韓流時代小説 罠wana* 切ない別離ー行くな。王宮に行こうとする私を夫が背後から抱きしめて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載170回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第二話「落下賦」 

☆私が力の限り、世子さまをお守り致します!「裸足の花嫁」シリーズ第四話・王宮編。

ー「陽宗反正」。漢陽で起きた凄惨かつ痛ましい政変で、ジアンの父王や弟である世子は廃され、暗殺されてしまう。更に、外戚として専横を極めていた羅氏はことごとく粛正され、チュソンの祖父や両親は惨殺された。
奇しくも、前王、羅氏、それぞれの血を引く最後の生き残りとなったチュソンとジアンだったが。ー

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 ジアンは溜息をついた。

「ですから、私は下働きになるだけです。女人が好んで読むような小説で起こる夢物語は、現実には起こり得ませんよ。ムスリに王の手がつくなんて、あり得ませんから」
 チュソンが吐息をつくような声で言った。
「ジアン、私もそなたと同じだよ。そなたがかつての自分の〝家〟の有様を見てみたいと思うのと同様、私も自分の生まれ育った屋敷やお祖父さまの暮らしていた場所を今一度見てみたい。たとえ現実を眼の辺りにして、どれほど辛い想いをしたとしても、見ておきたいんだ」
 しみじみとしたチュソンの口調に、ジアンは何も言えなくなった。他人が聞けば、止せば良いのにと思われるだけだろう。
 チュソンとジアンは王妃の刺客から逃れるため、都を捨てた。そのことで二人の生命は別の意味で救われたのだ。都落ちしなければ、二人共に今頃は他の大勢の親族たちのように生命を落としていたかもしれない。
 表向きは女性として生きているジアンは生命まで取られはしないだろうが、領議政の嫡孫たるチュソンは当然ながら殺されたに違いない。いわば、都から逃げたことで、チュソンは難を逃れた。
 にも拘わらず、何故、わざわざ都に戻るのか? 恐らく、当事者にしか理解できない心のあやは、あまりにも複雑すぎた。ジアンもチュソンも、それぞれが反正で大切な親を失い、生家を奪われた。自分たちが生命を長らえたのは幸運だったと素直に感謝はするけれど、大切な人たちが生命の危険に晒されているその瞬間、遠いタナン村で何も知らずに自分たちは新婚の甘い夢に浸っていた。仕方のないこととはいえ、それを思う時、やるせないような、もどかしい想いになる。
 せめて大切な人たちが最期を遂げた時、どのようであったのか。自分たちが生い立った懐かしい場所がどのように変わり果ててしまったのか。我が眼で確かめたい欲求はどこか悲願にも近かった。
  チュソンの笑みが深まった。
「もし、どうしても一人で都に行くと言い張るなら、私は全力でそなたを止めてみせる」
 ジアンは小さく息を吐いた。
「つまり、何があろうと、一人では行かせないということなのですね」
 チュソンは大真面目に頷いた。
「当然だ」
 かつての我が家をひとめ見たい。チュソンの想いはジアンも同じ立場だけに、誰より理解できる。それだけに、敢えて一人で行かせてとはこれ以上は言えない。
 ジアンはチュソンの整った面を見つめた。
「判りました。旦那さまと都に行きます」
 チュソンは頷くと、また旺盛な食欲を見せて食事を再開した。つい今し方の深刻な話は何だったのか、夢を見ていたのではないかと錯覚しそうになるほどだ。
 しかし、彼の気持ちをジアンは正しく理解した。チュソンはこれ以上、都に行く話も反正のことも語りたくないのだ。
 一見、普通に見えて実はかすかに強ばる良人の横顔が何よりそれを物語っていた。

   再び、王宮へ

 ジアンはかれこれもうゆうに一刻以上はここにいた。広大な宮殿の中でも、洗濯房専用の井戸である。後宮には膨大な数の女官がおり、上は後宮を統括する提調尚宮から下は最下級のムスリ(雑用係)まで階級が分かれている。
 八月末にタナン村をチュソンと発ったジアンは五日後に懐かしい都に到着した。一月下旬に逃げるように都を後にして、実に七ヶ月ぶりの故郷であった。
 九月頭に都入りして町外れの木賃宿に逗留するも、宮女募集に応じた者たちは九月五日には王宮正門前に集まるようにとお達しだった。
 ジアンは宿に投宿して三日目、チュソンに送られて王宮正門前まで赴いた。既に門前には数え切れないほどの若い娘たちが屯していた。いずれも各地から選ばれてきただけあり、目鼻立ちの整った娘ばかりである。その中でも、やはりジアンの美貌は際立っていた。
 娘たちの集団から少し離れ、チュソンがジアンの手をギュッと握った。
ー今更だが、新しい王とそなたは親戚だろう? 互いに顔見知りではないのか。
 問いかけられ、ジアンは良人を安心させるように微笑んだ。
ー大丈夫です。即位した崇陽君は王族とはいえ、殆ど忘れ去られていたような人でした。私とはまったく面識がありません。それに、村を出るときも申し上げましたように、王が下級の婢女(はしため)に遭遇することなんてあり得ないですから。
 崇陽君こと陽宗は、王族とは名ばかりの存在だった。彼の父は三代前の国王の又従兄弟になるのではなかったかと記憶している。血筋の面からも前王とは他人も同然の薄い繋がりしかなく、朝廷の官僚で彼の名を知る者がどれほどいたかは疑問だ。
 だからこそ、反正の旗頭には持ってこいでもあったとはいえる。誰もが顧みない王族とは名ばかりの、不遇を託つ青年はある日突然、反乱分子に担ぎ出され歴史の表舞台へと登場した。
 ジアンは崇陽君の名は聞いたことがある程度で、顔すら知らない。
 チュソンはなおも食い下がった。
ーもし、もしだ。そなたが失踪した央明王女だと気づかれたら?
 ジアンは両手で良人の手を包み込んだ。
ー大丈夫です。崇陽君の粛正は徹底していますから、後宮の人員は総入れ替えされたと言っても良いでしょう。確かにベテラン尚宮の中には引き続き居残っている者たちもいるとは思いますが、上級の尚宮と最下級のお端下(はした)が顔を合わせる機会がないのは、王とお端下が遭遇することがないのと同じです。