韓流時代小説 罠wana* 手短に尋ねる。あなたが俺の母を辱め妊娠させたのか、腹の子の父親なのか | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載260回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

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 門衛が直立不動で役場の門を守っている。チュソンは門衛に近づき、身分証を見せ郡守との面会を求めた。
 都落ちするに当たり、チュソンは偽の身分証を作っている。チュソンは無位無官の両班という肩書きで、ジアンはその妻だ。
 こういう時、身分証は役に立ってくれる。平民がいきなり役場の長官に会いたいと申し出ても、すげなく追い払われるのが相場だ。案の定、身分証を見た門衛は慌てて奥に引っ込み、ほどなく上級役人と思しき男を伴って戻った。
 随分と背の高い男である。背ばかりがひょろ長く、日陰で育った青びょうたんみたいに不健康そうだ。口許に目立つほどの大きなホクロがある。ジアンはこの男を〝うらなり〟と勝手に呼ぶことにした。
 上級役人とはいっても、所詮はこの地方役場でのことで、貧相な見た目は典型的な小役人だ。細い眼が獲物を狙うカマキリのように油断なく、何となく嫌な感じのする男だ。
 うらなりは、チュソンの背後にいるジアンを興味津々といった様子で不躾に眺め回した。およそ男らしさとは無縁の甲斐性の無さそうな男だ。生気に乏しい見かけによらず(この場合、むしろ、いかにも好色そうな見かけ通りと言うべきか)、女好きなのかもしれない。
 チュソンはもちろん、うらなりの粘着質な視線に気づいていて、さりげなくジアンの前に立ち男の視線を遮ってくれる。チュソンの頼もしい良人ぶりに、ジアンは心で声援を送った。
 うらなりは、チュソンとジアンを案内する道々、陰気な声で自己紹介をした。
「私は刑房を務める崔ソンナムといいます」
 声も見かけ同様、あの世からの遣いかと思うほど暗い。にも拘わらず、細い眼だけが異様に輝いているように見えるのが余計に不気味だ。
 役場そのものは、どこにでもあるような地方役所だ。うらなりは建物に入ると、長い廊下を真っすぐに進む。ほどなく両開きの扉の前で止まった。
「使道さま(サトナーリ)、お客人をお連れしました」
 チュソンに話しかけるときとは、明らかに声色が違う。へつらうような慇懃さは、上官ゆえだろう。自分より力のある者には媚び、弱い者は威圧する。ジアンの最も嫌いなタイプの男だ。
「お通ししなさい」
 すぐにいらえがあり、うらなりは扉を開け、恭しい態度で二人に中を指し示した。猫を被っているに違いなかった。郡守に一礼して扉を閉めて去ってゆく。
 うらなりの足音が遠ざかってから、チュソンは頭を下げた。
「私はチョ・チュソンと申します。こちらは妻にて」
「パク・ジアンと申します」
 ジアンは淑やかに腰を折った。
 郡守は小さく頷き脚長の紫檀の卓を指した。かなりの広さがある室で、接客用の広間といったところか。
「どうぞ、まあ、おかけください」
 ちなみに、郡守は第五地方官に相当する。地方官には上は監察使・府尹から大都護府使↓郡守↓県令↓県監と上下が細かく分かれている。監察使と府尹は同格で兼任も多い。ジアンたちの住むタナン村を治めているのは、県監だ。
 朝鮮はたくさんの町村に分かれているため、その治める規模によって統治する地方官の位も違う。細かく規定された地方官すべてをまとめて〝守令(スリョン)〟と呼ぶが、県監は最下位の従六品、その一つ上の県令は従五品だ。
 ちなみに、郡守は従四品である。
 チュソンとジアンが椅子に座るのを待ってから、郡守は腰掛けた。
 刑房と比べるわけではないが、上官は、うらなりとは対照的である。長身ではあるが、なかなかの偉丈夫で、武芸も相当たしなんでいるように見える。男前というわけではないけれど、思慮深げな眼許は落ち着いて澄んでおり、この男の人柄を何より物語っているようだ。
 一見して、嫌みなく好感の持てる人物だと判断できた。郡守は〝ホ・チョクトン〟と名乗った。年の頃は四十代半ばくらい、チュソンの父ジョンハクとほぼ同年代だろう。
「急な用件と聞きましたが」
 次いで繰り出された言葉に、チュソンは首肯した。
「実は、人を探しております」
 父親ほどの歳の郡守に対し、チュソンは丁重な物言いだ。郡守は首を傾けた。
「貴殿がお探しの人物がこの役所にいると?」
 チュソンはまた頷き、うつむいた。すぐに顔を上げ、ひと息に言った。
「去年、都で起こった政変の余波で官奴に落とされ、この役場に送られてきた者です」
 郡守の顔色がかすかに動いた。彼はハッとした表情になるも、すぐに狼狽を柔和な笑顔の下に隠した。
「両班家の夫人といいましても、去年、こちらに送られてきた者は数人いましてな」
 チュソンの声にかすかに苛立ちが混じった。
「蘇蓮玉(ソ・ヨンオク)といえば、お判りになりますか?」
「ーっ」
 今度は郡守も驚愕を隠せなかった。
「ヨンオクを探しておいでか」
 郡守が咄嗟に口にした〝ヨンオク〟は、誰が聞いても他人を呼ぶ口調ではなかった。男女の仲になったかどうかまでは判らずとも、他人ではない者を呼ぶとき特有の親密さが滲み出ていた。
 今、チュソンはどんな想いでいるのか。ジアンは良人の心を思うと自分までが息苦しくなりそうだった。
 チュソンは単刀直入に切り出した。
「私は言葉も策も弄するのは得意ではありません。ゆえに失礼ながら、直接にお訊ねします。あなたがソ・ヨンオクの腹の子の父親なのですか?」