詩人の大先輩である同人会主宰者の哀しい知らせー同人誌と一緒に歩んだ28年を振り返って | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

皆様、こんにちは。

 

 ハロウインも近くなり、先日、行ったダイソーにもハロウィン関連のグッズが賑やかに

 

 飾られていました。

 

 秋も日ごとに深まってゆくようです。

 

 さて、今日は予め考えていたお題があるのですが、、、

 

 予定を変更して、別のお話をしたいと思います。

 

 私はかつては二つの同人誌に参加していました。

 

 

 

 

 

 一つはブログでもお話ししたことのある「コスモス文学」であり、もう一つは

 

 関西方面を拠点に活動を続けている「別嬢」です。

 

 コスモス文学は既に終刊になって久しいですが、「別嬢」は今も続いています。

 

 今日、その同人誌の最新号が届きました。

 

 私の拙い作品も載せて頂いています。

 

 パラパラとページをめくる中に、ハッとしました。

 

 

 

 同人誌の主宰者的存在である方が亡くなられてという一文が眼についたのです。

 

 関西が本拠地の同人誌なので、私は実のところ、同人の方々とお会いしたことは

 

 殆どありません。

 

 たった一度、岡山から兵庫県の加古川まで例会に参加したことがあるだけです。

 

 もう懐かしい出来事となりました。

 

 その時、亡くなられた方がいたかどうか、残念ながら記憶はないのですが、、、

 

 今も鮮やかに記憶に残っているのは、私が同人になりたいという希望を出したときのこと、

 

 今から数えるともう三十年近くも前の話になります。

 

 当時、私は気軽に参加できる同人誌を探していました。

 

 「別嬢」を知ったのは姫路文学館で紹介して貰ったからだったと思います。

 

 姫路文学館もよく訪れていたのです。

 

 活動拠点が関西というのは、私にとっては良くも悪くもありました。

 

 というのも、地元の同人誌だと例会には絶対的に行かなければなりません。

 

 しかし、正直言えば、私は人付き合いがとても苦手です。

 

 知らない人がたくさんいる中にはあまり生きたくりません。

 

 この場合、知らない人というのは面識がないという意味ではなく、知っているが

 

 実はよく知らないーつまり面識はあるが、さほど親しくない人ということ。

 

 まったく知らない人は大丈夫です。

 

 お互い知らない同士であれば、空気のようなものですから。

 

 ですが、なまじ面識があると、空気のようなわけにはゆきませんものね。

 

 何か気を遣って喋らなければならないしで、迂闊なことを言ってもいけないと

 

 非常に気を遣います。

 

 ましてや、同人となれば文学を志す仲間なわけですから、自分の作品もやり玉に挙げられ

 

 同人全員から批評されることを考えただけで、尻込みをしそうになりました。

 

 なので、関西が拠点というのは、例会に行かなくて済むという点では良かったし、

 

 裏腹にそんな遠方の同人誌に参加しても、意味があるのだろうかという不安もありました。

 

 そんな理由で迷い、事務局に問い合わせて活動内容などを教えて貰って

 

 何とかついてゆけるかなと一度入会の申し込みをしたんですね。

 

 しかし、また後になって不安になり、

 

 ー大変申し訳ないのですが。

 

 と、入会取り消しをしてしまいました。でも、やはり、

 

 ーどこかに所属したいし、しておいた方が励みにもなるのでは?

 

 と迷いが出てしまいました。これはもう絶対に気を悪くされるだろうし、断られても仕方ないと

 

 再度の入会希望を申し出たところ、窓口になっていた年配女性の方が

 

 その亡くなられた主宰者の男性に相談したところ、

 

 ー若い人にはありがちなことで、色々と心が揺れるのは仕方ない。

 

 と、笑って入会を許可してくれたということを後日、私も聞きました。

 

 当時、私はまだ若く、主宰者の方や窓口の女性は私の親くらいの年代でした。

 

 流石に大人だけあり、鷹揚な態度で受け入れて下さったことを

 

 今もよく憶えています。

 

 その方が今年の四月に亡くなられていたーというのを、私は同人誌の最新号を見て

 

 初めて知りました。

 

 お逢いしたことは殆どなくても、入会当時のエピソードだけが今も私の心に刻み込まれています。

 

 詩人としても重鎮で、数々の詩人の会の顔役であられたと聞きました。

 

 あの時、一度は入会辞退した私をもし、あの方が快く受け入れて下さらなければ、

 

 私の詩作の道は恐らくそこで絶えていたとも思います。

 

 小説の方は、もちろん書きたいという想いもあるのだけれど、書きたいだけではなく

 

 「書く」ようにも心がけている部分があります。

 

 しかし、詩作については本当に書きたいときだけしか書きません。

 

 なので、一つの作品と作品が生まれる間は長いです。

 

 気の向くままにやっているため、書くときは立て続けに書く時もあります。

 

 時には空白が長く、同人誌に投稿するために作品を書いたというときさえありました。

 

 もし同人誌の存在がなければ、ずっと詩作を続けていたかどうか。

 

 正直よく判りません。

 

 「市民の文芸」で入賞できたのは詩作を始めて20年も過ぎたときでしたから、

 

 本当に同人誌に入っていなければ、入賞という歓びもなかったのです。

 

 色々と考えてゆくと、「別嬢」に入れて頂いて自分なりに続けてきたからこそ

 

 今の自分があるともいえるし、

 

 そのきっかけを繋いで下さったのは、亡くなられた主宰者の方でもあったと思うのです。

 

 遠隔地に棲まいしており、訃報は届くことはありませんでした。

 

 本当に長い間、ありがとうございました。

 

 私は相変わらず、遠方なので同人会のためにできることは何もありませんが、

 

 「別嬢」が続く限り、自分の拙い作品も投稿させて頂きたいと考えています。

 

 心よりご冥福をお祈り致します。

 

 私が「別嬢」に参加して、今年で丁度28年を迎えます。