韓流時代小説 罠wana* 僕が王の眼に止まったーあのように美しい「女」が存在するとはー欲しい | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載178回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第二話「落下賦」 

☆私が力の限り、世子さまをお守り致します!「裸足の花嫁」シリーズ第四話・王宮編。

ー「陽宗反正」。漢陽で起きた凄惨かつ痛ましい政変で、ジアンの父王や弟である世子は廃され、暗殺されてしまう。更に、外戚として専横を極めていた羅氏はことごとく粛正され、チュソンの祖父や両親は惨殺された。
奇しくも、前王、羅氏、それぞれの血を引く最後の生き残りとなったチュソンとジアンだったが。ー

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 今の王の後宮には、ジアンの記憶に残る顔は殆どない。女官長に昇進した前監察尚宮くらいのものだ。他にも何人かは前王時代に仕えた尚宮が残っているらしいが、少なくともジアンが見知った顔ではなかった。
 ジアンは自分がチュソンのようにずば抜けて記憶力が良いとは思わないけれど、特に物憶えが悪いとも思わない。ゆえに、ジアンが憶えていないとすれば、その者たちもジアンの顔は殆ど覚えていないだろう。
 〝日陰の王女〟と呼ばれ、宮殿の片隅で忘れられたようにひっそりと暮らしていたのがこんなところで役に立つとはと、皮肉な想いで考える。
 とはいえ、危険はできるだけ犯さないに越したことはないのだ。
 ジアンは微笑み、世子に手を振る。何度目に世子もまた意を決したかのように意気揚々と手を振り返し、駆けていった。
 可愛い子だ。もし父を死に追いやった現王があの世子とよく似ているとしたらー。
 自分はやはり、新しい王を憎むのだろうか。
 ジアンは道々、物想いに浸りながら殿舎まで戻った。むろん、戻るなり真っ青なキョンシムに出迎えられたのは言うまでもない。
「ジアン、どこに行っていたの。シム女官さまがもうカンカンよ。ジアンが洗濯物ごと消えたって、大騒ぎだったんだから」
 ジアンは深い溜息をついた。本当の受難はまだこれから始まるところらしい。
  ただ、ジアンは知らなかった。ジアンが幼い世子と隠れんぼをしている辺りから、東宮殿まで送ってゆくまで、物陰からじっと一部始終を見ていた者がいたことを。
 その人が立ち去り際、秋の夕風に翻った衣(きぬ)の裾は禁色(国王のみが着用することのできる色)であった。
  
 その二日後、ジアンはまたしても、シム女官から、こっぴどい失責を受ける羽目になっていた。つい四半刻前、真っ赤を通り越して蒼くなったシム女官がチマの裾を両手で絡げ、まろぶように井戸端にやってきた。
ーパク女官、そなたは一体、何ということをしてくれたのだ!
 昨日、ジアンが担当した洗濯物の中、一部に汚れが残っていたというのである。運悪しく、それが第三王子の母、仁嬪のソッチマ(チマの下に付けるスカート下のようなもの)だったから、もう大変だ。
 粗相を知ったジアンは、すぐに仁嬪に謝りたいと願い出るも、シム女官は唾を飛ばさんばかりに怒鳴った。
ー仁嬪さまのような高貴なお方がそなたごとき身分の低い者に逢われるはずがなかろう。
 すぐに下級女官を統括する尚宮が仁嬪の殿舎に駆けつけ、平謝りに謝った。だが、仁嬪の怒りは収まらず、尚宮は若い女官たちが見守る中、チマの裾を持ち上げ、仁嬪に鞭打たれるという実に屈辱的な仕打ちを受けた。
 後にも先にも、尚宮職にある者がたとえ王の側室とはいえ衆人環視で鞭打たれたのは後宮始まって以来のことだ。
 尚宮は既に老齢といって差し支えない域に達しており、付いていった女官たちに両脇から支えられ、瀕死の体で殿舎に戻ってきた。直ちに内医院の医官が呼ばれ、手当に当たった。幸いにも生命に別状はないとのことだが、歳も歳とて、傷の完治には一ヶ月はかかるとの診立てだ。
 先ほど、医官が辞去したばかりで、ジアンは今まさに指導のシム女官からお目玉を食らっているところというわけである。
 だが、今日ばかりは言い訳をしたいとは思わなかった。できるはずがない。自分の不注意で、直属の尚宮に大きな迷惑をかけてしまった。その尚宮はもう六十近い、後宮生活も長い大ベテランだ。穏やかな性格の人で、声を荒げて部下を怒ったのを見たことがない。
 宮仕えを始めて日も浅いジアンは、最上格の尚宮と直接言葉を交わしたことはない。けれども、後宮入りした日、洗濯房に配属された新入りたちに対して
ー故郷を遠く離れて辛いこともあるだろうが、ここを我が家と思い国王殿下のおんために励むように。困ったことがあれば、何なりと相談に乗るゆえ、遠慮無く申し出るが良い。
 と力づけてくれた優しい笑顔は憶えている。
 シム女官の説教は永遠に終わらないとさえ思える。ジアンは袖から小さな陶器壺を取り出した。
「シム女官さま」
 いきなり遮られ、シム女官が鼻白んだ。
「何だ」
 不機嫌の見本と言うべき渋面に向かい、ジアンは陶器壺を差し出した。
「これを尚宮さまに差し上げて下さい」
「これは?」
 シム女官は、まるで小さな容器に毒でも入っているのではないかと思っているようだ。
 ジアンは臆さず応えた。
「塗り薬です。なかなかの妙薬で、打ち身、擦り傷、切り傷、何にでも効く万能薬なんですよ。強くはないですが多少は解毒効果もあるので、緊急のときには結構役に立ってくれます」
 むろん、ジアン特製の軟膏だ。だが、シム女官はますます疑惑の表情を深めただけだった。
「毒!? そのようなものを尚宮さまに差し上げるとは何という不届きな」
 細い眉を更につりあげようとするのに対し、ジアンは言った。
「毒ではありません、毒消しの効果もあると申し上げたのです」
「ー」
 シム女官はまだ疑わしげな顔で、受け取ろうとしない。
 ジアンは心から言った。
「私の不注意のせいで、ご年配の尚宮さまに大きなご迷惑をおかけしてしまいました。私が代わりに鞭打たれれば良かったのですが、私のような者は仁嬪さまの御前には出られませんので」
 言わば、尚宮は部下の身代わりとなって責めを負うた形である。しかも、枕が上がらぬほど鞭打たれたというなら、申し訳ないだけでは済まない問題だ。