韓流時代小説 罠wana* 二人の妻をだましたー二股をかけた男は記憶喪失を装い何を企むのか | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載148回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第一話「十月桜」 

~十月桜が咲く頃、笑顔で家を出ていった夫は二度と妻の許へ戻ってこなかった~
韓流時代小説「裸足の花嫁」第三弾!!

 

今夜も咲き誇る夜桜が漆黒の夜空に浮かび上がる。
桜の背後にひろがる夜のように、一人の男の心に潜む深い闇。果たして、消えた男に何が起こったのか?
「化粧師パク・ジアン」が事件の真相に迫る!
****王妃の放った刺客から妻を守るため、チュソンは央明翁主を連れ、ひそかに都を逃れた。追っ手に負われる苦難の旅を続け、二人が辿り着いたのは別名「藤花村」と呼ばれる南方の鄙びた村であった。
そこで二人はチョ・チュソン、パク・ジアンと名前を変えて新たな日々を営み始めるがー。

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「その化粧師というのがこれまた、見たこともない別嬪でした」
 女将の話は無類の女好きだという当主の好き心をくすぐったようだ。
「なに、まだ若いのか?」
 餌に食いつく飢えた犬のような声には、隠せない愉悦が混じっている。声だけで鳥肌が立ちそうないやらしさだ。
「ええええ、まだ二十歳にはなっていないでしょう。肌も雪のように白くて、吸い付くようでしたよ。うちで働かないかと言ってやりましたけど、もう亭主持ちだからと断られました」
「勿体ない。女将、今度、その化粧師をここに呼んでくれ。是非、味見してみたいものだ」
「承知致しました。また化粧を頼むと言えば、歓んでやってくるでしょう。その際、その娘を思う存分になさることができますね」
「さりとて、亭主持ちではのう。私も亭主のある女に手を出すのは気が進まん」
「お望みなら、うちの用心棒に亭主を始末させましょう」
 当主がやに下がった声で言った。
「寡婦になったら、妾にしてやっても良い」
「娘も歓びましょう。どう見ても、楽な暮らしをしているようには見えませんでしたから」
 冗談ではない。ジアンは悲憤に駆られながら思った。当主は今までもあんな調子で、見初めた女を次々と慰みものにしてきたのだ。
 ただ両班というだけで、身分の低い女はどのような扱いをしても許されると勘違いをしている。
ー人間の皮を被った獣め。
 折角、新しい得意先が見つかったと歓んだけれど、もう二度とソナ房には近寄るまい。まんまとおびき出され、チュソンを殺されたら堪ったものではない。
ーあの豚野郎、チュソンさまに手を出したら、股間を蹴り上げるだけじゃ済まないぞ。二度と使い物にならないように切り刻んでやる!
 と、物騒かつ品のない言葉を呟いた。本当に許されるなら、かえってその方が良いのだ。そうなれば、当主が道を通る度、隣町の娘を持つ親たちが娘を隠す必要もなくなる。
 そこで、初めて聞く声が割って入った。
「義父上、あまりに長くこのような場所で立ち話も何です」
 ジアンはハッとした。この声がギルボクに違いない。
「おお、そうだな。ソンギ、では、一杯やるとするか」
 当主が機嫌良く言い、足音が遠ざかる。ほどなく隣の広座敷の扉が開閉する音がした。
 廊下を戻る足音は女将だろう。ジアンは室の扉を開け、再び外の様子を見た。誰もいなかった。
 そうっと廊下に出、広座敷の扉越しに中の様子を窺う。
 ソンギ。確かに当主は婿をそう呼んだ。ギルボクは今はソンギと名乗っているのだ。
 そんなことを考えつつ、扉に張り付いていると、室内のやり取りがかすかに聞こえてくる。
「まあ、一献、やりなさい」
 室内には予め山海の珍味が用意されていることだろう。舅が婿に手ずから酌をしてやっているのだ。
「それではあまりに恐縮で、ろくに飲めません。ここは是非、私に注がせて下さい、義父上」
「おおおお、そうかそうか」
 当主はますます機嫌良く言う。
 しばらくは静寂が続いた。二人が酒を酌み交わしているのであろうのは察せられる。
「そなたには感謝している」
 唐突に当主が沈黙を破った。
 対するのはギルボクの声だ。
「滅相もありません。私はお嬢さまをお慕いしています」
 どこまでも殊勝さを装っているが、とってつけたような物言いだ。当主は気づかないのだろうか。
 けれど、令嬢のためにはギルボクのあの言葉が本物であるのを祈らずにはいられない。
 当主の声がわずかに湿った。
「私はあの娘が不憫でならぬ。何故、馴染の女がおるなら、婚約破棄を申し出てくれなんだのか。婚約を破棄されるのは恥以外の何ものでもない。さりながら、新婚の夢覚めやらぬ中、良人にこれ見よがしに妓生と心中された娘の心根はいかばかりであったかのう。婚家では嫁が至らぬゆえと責め立てられた。あの家の義両親は自分たちの体面を守るため、不肖の息子の死を公表もせず、娘を一生、死んだ出来損ないの良人に縛り付けたのだ」
 ややあってギルボクの声が応えた。
「まったく酷い話ですね。血の通った人間のする所業とは思えない」
 ジアンは愕き呆れた。まんまと両班の婿に納まったギルボクに言う資格があるはずがない。
「せめて娘を自由の身にしてやってくれれば、可哀想なギュリも心を病むほど自分を追い詰めることはなかったかもしれん」
 当主の声には深い悔恨が込められている。これにはジアンも心を揺さぶられた。
 当主の言い分には一理ある。婚家が令嬢を死んだ前夫に縛りつけさえしなければ、令嬢はもうとっくに新しい良人と別の人生を歩んでいたかもしれないのだ。
 再婚もできず、ただ帰らぬ良人をひたすら想うだけの日々は令嬢にとって永遠に終わらない。彼女にとっては終わらない闇の中を更に目隠しをして歩いているような心許ないものだったろう。しかも、想うその良人は病や事故ではなく、妻たる彼女を手酷い形で裏切って亡くなった。
 婚家の身勝手が一人の女の人生と心を狂わせた。その罪は、あまりに重く大きい。
「だが、そなたのお陰で娘はまた生きる気力を取り戻した。おまけに、我が家にはまもなく孫まで生まれる。父として、そなたには感謝してもし切れないと思っているよ」
「愛する女(ひと)のお役に立てるなら、私もこれ以上の歓びはありません」
 ややあって、当主の声。
「それはそうと、記憶が戻ったことは娘には知られていないだろうな」