韓流時代小説 罠wana* 国王と美しい女官が急接近ーこの穏やかな男が父王を惨殺した?疑惑と衝撃 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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🎉連載180回🎉 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第二話「落下賦」 

☆私が力の限り、世子さまをお守り致します!「裸足の花嫁」シリーズ第四話・王宮編。

ー「陽宗反正」。漢陽で起きた凄惨かつ痛ましい政変で、ジアンの父王や弟である世子は廃され、暗殺されてしまう。更に、外戚として専横を極めていた羅氏はことごとく粛正され、チュソンの祖父や両親は惨殺された。
奇しくも、前王、羅氏、それぞれの血を引く最後の生き残りとなったチュソンとジアンだったが。ー

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 もう少し歩けば、女郎花が群れ咲く一角があるはず。父とともに陽だまりのように鮮やかな黄色の花を摘み、父に抱っこして貰い池に張り出した四阿から池の鯉を眺めたー。
 秋の穏やかな陽差しの中で、父は慈しみ深い眼でジアンを見て優しく笑っていた。
 王妃をはばかり、父との思い出は多くはない。けれども、少ないがゆえに、一つ一つの刻まれた想い出はより鮮やかに輝いて色褪せない。
ー父上(アバママ)。
 眼の奥がツンとして、熱いものが溢れた。
 と、突如として、王の歩みが止まった。
 王の視線が足下に向けられている。つられてその先を追えば、褐色大春車菊(チョコレートコスモス)がひと群れ、秋の陽を浴びていた。
 大春車菊は秋桜の別名だ。タナン村にも秋になれば、秋桜が見事に咲き揃う場所がある。丁度、村を出てくる時分には、そろそ秋桜が見頃になる季節でもあった。
 こうして王宮にいても、思い出すのはタナン村やチュソンのことばかりだ。最早、父王や姉弟妹(きょうだい)がおらぬこの宮殿は我が家とは言いがたく、他人の住処でしかない。
 自分なりに気持ちの折り合いをつけたなら、一日も早く愛するチュソンと懐かしいあの村に帰りたいと考えている。もっとも、今の段階で、何をどうすれば気持ちに折り合いをつけられるのか、ジアン自身にも判らない。
 王と二人きりになるのは気が進まないけれど、もしや、これは天が与え給うた、またとない機会であるのかもしれない。王の人となりを知ろうにも、龍顔さえ見られぬ下っ端女官では何十年かかったとしても不可能だろう。こうして王の方から近づいてくれるのは、むしろ歓迎すべきことではないか。
 褐色大春車菊は、いわゆる一般的に見られる桃色(ピンク)の秋桜と色が違う。褐色とつくように、茶色っぽい赤、もしくは鮮やかな赤色をしているのが特徴である。
「ここまで来れば、話を聞かれることはなかろう」
 お付き集団はかなりの距離を置いて控えているため、よほどの大声で話さない限り聞かれる心配はない。
 王は呟き、改めてジアンを見た。
「そなたの申すことは正しい」
 いきなり言われ、ジアンは当惑を隠せない。王が静かに笑った。
「先ほど、仁嬪が尚宮を鞭打った話だ」
 判りやすく説明され、ジアンは慌てて頭を下げた。
「申し訳もございません。シム女官さまの仰せの通り、新入りゆえ後宮の礼儀を存じませず、身の程知らずのふるまいを致しました」
 場所によっては正論が〝正しくない〟場合もある。その程度はジアンにも判った。ただ、仁嬪の残酷な所業を告げても王が反応しなかったのが悔しかっただけだ。
 ジアンの言葉は嘘ではない。洗い上げた洗濯物は最低でも一度以上は時には二度、汚れがないか再確認する。誓って仁嬪のソッチマにはシミ一つなかった。
 後宮の女君は権高で我が儘な者が多い。恐らく仁嬪の機嫌がたまたま良くなくて、何かに八つ当たりしたのではないか。そんなところだ。後宮で生まれ育ったジアンは、誰より後宮という場所の怖ろしさ、真実を知っている。
 機嫌を損じた女君に刃向かって良いことなど何一つない。かえって逆らったとして、鞭打たれるのが関の山、最悪、生命を失う場合もある。それが、後宮に巣喰う闇だ。
 これ以上、大事(おおごと)にしたくなければ悪者になって謝り倒しておいた方が良い。
 それに、この騒動のお陰で良いことも一つはあった。シム女官の本当の顔だ。シム女官は国王に逆らったジアンを身を挺して庇ってくれた。王の逆鱗に触れるのは覚悟で、ジアンの楯となったのだ。
 どうやら自分はシム女官を誤解していたようだと、ジアンは悟った。そろそろ三十になるシム女官は、洗濯房だけでなく他の部署の若い女官たちからも怖れられている。悪い人ではないのだが、物言いがきついので、余計に怖い印象を与えるのだ。
 でも、今日、シム女官は本当は部下思いの優しい人なのだと判った。ジアンの代わりに鞭打たれて大怪我をした尚宮には申し訳ないけれど、シム女官の厳しさの裏に隠れた優しさを知っただけでも、良かったとは思う。
 思案に耽るジアンの耳を、王の声が打った。
「確かに老齢の尚宮を寝込むほど鞭打つのは、やり過ぎだ。とはいえ、そなたの上役がいる前で仁嬪をけなす物言いはできなかった。ゆえに、そなたが仁嬪を庇ったと勘違いしても無理はない」
 ジアンは弾かれたように面を上げた。王の言葉があまりにも意外だったからだ。
 王が頷いた。
「仁嬪は気性が激しく、気分屋だ。恐らくはたまたま虫の居所が悪かったのだろう。それでも、王子の母でもある仁嬪をその程度で咎められるものではないのだ」
 全治一ヶ月の大怪我を負わされても、〝その程度〟とは。しかし、それもまた後宮の不文津であり、闇であった。
 王がしゃがみ込んだ。愛おしげに大春車菊を眺めている。
「朕はこの花が好きでな」
「ー」
 何とも応えようがない。だが、王は特に返事を期待していたわけではないようだ。
「ここは宮殿も庭園も、あまりに広すぎる。叶うなら、昔暮らしていた、こじんまりとした屋敷に戻りたいものだ。朕には、分不相応だ」
 王が手を伸ばし、大春車菊の天鵞絨(ビロード)のような褐色の花びらに触れる。
「だが、一つだけ良いこともあった」
 振り返り、問いかけるように眉を上げる。何だか理由を聞いて欲しがっている子どものような表情だ。
 仕方なくジアンは言った。
「何なのでしょう」