韓流時代小説 罠wana 彼が帰ってきてくれたー欺された令嬢、捨てられた妻。二人の女を弄ぶ悪い男 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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連載135回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第一話「十月桜」 

~十月桜が咲く頃、笑顔で家を出ていった夫は二度と妻の許へ戻ってこなかった~
韓流時代小説「裸足の花嫁」第三弾!!

 

今夜も咲き誇る夜桜が漆黒の夜空に浮かび上がる。
桜の背後にひろがる夜のように、一人の男の心に潜む深い闇。果たして、消えた男に何が起こったのか?
「化粧師パク・ジアン」が事件の真相に迫る!
****王妃の放った刺客から妻を守るため、チュソンは央明翁主を連れ、ひそかに都を逃れた。追っ手に負われる苦難の旅を続け、二人が辿り着いたのは別名「藤花村」と呼ばれる南方の鄙びた村であった。
そこで二人はチョ・チュソン、パク・ジアンと名前を変えて新たな日々を営み始めるがー。 

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 ジアンはここで話を変えた。
「ところで、あなたは今し方、溺れかけた男が若旦那さまだと言ったわよね。どうして、どこの誰かも判らない男がキムさまの婿になれたのか不思議でならないの」
 娘ーエジョンは事もなげに言った。
「男前といえば男前だし、お嬢さまがひとめ惚れしちまったからねえ。マ、あれだけ口が上手けりゃア、世間知らずのお嬢さまなんてイチコロだとしても仕方ないかもね」
 エジョンはしばらく口を噤み、また喋り出した。
「本当に仕方なかったんだと思う。お嬢さまは心の病気だから。あの野郎は女ごとに態度も声色まで変えるし、呼吸(いき)をするように平気で嘘をつく。前(さき)の旦那さまに裏切られ、死なれたお嬢さまは心に深い傷を負っちまった。あの野郎はそこに付けいって、まんまとお嬢さまの心に入り込んだんだよ」
 やはり、と落胆が押し寄せる。ジアンの想像は間違ってはいなかったようだ。
「若旦那さまは、亡くなった前の旦那さまに似ているの?」 
 エジョンは短く切り捨てた。
「知らない。前の旦那さまには逢ったこともないから。でも、お嬢さまには若旦那さまが亡くなった旦那さんが帰ってきたように見えたんじゃないかな。あの人が戻ってきた、やっと帰ってきてくれたって、それは物凄く歓んでたから」
 最後に一つだけ、忘れてはならない質問がある。
「若旦那さまがどこから来たのかしら。本当の名前は何ていうのか知ってる?」
 エジョンは黙って首を振る。
「大量の水を吐いて生き返ったときには、自分がどこの誰か、名前も忘れていたみたい。誰が何を訊いても、憶えていないの一点張りで、医者も記憶喪失だろうって。水に落ちて死にそうになった恐怖と頭をかなり強く打ったのと両方が原因だろうって話していたね。よほど運が良かった、大抵なら溺れ死ぬか、そうまでゆかなくても頭の打ち所が悪くて死んでたはずだって」
 呆れたように肩をすくめた。
「助けたときに着ていたのは、あたしらと変わらない粗末な服だったし、どう見ても両班の息子じゃないと思うよ。色香でうちのお嬢さまを誑かした成り上がりのに癖に、生まれながらの両班のように偉そうに威張りまくってさ」
 どうやら訊くべきことはすべて訊いたようである。ジアンはエジョンに心から礼を言った。
「ありがとう、エジョンのお陰で、知りたいと思ったことが判ったわ」
 エジョンが不安げな眼でジアンを見た。
「約束を忘れないでよ? ここであたしが喋った話は絶対に誰にも言わないで」
 ジアンは深く頷いた。
「もちろんよ。約束とあなたの安全は保証する」
 安心したような笑みを見せ、エジョンは手をひらひらと振った。
「かなり油を売っちまった。また道草を食っていたと女中頭さまに大目玉だ」
「時間を取らせて申し訳なかったわね」
 ジアンの言葉に、エジョンは笑いながら言った。
「綺麗な紅を貰ったし。お相子」
 エジョンはつつっと近寄ると、背伸びして囁いた。
「ところで、あの美男子は誰なの? お姉さんの良い男?」
 チュソンをちらちらと窺っている。ジアンは苦笑した。
「ええ、良人なの」
 エジョンはチュソンとジアンを憧憬の眼差しで見た。
「まさに美男美女だねぇ、お似合いで羨ましいな。お姉さんもこの辺りじゃ見かけないほどの美人だもの。あたしも早く恋人ができないかな」
 早婚の当時であれば、この歳で嫁ぐ者も少なくはない。ジアンは真摯な声音で言った。
「そのためにも、自分をきちんと守らないと駄目よ。女好きの若旦那さまにはくれぐれも気をつけて」
 器量の良い若い女中は、主人の格好の慰みものになってしまう。妾にでもなれればまだマシな方で、嬲られるだけ嬲られ、ゴミのように捨てられる憐れな女たちも多かった。そうなると、人並みの女としての幸せすら縁遠くなる。
 話していて気持ちの良い娘だ。頭の回転も速いし物憶えも良い。ゆくゆくは有能なキム家の女中になるだろう。この賢くて優しい娘には、幸せになって欲しい。
 エジョンが元来た方へと引き返すのを見送っていると、傍らにチュソンが来た。
「話は大方聞いたよ」
 ジアンは深い息を吐き出した。
「キム家の若旦那さまがギルボクなんでしょうか」
 チュソンが遠い瞳を川面に投げた。
「あまり考えたくはないが、今のところは可能性としては高いだろうな」
 二人はしばらく黙って川の流れを見つめていた。風で舞い降りた薄紅色の花びらが次々に集まり、水面を流れ消えてゆく。
 これから、どうすれば良いのか。思い悩むジアンがずっと花筏を眼で追っていると、チュソンが晴れやかな声音で言った。
「さて、これからもう一人、訪ねてみたい人がいる」
 顔を上げたジアンの瞳に、チュソンの笑顔が映り込んだ。
「ここまで判ったからには、途中で放り出すこともできない。それとも、ジアンはもう何も知りたくないか?」
 ジアンはうつむいた。
 本音を言えば、これ以上の残酷な真実は知りたくない。でも、ここで手を引けば、カナムはどうなる? ずっとこれからも一生涯、帰ってこない良人を待ち続けるだろう。