小説 My Godness~俺の女神~早妃、お前とお腹の子が逝ってから、俺の時間は止まったままだ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 My Godness~俺の女神~

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キョロキョロ下矢印下矢印下矢印下矢印

 

 

 すんでのことろで踏ん張り、転ばずには済んだ。
「―大丈夫ですか?」
 横から控えめな声がかけられ、実里は虚ろな視線を動かした。
 見れば、妊婦の夫と思しき男と共にいた連れの男が側に来ていた。
「あいつ、今、動転しちまってるから」
「判っています。悪いのはすべて私ですから」
 実里はうつむいた。
 白衣を着た中年の医師が出てくる。男が近寄ると、医師は看護士と同じ科白を口にした。
「患者さんのご家族の方ですか?」
 男は幾度も頷いた。
「はい、夫です」
 やはり、実里の予測は当たっていた。
 医師は気の毒そうに彼を見つめてから、静かな声音で言った。
「残念ですが、持ち堪えられませんでした。下肢を複雑骨折していて、内臓の損傷も見られましたね。出血もひどかった。死因はショック死です」
 男が噛みつくように叫んだ。
「子ども、子どもは? 早妃の腹には俺たちの赤ん坊がいたんだ」
 銀縁めがねの医師は眼を伏せ、かすかに首を振った。
「先にお子さんの方が亡くなられました。もし赤ちゃんが元気であれば、すぐに帝王切開でもして、お子さんだけは助けたかったのですが。力を尽くしましたが、及ばず、非情に残念に思っています」
 医師は申し訳なさそうに小さく会釈し、そのまま静かに歩み去っていった。
 あの女(ひと)が死んだ―。お腹の赤ちゃんも。
 諦めにも似た絶望が実里の心にゆっくりとひろがってゆく。
―お腹に、お腹に、赤ちゃんが。
 雨に濡れて倒れ伏していた女性の姿と消え入るような声が一瞬、耳奥にこだました。
 ほどなくして、ストレッチャーに乗せられた女性が看護師たちによって運び出されてきた。
「早妃、早妃ィー」
 そのときの男の声を実里はこれから先、何があっても忘れないだろうと思った。まるで魂を引き裂かれるような悲痛な声だった。
 実里はゆっくりと男に近づいた。
 何をどう言えば良いのだろう?
 謝罪、慰め?
 だが、何を口にしてみたところで、この男の哀しみが薄れることはない。ましてや、実里はこの女性を殺した張本人と言っても良いのだ。そんな自分が今、何を言ったとしても、かえって男の怒りを煽るだけに違いなかった。
 しかし、実里には謝ることしかできないのだ。
「本当に何と申し上げて良いのか。幾ら謝っても、それで済むことではありませんが、本当に申し訳ありませんでした」
 実里がそっと背後から声をかけると、男が振り向いた。
 地獄から迎えにきた幽鬼のような形相だ。なまじこの男の容貌が整っているだけに、深い絶望を宿した様は余計に凄惨さを際立たせている。
 男がギロリとにらみ付けた。
「あんたが早妃を殺したのか?」
 殺したのか? その一言が胸を鋭くえぐり、実里は息を吸い込んだ。
「悠理、止めろよ」
 付き添いで一緒に来た友人といったところだろうか、先刻、転びそうになった実里に声をかけてくれた男が傍らから男を止める。
「警察の人も言ってただろ。この人だけが悪いんじゃないって。お前のかみさんの方がふらふらと車の前に飛び出していったらしいって」
 友人の科白で、男の腹立ちは最高潮に達したらしい。男は両脇に垂らした拳を握りしめた。
「そんなのは、この女の作り話かもしれない。それに―」
 男は一瞬、何かに耐えるように眼を瞑り、すぐに開いた。
「それに、そんなことは問題ではない。早妃はこの女の運転していた車にぶつかって死んだんだ。つまり、こいつが早妃を殺したっていうことさ」
「馬鹿言うなよ。言ってみれば、この人だって、被害者だろうが。急に人が車の前に飛び出してきて、ビビったと思うぜ」
「貴様、一体、誰の味方だ?」
 凄みのある声で男が言い、実里を睨(ね)めつけた。
「そうさ、お前がすべて悪いんだ。あんたが早妃を殺したんだ!」
 不意を突いて男が実里に掴みかかってきた。
「なあ、頼むから返してくれよ。あいつの腹には赤ん坊がいたんだぞ? あと三月(みつき)もしたら生まれるはずだったんだ。なあ、お願いだから、早妃と赤ん坊を返してくれよ」
 男は実里の胸倉を掴み、烈しく揺さぶった。揺さぶられるままに、実里の身体ががくがくと動く。意思のないマリオネットのように小柄な身体が揺れても、実里はただ相手のなされるままになっていた。
「おい、止せ」
 友人が見かねて男を止めに入り、なりゆきを見守っていた看護士二人も色を変えた。
 最後に処置室から出てきたもう一人の若い医師が駆け寄ってきて、男の片腕を掴んだ。
「離せよ、こいつを殺してやる。早妃の代わりに、俺がこいつを地獄に送ってやる」
 男は手負いの獣のように烈しく暴れた。
「何をしているんですか! 止めて下さい。哀しみが大きいのは理解できますが、ここは病院ですよ。気を確かに持って下さい」
 若い医師の声が深夜の深閑とした病院に響き渡った。
 ついに友人に後ろから羽交い締めにされ、男は抵抗を止めた。
「悠理。そんなことしたら、早妃さんがかえって哀しむぞ? なあ、早く家に連れて帰ってやろうや。早妃さんも帰りたいってきっと思ってるだろうからな。ここは暗いし寒すぎる」
 友人が宥めるように言い聞かせ、男はがっくりと肩を落とした。
「早妃、早妃―」
 悠理というのが男の名前なのだろう。男は女性の亡骸にくずおれるように取り縋った。
 心を引き裂くような咆哮が洩れ、男性が早妃と呼ぶ妻の頬に頬ずりしながら号泣する。到底、見ていられない光景だ。
 悠理から手を放した友人が実里に小声で言った。
「もうここは良いですから、帰って下さい」