韓流時代小説 罠wana* 苦悩ーお腹の赤ちゃんより母上の無事を優先する。俺は中絶を頼むつもりだ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載259回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

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 では、意図的ではないとしても再び懐妊してしまったヨンオクはどうなるのか? 叫びたかったけれど、そんな残酷なことが言えるはずもなかった。
 この場合、何を言っても気休めにしかならないのは判り切っていた。それでも、言わずにはいられなかった。
「必ずしも大変な事態になるとは限りません」
 気休めを言うなと怒られるかと思いきや、チュソンは泣き笑いの表情で頷いた。
「そうだな。そなたの言う通りだ。それに、妊娠初期であれば、まだ望みはある」
 この言葉から察するに、チュソンは堕胎できるなら、堕胎を勧めるつもりなのだろう。ヨンオクの身体が出産に耐えられないのだと知れば、ジアンもやむを得ない処置だと思うしかない。
 だがー。黄執事は、ひとめ見かけたヨンオクが妊婦だと判ったと話していた。傍目から判るほどお腹が膨らんでいるとすれば、その時点で妊娠初期というのは考えられないだろう。黄執事は最後までヨンオクの妊娠については詳しく語りたがらなかったし、チュソンもまた敢えて訊こうとはしなかった。
 使道の寝所に召されて懐妊したなら腹の子の父親は使道であると考えるべきだ。すべてを確かめるためにも、チュソンは母を訪ねるつもりでいるに違いない。
 ヨンオクの腹の子が既に堕胎はできないほど成長している可能性は高い。それでも、一縷の望みを賭けて逢いにゆこうとするチュソンに、追い打ちをかけることはできなかった。
 ジアンは良人を励ますように言った。
「決めたとなれば、早い方が良いですね。出発は、いつにしますか?」
 チュソンが救われたような顔で笑った。
「明日、曹さんと相談して、できるだけ早くまとまった休みを取れるように交渉してくる」
 話を終え、ジアンは夕食の片付けに立った。空の器や鍋を載せた小卓を厨房へと運ぶ前、ふと気づくと、チュソンが座り込み放心したような体で宙を見つめていた。
 無理もない。死んだと思い込んだ母が生きていたと知り、しかも他(あだ)し男に手込めにされ妊娠しているという。チュソンの心は今、安堵と怒りが綯い交ぜになっているはずだ。
 こんなときは何も言わず、静かに見守るしかない。ジアンは良人を気遣いながらも、小卓を抱えて厨房に向かった。
 
   涙の再会
 
 ヨンオクがいるという北方の州までは、遠い道程となった。タナン村は南に位置するため、言うなれば真逆へ向けての旅となる。
 ジアンがチュソンと一緒にタナン村を発ったのは、執事の来訪から五日後である。やはり、書店主の曹さんの容態がはかばかしくなかったのが大きな理由であった。
 曹さんは〝天才〟と呼ばれる人にありがちな偏屈で、無闇に人を寄せつけない。向学心を持つ人であれば拒みはしないが、距離を置いて親しくなることはなかった。
 そんな曹さんが初めて雇い入れたのがチュソンだ。どうやら、チュソンは気難しい曹さんに相当気に入られているらしい。
 というわけで、曹さんが体調を崩して寝込んでいる限り、一人しかいない従業員は、店を留守にはできないのである。
 ジアンたちがタナン村を後にしたのは、曹さんが何とか床払いして店に出られるようになった翌日だった。
 タナン村から北方の州までは、実に十日余りの旅程を要した。漢陽からタナン村までが徒歩で数日だから、およそ倍である。いかに遠いかが知れるというものだろう。
 季節が春というのも助かった。南のタナン村は既にかなり暖かく、日中は汗ばむほど陽気の日もあった。北方はタナン村より季節の巡りは遅かろうが、これから暖かくなる季節に向かう。防寒着の類いは最小限携帯すれば、十分だ。長い旅路なら、できるだけ荷物は少ない方が良い。
 ヨンオクは現在、北方の州のさる町の役場で官奴として働いている。話には聞いていたが、町の規模としてはタナン村の隣町とほぼ同じといったところだ。比較的よく見かける中規模どころの地方都市といって良い。
 役場には郡守が常駐しており、チュソンは町に着くとまずは役場の場所を探してから、次に宿を決めた。幸いにも役場から近くに木賃宿があり、そこを滞在中の足場に使うことにする。
 宿は食事や酒も提供する酒幕も兼ねており、四十ほどの女将と十五、六の小娘が二人だけで切り盛りしているようだ。二人とも無愛想だが、不思議と感じは悪くない。
 チュソンとしては、あまり人目には立ちたくないため、話し好きであれこれ詮索されるよりは無愛想な方が好都合だ。自分から話すことはないので判らないけれど、目鼻立ちが似通っているため、母娘なのだろう。
 長期滞在なので、チュソンは事前に宿代を支払った。気前の良い客っぷりに、無愛想な女将の口許がかすかにほころんだのをジアンは見逃さなかった。
 二人は小娘が案内してくれた室に荷物を置き、旅装を解いてから身軽になって役場を目指したというわけだ。
 町の目抜き通りには露店が連なり、人が行き交っている。活気のある様子を見れば、この辺りの治世はまずまず上手くいっているようだ。即ち、地方政治を預かる郡守が人道的な政を行っている証ともいえる。
 町をゆく人の顔は一様に明るく、深刻な憂いはない。むろん、その日暮らしの民なりの苦労があるのは当たり前で、そんなものは朝鮮中、どこに行っても無い方が不思議だ。
 ジアンは注意深く町の様子を眺めながら、かすかに違和感を感じた。問題なく統治ができる地方官なら、そこまで非人道的なふるまいはしないだろう。官奴とはいえ、元両班家の奥方を陵辱したりするだろうか。それとも英雄色を好むの諺のごとく、優れた為政者であるのと女好きなのはまた、似て非なる問題なのか。
 町の賑わいを抜けた、外れに役所は建っていた。