ったらしい。ジアンも突然の義母の怒りには違和感を憶えた。
 二人の視線に気づいたように、ヨンオクが慌てて微笑む。
「二人とも、まだ、しばらくは町にいるのよね?」
「もちろんです」
 チュソンがすかさず言い、もう一度、ヨンオクを軽く抱きしめた。
「またすぐに逢いにきますよ」
 ヨンオクとは役場の門前で別れたものの、チュソンは何度も振り返って母の姿を確認していた。まるで、眼を離せば、母が再び消えてしまうのを怖れるかのように。
 そして、ヨンオクもまた門前に立ち尽くし、遠ざかる息子から眼を離さそうとしなかった。どちらもが動こうとしないので、いつまで経っても埒があかない。
 チュソンが母に向かい、大きく手を振り叫んだ。
「母上、必ず伺いますゆえ、くれぐれも無理はなさらないように」
 ヨンオクは幾度も頷き、手を振り返していた。
 宿屋に向かう道すがら、チュソンは突如として立ち止まった。役場から宿までは歩いて四半刻もかからない、人気の無い道が続く。
 それでもたまに誰かとすれ違うことがあり、チュソンは今も行商人らしい中年の男をやり過ごしたばかりだった。
 チュソンは拳を眼に当てると、身体を震わせた。時折低い嗚咽が聞こえる。
「話せなかった」
 嗚咽に混じって、チュソンのかすかな声が聞こえる。ジアンは彼の傍らに佇み、優しい声音で訊ねた。
「何か他にお話しになりたいことがあったのですね」
 チュソンは子どものように泣きながら頷いた。
「父上のことを話そうと思っていたんだ。黄執事から伝わっているかもしれないけど、私からも改めてご報告しようとね。ーできなかったよ。私は父上と母上の息子だ。なのに、母上は今、父上の胤(たね)ではない子を身籠もっている。母上には何の責任もないことだが、私はどうしても他の男の子を宿している母上と父上の話はできなかった」
 チュソンは首を振った。
「私は、どうしようもない了見の狭い男なのだろう。ジアン、心のどこかで母上を母だと認めたくない自分がいる。父上以外の男と交わり、身籠もった母を許せないと思ってしまうんだ。こんなことを考える自分が許せない。母上はむしろ被害者なのに、何故なのか自分でも判らない」
 ジアンはチュソンをそっと引き寄せ、腕に抱いた。
「お可哀想に。義母上の前ではずっと堪えていたんですね」
 抑えに抑えていた感情がこうして今、迸っているのだ。
 ジアンは幼子をあやすように、チュソンの背中をトントンと叩いた。
「私は直接、経験があるわけではないので、あくまでも想像でしかありませんが」
 前置きして、自分の考えを話してみた。
「殿方は、母親という存在を神聖なものだと信じていると思います」
 チュソンが愕いたように問い返す。
「母が神聖?」
 ジアンは頷いた。
「判りやすく言いますと、母親は母であり、女ではない。息子は多分、母親に母性だけを求め、女人らしさは必要ないと思っているのではないでしょうか」
 チュソンが昏(くら)い声で言った。
「何となく腑に落ちる理屈ではあるな」
 しかも口には出せないが、ヨンオクの腹に宿る子は、ジョンハクの子ではない。チュソンの葛藤は余計に烈しいだろう。
 ジアンは考えつつ言葉を紡ぐ。
「急ぐ必要はないと思いますよ。こんな言い方が適当かどうか判りませんが、今の状況は、とても複雑です。誰でも現実として受け容れ認めるには、刻を要するはずです。まだしばらくは、この町に滞在するのですから、焦らず、少しずつ義母上さまを理解して差し上げれば良いのでは?」
 チュソンが笑った。
「そうだな。焦らず、少しずつ母上の心に寄り添えば良いのかもしれない。そなたが側にいてくれて良かったよ。まったく、今回は妻にみっともないところばかり見せている」
 ジアンは首を振る。
「私だって、旦那さまには一杯悩みを聞いて頂きましたもの。お相子ですよ」
 チュソンが差し出した手に、ジアンも手を重ねる。二人はしっかりと手を繋ぎ合わせ、宿までの道を辿った。