韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫 朝も夜も、私はあなたの腕の中。今とても幸せです | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

連載87回 君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~

 **白藤の花言葉~決して離れない~** 

ーその美しき微笑は甘美な罠か?

どこから見ても美少女のジアンには、秘密があったー。  

 

附馬とは国王の娘を妻に迎えた男性を指す。

いわゆる王の娘婿である。難関とされる科挙に

最年少で首席合格を果たしたナ・チュソン。

将来を期待されながらも、ひとめ惚れした美しき王女の降嫁をひたすら希う。

約束された出世も何もかも捨てて、王の娘を妻として迎えたにも拘わらず、夫婦関係はよそよそしかった。

妻への報われぬ恋に身を灼く一人の青年の愛と苦悩を描く。ー彼女はその時、言った。
 「私と結婚したら、後悔しますよ」。果たして、その言葉の意味するところは? 妻となった王女は、良人に触れられることさえ拒んだ。ー
***********************************************

 央明は乳母に近づき、その手を取った。満足に食事が取れないから、肉がそげて痩せてしまった手を両手で包み頬に押し当てた。
ー私はどこにもゆかないの。ずっと乳母の側にいる。
 判っている。王女として生きながらも本当の女人ではない自分は、一生ゆき場はない。結婚すれば、たちまちにして身体の秘密が露見してしまう。
 だから、自分は一生涯、王宮を出られない。〝日陰の王女〟と半ば憐れまれ半ば蔑まれながら、王室の厄介者として死ぬまで飼い殺しにされるのだ。
 央明は乳母を哀しませたくなくて、折角した化粧をすべて落としてしまった。そんな央明を見て、乳母はまた泣いていた。
 夕刻、央明は一旦、乳母の側を離れた。この頃ではどこにもゆかず、ずっと乳母の側に居たのだ。丁度、ミニョンが乳母のために作った粥を運んできてくれたので、受け取りに立ったのである。
 室の扉を開け、小卓を床に置いた央明は甲斐甲斐しく粥を木匙で掬った。
 熱くないようにフウッと息を吹きかけ、呼びかける。
ー乳母、乳母。ご飯の時間よ。
 でも、乳母は瞳を開かなかった。最初は眠っているのかと思ったのだ。
ー乳母?
 何度呼びかけても返事がない。流石におかしいと思い、少し大きな声で呼んだ。
ー乳母!
 それでも、乳母は眼を開けなかった。央明は震える手を乳母の口許にかざした。既に呼吸が止まっていた。
ー乳母っ。
 央明は息絶えた乳母に抱きつき、号泣した。
 お願い、私も連れていって。こんな孤独で広い世の中に一人ぼっちは、あまりに淋しすぎる。
 乳母だけが心の支えであった。弱い自分を守り続けてくれた乳母をいつしか守れる強い自分になりたいと願っていたのに。
 乳母は央明の成長を待たず、旅立った。
 眠っているかのような安らかな顔なのが、せめてもの救いだった。央明の悲鳴に飛んできたミニョンがすぐに医官を呼んできたものの、やはり乳母は既に亡くなっていた。
ー苦痛は殆ど無かったはずです。
 医官は言葉少なに語った。実際、乳母は眠りながら亡くなったのだと聞いた。
 冬の透明な陽差しが室の障子窓を通して差し込んでいた、小春日和の夕暮れ、央明を十四年間、手塩にかけて育ててくれた優しい乳母はひっそりと亡くなった。
 もし、乳母が今、生きてここにいたら何と言うだろうか。
 一生、王宮という豪奢な鳥籠から出ることは叶わないと信じていた自分。そんな自分が図らずも人の妻になるだなんて、誰が想像しただろう?
 チュソンであれば、央明を育ててくれた乳母をも大切に遇してくれたに違いない。
 もしかしたら、今なら乳母に少しなりとも楽をさせてあげられたかもしれないのに。
ー翁主さま、お幸せですか?
 いずこかから、懐かしい声が聞こえる。央明は小さく頷いた。
ー幸せよ、乳母。
 チュソンは央明の性別を知った上で、彼自身を欲してくれている。とても希有なことだと央明は判っていた。
 央明をそれでも求めてくれているのは、チュソンが央明を一人の人間として愛してくれているからだ。
 いつだったか、央明はチュソンに言った。
ー男だとか女だとか関係なく、友達になれたら良い。
 その願いがまさに実現した形だ。
 ーばかりか、夜には愛しい男の腕の中で眠りにつき、朝にはまた彼の腕で目覚める。
 時には政治について語り合い、時には古今東西のあらゆる話題を種に心ゆくまで議論を戦わせる。
 流石に最年少で科挙に首席及第しただけあり、チュソンはあらゆる知識に精通していた。央明の投げかけるどんな疑問にも、淀みなく応える。チュソンは央明にとって良人であり、友であり、師匠でもあった。 
 何より、彼は央明に言ってくれた。
ーありのままのあなたで良い。あなたがあなたらしく生き、笑っていることが私自身の望みなんだ。
 央明には寛大な父王でさえ、漢籍を読むと話せば嫌な顔をしたというのに、チュソンは止めるどころか勧めてくれた。化粧師になりたいと夢を話しても、この屋敷にいる限りは好きなようにすれば良いと言った。
 素晴らしく頭の良いだけでなく、広い地平に立って物事を見られる器の大きなひとだ。
 時々、幸せ過ぎて怖いとさえ思う。これは夢で、もしや夜半にふと目覚めてみれば、自分は王宮にいて毎日、変わり映えしない日々が永遠に続いてゆくだけなのではないか。
 そんなことを考えてしまう。
 けれど、これで良いのかと考えてしまうのも事実だ。ある意味で、この幸せが期間限定であるというのは正しいのかもしれない。
 央明自身、彼との生活が永久に続くものではなく、かりそめにすぎないのだとは心のどこかで理解していたのだ。
 この幸せは、あくまでも彼(チユソン)の犠牲の上に成り立つものだと忘れてはいけない。
 央明が側にいる限り、チュソンは真の意味で幸せにはなれない。チュソンの母が央明に向ける強い憎悪は的外れとはいえ、あながち間違ってはいないのだ。
 附馬となることで、前途洋々としていたチュソンは将来を棒に振った。すべてと引き替えにしてまで得た妻は実は男で、子どもは望めない。央明が跡継ぎを生めない以上、養子を迎えない限り、家門はチュソンの代で断絶する。