韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫 夜桜に惑わされた男は、見てはならぬ夢を見たー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載128回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第一話「十月桜」 

~十月桜が咲く頃、笑顔で家を出ていった夫は二度と妻の許へ戻ってこなかった~
韓流時代小説「裸足の花嫁」第三弾!!

 

今夜も咲き誇る夜桜が漆黒の夜空に浮かび上がる。
桜の背後にひろがる夜のように、一人の男の心に潜む深い闇。果たして、消えた男に何が起こったのか?
「化粧師パク・ジアン」が事件の真相に迫る!
****王妃の放った刺客から妻を守るため、チュソンは央明翁主を連れ、ひそかに都を逃れた。追っ手に負われる苦難の旅を続け、二人が辿り着いたのは別名「藤花村」と呼ばれる南方の鄙びた村であった。
そこで二人はチョ・チュソン、パク・ジアンと名前を変えて新たな日々を営み始めるがー。 

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 じりじりしながら荷馬車が通り過ぎるのを待ち、ジアンは茫然とした。あの夫婦一行は既に見当たらず、視界に入るのは通りを行き交う人々だけだったのだ。
 慌てて走り出しても、それらしき一行は影も形も見当たらない。万事休すだ。あの男の正体を突き止める手がかりをみすみす手放してしまった。
 肩を落としかけたところ、いつしか賑やかな大通りを抜けて町外れに差し掛かっているのに気づく。
 ジアンは注意深く周囲を見回した。店舗や家がせせこましく立ち連なっていた一角とは異なり、かなり拓けた空間にポツポツと屋敷が建っている。
 この地方に暮らす両班たちの棲まいだ。何代も前から地方に根を張ってきた一族もあれば、都から一時的に移住している両班もいる。
 手前の屋敷の門が開き、中年の女が姿を現した。服装からして、使用人だと知れる。ジアンは歩き始め、ごく自然に女とすれ違う体を装った。
「あの」
 声をかけられ、女が振り向く。ジアンは少し恥ずかしげに訊ねた。
「この近くに新しく紹介して貰った奉公先があるはずなんですけど」
 人の良さげな女は親切に教えてくれる。
「この辺りのお屋敷は数も知れてるよ。どんなお屋敷だい、ご当主のお名前は聞いてるだろ?」
 ジアンは少し舌っ足らずに首を傾げた。
「さあ? ご主人さまの名前は何だったかしら? 若い奥方さまが今、ご懐妊中だという話は聞いたけど」
 眼の前の女が見る間に気の毒な表情になった。
「哀號(アイゴー)、可哀想に、こんな別嬪なのに頭の血の巡りが悪いんだね」
 どうやら、うすのろの娘と思われたらしいが、実のところ、わざと誤解されるようにしたのだ。
 女はチッチッと舌打ちをし、優しい声で言った。
「若奥さまが妊娠中といえば、こちらのお屋敷の隣、あっちー二番目のお宅しかないと思うよ。キムさまだね」
 ジアンはパッと花のような笑みをひろげた。
「ありがとう、おばさん(アジモニ)」
 涙もろい質らしく、女は涙ぐんだ。
「気の毒なことだ。天は二物を与えずってね。キムさまのお屋敷では気張って働くんだよ。あそこの古い方の旦那さまは滅法女好きで、綺麗な女中にはすぐに手を付けるっていうから、気をつけてね。あたしの言うことが判るかい?」
 念を押され、ジアンはこっくりと頷いた。
 女はごしごしと手のひらで眼をこすった。
「ああ、返す返すも可哀想な娘(こ)だ。あたしがこの子の母親なら、娘を残して死のうに死ねないねえ」
 女は一人で呟きながら、また歩き去った。
 どうも親切な人を騙すというのは、あまり後味が良くない。ジアンは女と別れると、教えられた通り、右から二番目の屋敷を目指した。
 周囲には数軒の屋敷が見えるが、どの屋敷も同じような規模である。若夫人が妊娠中なのはここだけだという話ゆえ、あの若夫婦がキム氏であるのは間違いないだろう。
 しばらく見つめていても、キム氏の屋敷門は固く閉ざされたままだった。注意して見ていると、他の屋敷の門は開いているところもあるし、閉じていても先刻のように使用人の出入りがあるのに、キム氏の屋敷だけは門は一度も開かなかった。これも不自然ではある。
 なおも佇んでいると、三番目ーキム家の左隣の屋敷から出てきた下僕らしい若い男と眼が合った。男は最初、びっくりしたようにジアンを見つめ、次はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。下卑た笑いは嫌悪感しか感じなかった。
 今日のところはここまでにしよう。あまりに功を焦りすぎては失敗する。ジアンはそこで回れ右をして元来た道を歩き始めた。
 
 その日の宵になった。ジアンは心づくしの夕食を間にチュソンと向き合っていた。いつもと変わらない夕食刻の光景である。
 今日は若鶏のキムチ蒸しともやしの炒め物に麦飯だ。美味しそうに食べ始めたチュソンを前に、ジアンの顔は浮かなかった。食欲も進まず、何口か食べた後、溜息をついて箸を置いた。
 チュソンは首を傾け、訝しむようにジアンを見ている。良人を心配させるのは判っていたけれど、どうにも昼間の出来事が胸にわだかまり、食事どころではなかった。
「ジアン、どうした? 町で何かあったのか」
 問いかけられ、ジアンは物言いたげにチュソンを見つめた。
「五日前にお話ししたカナムの件、憶えていらっしゃいますか?」
 チュソンは一も二もなく頷いた。
「憶えているとも。カナムの良人ギルボクが出稼ぎに行ったのではなく、実は行方知れずになったという話だったな」
 ジアンは憂い顔で首肯する。
「実は隣町でギルボクにそっくりな男を見かけたんです」
 チュソンは不思議そうな表情だ。
「さりながら、そなたはギルボクの顔を知らないだろう」
 ジアンはゆっくりと首を振る。
「あの日、カナムは町の絵師に描かせたというギルボクの似顔絵を持っていました。肌身離さず持っていると嬉しげに話し、私にも見せてくれたのです」
「なるほど」
 チュソンもまた箸を置き、思案顔になった。
 重たい沈黙がその場に降りた。ジアンは思い切って良人に自分の考えをぶつけてみた。
 チュソンは頭が良い。鳥が天空を飛翔して地上を俯瞰するように、物事を広い視野で見つめ、しかも論理立てて分析、判断できる人だ。