韓流時代小説 罠wana* 母上は俺を産むのさえ命がけだった。次の出産は医者に止められていたんだ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載258回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

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 ましてや息子の立場からすれば、チュソンはヨンオクを辱めた使道を殺してやりたいほど憎んだとしても不思議ではない。
 ジアンの心を読んだように、チュソンが力なく笑った。
「いや、誤解してくれるな。私は何も母上の懐妊に拘っているのではない。いや、この言い方は真実とはいえない」
 チュソンは呟き、また息を吐いて続ける。
「息子としては口惜しい限りだ。相手の男を殺してやりたくもある。だが、これは母上の意思とはまったく関係ないところで起きた、言わば事故のようなものだ。もちろん、母上ご自身はそのように容易く割り切れるものでなかろうが、本人の望まぬ状況で起きたことに拘りすぎるのは、かえって母上を苦しめることになろう」
 その言葉からは、我が母の身に起きた不幸を何とか受け容れようとしているチュソンなりの苦悩が透けて見えた。
 ジアンは痛ましい想いでチュソンの言葉を聞いた。
「事実は事実として受け容れるしかない、ということですね」
 ジアンの言葉に、チュソンは即座に頷いた。
「そうだ、まさにそういうことだよ。ましてや、母上の胎内にいる子は、私の弟か妹に当たるのだ。今更、起きたことをあれこれと言うのは、新しい生命に対する冒涜でもあろう」
 いかにも優しく誠実なチュソンらしい考え方だ。
「そうですね」
 自身が男のせいか、今まで懐妊ということについて身近に感じたことはない。けれども、義母の懐妊を知らされたことで、ジアンは初めて身近な出来事として認識することになった。
 チュソンの言葉で、改めてヨンオクの胎内で育ちつつある小さな生命は、チュソンの弟妹になるのだと思い知る。父親違いにはなるが、紛れもなく愛しい良人の血を引く子だ。
 ふいに、チュソンの血を受け継ぐ赤ン坊を見てみたい思いが沸々と湧いた。
 ヨンオクの身籠もった経緯を考えれば不謹慎だと思うものの、ジアンは心が逸るのを抑えられなかった。
「生まれるのは男の子でしょうか、女の子でしょうか」
 流石に愉しみだとは口が裂けても言えなかった。チュソンは気を悪くした風もなく、苦笑いしている。
「そんなに弟か妹の顔が見たいか?」
 ジアンは素直に謝った。
「申し訳ありません。はしゃぐべきときではないと判ってはいるのですが」
 ジアンは言葉を選びつつ言った。
「私にはどうしても旦那さまのお子を身籠もることはできません。旦那さまの血を引かれる和子は、どのような顔をしているのかと考えると、ついあれこれと想像してしまうのです」
 チュソンは笑った。
「構わないよ。私のことなら気にするな。むしろ、子の誕生を気に掛けてくれる方が私としてはありがたい。辱められた挙げ句、身籠もった子だ。そなたの立場からすれば、歓迎できないものだと言われても仕方ないのだからね」
 ジアンは真摯な表情になった。
「お義母さまにも、お腹の赤ちゃんにも罪はありません。ご心配なさらないで」
 チュソンは微笑んだ。
「そなたが理解してくれて助かるよ」
 だが、次の瞬間、チュソンの秀麗な顔が曇った。
「実は、そなたにまだ話していないことがある」
 ジアンは余計な口を挟まず、良人の話を聞く体勢を取った。
「ー」
 チュソンは気まずげにジアンから視線を逸らす。ジアンの心にさざ波が立った。こういうときは大抵、良からぬ話をすると相場が決まっている。
 チュソンはあらぬ方を見つめ、ひと息に言ってのけた。
「私が一人っ子なのは、理由があるんだ」
「ー?」
 判るようで、判らない科白だ。ジョンハクとヨンオクが結婚したのはそれぞれ十七歳、十三歳だと聞いている。チュソンと比べるとかなり早いけれど、早婚の当時は特に早すぎることはなく、適齢期である。
 チュソンが産声を上げたのは、結婚七年目であった。その時、ジアンは漸くチュソンの言いたいことを理解した。
 義両親は意図的にチュソンを〝一人息子〟にしたのだ。つまり、得ようと思えば、チュソンだけでなく他の息子或いは娘も持つことができた。
 子を一人しか持たない一般的な理由としては、例えば経済的な理由があるだろう。でも、分家ではあれども、ジョンハクは当時時めく羅氏一族、しかも朝廷の高官であった。屋敷の内証も豊かだから、経済的理由ではあり得ない。
 怖々と訊ねてみる。
「何かご事情があったのですね」
 チュソンは無表情にジアンを見つめ返す。いつもの彼らしくなく、一切の表情どころか感情さえ抜け落ちたかのようだ。
「まさに、その通りだ」
 短い沈黙の後、チュソンが低い声で言った。
「母上は私を産む時、たいそうな難産だったそうだ。元々身体が弱かったこともあり、出産は生命賭けであったと聞いた。医者は次に子を産めば、間違いなく生命取りになると断言した」
 ジアンは鋭く息を呑んだ。
 つまり、第二子を授かれば、ヨンオクは死ぬ。だからこそ、愛妻家のジョンハクは敢えてチュソンの弟妹を作ろうとはしなかった。
 チュソンは跡取りたる男子であり、しかも幼時から神童と謳われる天才だった。一人しか子がいないとしても、ジョンハクにとっては不都合はなかった。
「まさか、そんな」
 続く言葉は、烈しい動揺で消えた。