韓流時代小説 罠wana* 寵愛ーただ一人の男の愛を得るため鬼になる。それが「王の女」の生きる道 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載203回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第二話「落下賦」 

☆私が力の限り、世子さまをお守り致します!「裸足の花嫁」シリーズ第四話・王宮編。

ー「陽宗反正」。漢陽で起きた凄惨かつ痛ましい政変で、ジアンの父王や弟である世子は廃され、暗殺されてしまう。更に、外戚として専横を極めていた羅氏はことごとく粛正され、チュソンの祖父や両親は惨殺された。
奇しくも、前王、羅氏、それぞれの血を引く最後の生き残りとなったチュソンとジアンだったが。ー

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 自室とはいえ、周囲には誰の眼と耳があるか知れない。キョンシムは声を落とし言った。
「ソン内官が秘苑の蓮池のほとりでハン女官と会っていたのよ」
 王の女とされる女官は建前上、恋愛は禁止だ。しかし、既に男性でなくなった内官と疑似恋愛を楽しむ程度は尚宮も大目に見ている。
 二人は恐らく〝恋愛中〟の逢瀬を装ったのだ。王宮庭園は、相思相愛の恋人たちが密会する場所としてひそかに知られている。
 そこで若い内官と女官が人目を忍んで逢っていたとしても、怪しむ者はまずいないだろう。
 キョンシムの報告によれば、彼女は近くの茂みに隠れていた。丁度ひと一人をすっぽりと隠せる大きさなのが好都合だった。茂みに身を潜めるキョンシムがいるとも知らず、二人は実にペラペラと良く喋ってくれた。
 キョンシムは余裕で笑いながら言った。
 だが、聞いた内容は到底、笑える代物ではなかった。仁嬪は既に二度、世子暗殺を失敗している。今度は自分さえ死ぬ覚悟で仕掛けてくるだろうと考えていたが、幼児相手にそこまで残酷になれるとは、ジアンは信じられなかった。
 仁嬪は清国から〝妙薬〟を取り寄せたという。
「何でも斑(はん)猫(みよう)と清国にしか生育しない猛毒を混ぜたものみたい」
「ーっ」
 ジアンは絶句した。斑猫というのは鳥兜の別名である。鳥兜は怖ろしい猛毒だ。ほんの少しでも致死に至る。単体でさえ怖ろしい鳥兜を更に劇薬と掛け合わせるとは!
 恐らく、ものの一瞬で死に至らしめる劇薬に相違なかった。
 仁嬪は何が何でも世子を亡き者にするつもりでいる。事態がここまで深刻になっても、王はまだ情に流され仁嬪を野放しにするつもりだろうか。
 しかし、王の側室に対する処遇に憂えていても意味はない。今はまず、眼の前に迫った急難を回避するのが先決だ。
 キョンシムは憂い顔で話した。
「今度の薬は大人でもひと舐めしただけで死に至る劇薬だから、絶対に失敗はしないだろうって」
 大人がひと舐めで死ぬなら、幼児は間違いなく死に至る。何という怖ろしい女だ、自身も六人の幼子を持つ母親でありながら、血も涙もないのか。
 ジアンは改めて怒りに震える。
ー仁嬪さまもそなたの働きに期待しておられる。今度こそ抜かるなよ。
 ソン内官は幾度も念押しし、ハン女官とは池のほとりで別れたという。
 ジアンはキョンシムに言った。
「重要な情報を掴めたのはお手柄だけど、あなた、危険すぎるわ、キョンシム。もしあの二人に気づかれていたら、そのまま明日の朝には溺死体になって池に浮かんでいたかもよ?」
 ジアンは本気で心配したものの、キョンシムは、あっかけらんと笑った。
「ホン・キョンシムを見くびらないで欲しいわね。私が旅芸人の娘だってことは話したでしょう? 小さい頃は仮面劇だけじゃなく、綱渡りだって平気でやったのよ。こーんな細い縄の上を地面を歩くようにすいすいと歩くんだから。あいつらに気取られないように歩くのも気配を殺すのも朝飯前」
 どうやら、極秘調査の相方は、想像以上に頼もしく有能らしかった。
 キョンシムが仕事で室を出た後、ジアンは一人、思案に耽った。ハン女官の立場になってみる。ひと舐めで致死の猛毒なぞ、たとえ自分が煽るのではなくとも長く手許に持っていたいとは思わないだろう。懐に忍ばせているだけで、相当の負担になるはずだ。
 加えて仁嬪がなかなか首尾良く進まない謀に業を煮やしていると聞けばー。
 ジアンは呟いた。
「早晩、あの女は動く」
 もしくは今日。ジアンは立ち上がり、水刺間(スラッカン)へと急いだ。東宮殿を出て足早に歩きながら、空を振り仰ぐ。
 十月も下旬に差し掛かり、落日が随分と早くなった。秋の陽はつるべ落としという。既に西の空の端が茜色に染まりつつある。今日という一日に終わりを告げる太陽は熟れすぎた巨大な果実のようだ。
 宮殿が最も美しく見えるのは、黄昏刻だといわれている。夕陽に染め上げられた王宮の壮麗な甍の波は、さながら輝かんばかりだ。確かに綺麗といえるだろう。
 けれども、ジアンは物心ついた時分から、黄昏刻の王宮は好きではなかった。夕陽の色に染まった王宮があたかも血塗られているように見えたからだ。
 この広い宮殿内には幾多の政変で無念の死を遂げた亡霊たちがいまだに彷徨(さまよ)っていると、真しやかに囁かれてきた。ジアンは亡霊だとか迷信は信じないけれど、無念の死を遂げた人々の怨嗟は存在すると考えている。
 つい先頃もジアンの父王や弟の世子だけでなく、チュソンの里方である羅氏はことごとく誅された。ほぼ族滅といっても差し支えがない容赦のなさだ。
 羅氏が粛正されたのは、無実の罪を問われたとはいえない。あの一族は人を人とも思わない阿漕なやり方で権力を掌握し続けてきた。けれども、まだ襁褓の取れない赤児まで殺すのは幾ら何でもやり過ぎた。
 天が遠くにあるから甘く見るなという諺がある。世の中は因果応報だ。幾ら王自身が心から望んでいなかった惨劇とはいえ、結局は容認した形だ。在位中に起こった不祥事は、統治する王の徳の無さが招くというのが一般的な考え方である。
 現王の容赦ない行いはいずれ巡り巡って必ず王に返ってくるだろう。現に早くも彼の寵姫が世子を暗殺しようとする、血生臭い陰謀が起ころうとしている。父の敵(かたき)ともいえる現王の息子を助けようとしている自分もまた、他人から見れば相当なお人好し或いは物好きなのだろう。
 だが、敵の息子だとしても、罪無き幼子が殺されるのをみすみす見逃せはしない。ジアンは全力で世子暗殺を食い止めるつもりだ。