韓流時代小説 罠wana* 後宮に偽りの花が開き、美しき鬼女が微笑む時、新たな惨劇の幕が上がる | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載202回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第二話「落下賦」 

☆私が力の限り、世子さまをお守り致します!「裸足の花嫁」シリーズ第四話・王宮編。

ー「陽宗反正」。漢陽で起きた凄惨かつ痛ましい政変で、ジアンの父王や弟である世子は廃され、暗殺されてしまう。更に、外戚として専横を極めていた羅氏はことごとく粛正され、チュソンの祖父や両親は惨殺された。
奇しくも、前王、羅氏、それぞれの血を引く最後の生き残りとなったチュソンとジアンだったが。ー

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 チュソンは滂沱の涙を流しながら、考えた。
 止まらない涙は地面にしたたり落ち、点々と滲みを作った。 
 泣いているチュソンの傍らを秋の風が通り過ぎてゆく。秋の透明な陽差しが頭上の藤の葉を黄金色(きんいろ)に染めていた。
 と、チュソンの耳にかすかな声が響いた。
ー達者で暮らすのですよ。どこにいたとしても、元気でいてくれれば良いわ。親にとって子が健やかでいるのが一番の孝行なのだから。
 消え入るような声は、心に染みいった。忘れるはずもない母の声だ。
 チュソンの記憶が過去へと遡ってゆく。あれは今年の冬、ジアンと手に手を取って屋敷を出たときだ。既に妻帯したチュソンはこの屋敷を出て、独立していた。あの日、たまたま母がチュソンの屋敷に宿泊していたのだ。
 他人の屋敷で眠れなかった母が夜中に起き出し、夜風に当たるために庭にいるとは考えもしなかった。深夜の闇に紛れて屋敷を出ようとしていた自分たちは、母と遭遇してしまった。
 あの時、どういうものか、母はチュソンの肚(はら)を見抜いていた。今から考えれば、母親の勘というものだろう。母はあの時点で、ジアンの秘密も知っていたようだから、チュソンが妻を守るためにどんな行動に出るか、お見通しであったともいえる。
 ジアンを頑なに嫁とは認めず、辛く当たり続けた母に一時は失望していた。けれど、母は最後の最後でージアンが男だと知ってなお、チュソンの選んだ人を伴侶として認めてくれた。
 考えてみれば、既に屋敷を出る時、自分は両親よりはジアンを選んだのだ。まさかこんなに早く亡くなる、しかも反正に巻き込まれるとは想像しなかったとしても、何かあってもすぐに駆けつけられない遠くへゆくつもりだった。
 くっと、チュソンはこみ上げる嗚咽をかみ殺した。
「母上、どうか、お許し下さい」
 自分はとっくに選び取っていたのだとしたら、もう後ろは振り返らずに前だけを向いて進むしかない。
 両親を、すべてを捨ててまで選んだ大切な人と生きる道をまっとうしなければならない。さもなければ、父や母に顔向けできない。
 チュソンは頬をしたたる涙をぬぐい、立ち上がった。両手を組んで持ち上げ、地面に跪く。自分を慈しみ育ててくれた両親へ、屋敷への最後の拝礼だった。
 帰りはもう振り向かなかった。最後の別離となったあの日ー屋敷を出るときに母がくれた言葉は、奇しくも遺言となった。
 あの言葉通り、母を安心させるためにも、チュソンは自分の人生を貫く。両親を捨ててまでも選んだ道を。
 チュソンは自分でも意外なほど迷いのない足取りで進み、屋敷を出た。最後にもう一度、屋敷に向かって深々と一礼し、想い出を封じ込めるかのように静かにきっちりと門を閉めた。
 次に向かう先は前領議政、祖父が最期を遂げた本家の屋敷跡だ。
 
 後宮での日々は、流れるように過ぎた。一見、何事もなく平穏な日々が続いているようにも思え、東宮殿でも毒蛇事件以来は目立った騒動はなかった。
 けれども、ジアンはそれが永遠に続くものだとはどうしても思えなかった。仁嬪は世子を必ず亡き者にするつもりでいる。であれば、この平和がずっと続くはずがないのだ。
 むしろ、あれほど執拗に世子を狙おうとしていた仁嬪が何の動きも見せない方が不気味だった。まさに、嵐の前の静けさ、しかも、その静けさは生臭い血の匂いを孕んでいるーそんな気がしてならなかった。
 庭園での一件以来、王と個人的に言葉を交わす機会もなく、むろん王が東宮殿に来たり、世子が王に挨拶にゆく際には姿を見ることはあるのだけれど、あくまでも遠くから見るだけだ。
 ジアンは胸の中で膨れ上がる不穏な予感が当たらないことを願った。だが、やはりと言うべきか、いつものように予感は的中したのだ。
 世子暗殺の陰謀が発覚したのは、元はといえば、井戸端近くで聞いた内官と女官の密談がきっかけだった。ジアンは東宮殿に配属されたその日、あの女官はそも誰であるのかを確かめた。
 あの女は、ハン・キョンヒ。幼くして入宮し厳しい修練を経て見倣いから一人前に昇格した。いわばたたき上げの上級女官である。
 更に、ハン女官に毒薬を渡していたのは、ソン・ミョンギ、仁嬪の殿舎で働く内官だ。二人ともに前王時代から仕え、代替わり後も後宮に残った数少ない者たちである。これで役者は揃った。
 この二人を監視していれば、仁嬪側が動けば必ず知れる。ジアンはキョンシムと共にハン女官とソン内官の行動を慎重に見守った。
 新たな動きがあったのは、十月も下旬に入った日である。その時、ジアンは〝小学〟を読んでいる世子の側にいた。お気に入りの女官に良いところを見せたい一心で、世子は殊更声を張り上げて教科書を読んでいる。
 キョンシムが室の扉を細めに開いたのにめざとく気づき、ジアンは小さく頷いた。
 世子は音読に夢中だ。申し訳ないけれど、どさくさに紛れ、ジアンはそっと室を抜け出したのだった。
「何かあったの?」
 勉学中の世子の部屋にまで顔を出すとは、ただ事ではない。ジアンの問いに、キョンシムが声を落とした。
「ソン内官が動いたわ」
 やはり、と、ジアンは唇を噛みしめた。廊下で立ち話はできない。ハン女官の他にも内通者がいる可能性があるからだ。
 二人は自室まで戻り、額をつき合わせた。
 監視上、実はソン内官を見張る必要はあまりなかった。あの二人がつるんでいれば、必ずソン内官はハン女官に近づくはずだからだ。二人は主にハン女官を注視していた。
 だからこそ、いち早く動きを掴めたのだ。