韓流時代小説 復讐から始まる恋~二人の国王ーその存在は朝鮮王朝の光と影、知ってはならぬ秘密 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しく

~謎めいた王と憂いの妃~【後編】

 ☆ 最初から最後まで、私には復讐しかなかった。あなたに出会うまではー「廃妃ユン氏」と呼ばれた少女の生涯☆

 

ー運命に導かれるようにして出逢った二人。
二人は互いの身分を知らずに、烈しい恋に落ちる。

ソファの運命を激変させた一夜ー、そのために彼女はすべてを失った。優しい両親、可愛い弟。
その夜、国王の唯一の忠臣といわれるユン・ソユンの屋敷に義禁府の兵が押し入り、ソユンとその妻、更には使用人すべてが問答無用で誅殺された。
後にソファが知った父の罪は「大逆罪」。謀反を企んだ罪により、父は王命で生命を奪われたのだ。

そのときから、ソファの復讐が始まった。

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 ヒョルが自嘲するように言った。
「結局、母上に私は殺せなかった。私が烈しく咳き込み出したものだから、我に返った母上は慌てて手を離し逃げるようにその場からいなくなった。だが、俺の心にはずっと消えない傷が残った」
 そういえば、〝王〟からも似たような話を聞いたことがある。自分の息子であったら良かったのにと、大妃が彼に話したことがあると言っていた。
 即位した時、ヒョルは十一歳の少年にすぎなかった。生みの母から絞め殺されかけ、死ねと言われた衝撃は確かに大きいもので、彼の心に大きな爪痕を残したはずだ。
 ヒョルが熱に浮かされたように続ける。
「あやつは、私がどれだけ欲しくともけして手に入らぬものを持っていた! 学問、武芸だけでなく女さえも、そなたの心さえも、あやつは難なく手に入れた」
 ヒョルがうつむいた。
「私はそなたの身体が欲しかったのではない。心が欲しかった。あやつに微笑みかけるように、私を見て笑って欲しかったのだ。だから、そなたが何やら覚悟を心に秘めていると知った時、それを逆に利用してやろう考えた」
 そうして、あの夜、異母弟とまんまと入れ替わり、うかと騙されたソファはヒョルの思惑通り、愛する彼をこの手で殺害した。
 それだけは、この男を一生涯許せない。だとしても、結局、愛する男を殺したのはヒョルではない。ソファだ、言い訳のできない事実であり、許されない罪だ。自分が愛するひとを手にかけた事実すべてをヒョルのせいにして言い逃れるつもりはなかった。
「私を産んだ母親でさえ、内心では私を疎んじ、あやつの方が実の息子であれば良いと私自身に何度も言い、我が子を亡き者にしようとすらした」
 ヒョルの声がひび割れた。もしかしたら、この男は泣いているかのもしれない。誇りだけは人並み以上に高いから、泣き顔を見られたくはないのだろう。 
 それでも。
 ソファは心から言った。
「あなたの哀しみは理解できないことはない。でも、あなたがもし自分が王だと言うならば、王であるからには、その哀しみを乗り越えなければならなかった」
 亡くなった彼を思い出すが良い。彼の異母弟は残酷な運命に翻弄され続けた。影武者として生きる理不尽な運命を与えられても、従容として受け入れ、たとえ紛い物でもひと度王座についたからには自分にできることをしようと努力していた。
「哀しみを乗り越える、だと?」
「王は国の父ともいうわね。であれば、親が我が子を慈しむのは当然のことでしょう。自分一人の哀しみや痛みに浸って世をすねたり、他人に八つ当たりするのは、王としては許されないことよ。まだ子どもだったあなたには厳しい言い様かもしれないけれど、王ならば哀しみに打ち勝つだけの強さを持つべきであったと思うわ」
「ーそんなことを言う者は、私の側にはいなかった」
 ヒョルが茫然として言った。
 恐らく、側に彼を正しく導こうとする人材がいなかったこともヒョルの大きな不幸の元なのだ。
 だからと言って、失われた生命が取り戻せるわけではないし、すべてをなかったことにできるわけではないのだ。
 ソファは気になっていたことを口にした。
「私があなたの生命を狙っていたことを知っていたのね?」
 ヒョルの面にまたも驚愕が浮かんだ。ソファがフッと笑った。
「そんなに愕くことでもないでしょう。馬鹿でも判るじゃない。この間の夜、あなたが私にした仕打ちがどれほどのものか、あなた自身も嫌というほど自覚していたからこそ、次に私が大殿に伺候するときは自分が生命を狙われると予想したのよね」
 更には、自分がソファにとって仇であることを、この男は知っていたはずだ。
 殺されるはずの夜、この男はソファが生命を狙うと予め予測して,わざと〝王〟と入れ替わったのだ。すべての一連の展開を振り返れば、嫌でも見えてくるものはある。
「それでは、こう言えば、応えてくれるかしら」
 ソファは憎い仇の眼を見つめた。
「何故、私の父ユン・ソユンを殺したの?」
 ヒョルが耐えられないというように、ソファから顔を背けた。
「ソユンは私を玉座から追い払おうとしていた。あやつを正式な王に据えようとひそかに画策していたのだ!」
「だからといって、朝鮮を心から憂えていた忠臣を問答無用に殺す理由にはならないわ。あなたが正々堂々と弟君と闘おうとしなかったのは残念なことね」
 ヒョルが吠えるように言った。
「認めるのは口惜しいが、私があやつに勝てるはずがない。幼い時分から何をしても、あやつに勝てた試しはないのだ!」
「男なら、王なら、負けは潔く認めなさいよ」
 強い口調に、ヒョルがハッと顔を上げた。
「自分の弱さを認めたところから、すべてが始まるのよ。失えば、また取り戻せば良い。自分に足りないものは得る努力をすれば良いじゃない」
 ハッと、ヒョルが息を吐いた。
「私はー私は」
 うわ言のように繰り返す彼に、ソファは言った。
「もし今でも自分が朝鮮の王だと思うなら、今からでも遅くない。自分の弱さを認めて、強くなってちょうだい」
 最早、この男の生命を奪う気力はなかった。ヒョルもまた〝王〟同様、大妃によって生きながらも死んだ人間としての日々を送らねばならなかった。〝王〟が言っていた。
 時々、どちらが本当の王なのか判らなくなると。多分、あれは真実だったのだ。イ・ヒョルという男は、この世に二人存在した。二人ともに王であり、どちらもが光であり同時に影であった。どちらが光でどちらが影なのか、多分、断言できる人はいないだろう。
 一か八か、この瞬間、生命を奪おうと思えばできないことはなかった。けれど、ソファは仇を討とうとはしなかったのだ。
 実の母に殺されかけたという彼に同情したわけでもない、彼への憎しみを忘れたわけでもない。
 ただ、憎しみに憎しみで返す負の連鎖は無意味だと悟っただけだった。
 ヒョルが静かな口調で言った。一体、この男がこれほど落ち着き払ったところを見たことがあったろうか。
「最後に一度だけ訊く。今のまま、王の側室として後宮で暮らすつもりはないか?」
「私は大罪を犯したのよ」
 愛しい男をこの手で殺した罪は、ソファが贖わねばならないものだ。その罪から逃れようとは思わなかった。
 ヒョルが感情の読めない瞳で見ている。
「弟の死は公表できないものだ。そなたの罪は伏せることもできる」
 彼は何か言おうとして口を動かしかけ、噤んだ。言いよどみ、思い切ったように言う。
「実の母に殺されかけた話なぞ、誰にもしたことがない。さりながら、何故であろうな、そなたには、さらりと話せた。ソファ、女は快楽を与えてくれる玩具のようなものだと思っていた。だが、私の認識は大きく誤っていたようだ。そなたの父を殺めるようにと命じたのは確かだが、その罪はそなたを守り幸せにすることで一生かけて償わせてくれ」
 ソファが笑った。
「大妃さまは私の正体をご存じなの?」
「そなたがソユンの娘だと先に知ったのは母上だ。新入りのムスリが何やら国王の身辺について嗅ぎ回っていると報告があり、疑いを持ったのがきっかけらしい」
 では、正体はとうに露見していたのだ。やはり、自分のような小娘が一人で後宮に潜入して仇討ちをするには限界があったということだろう。所詮、自分は最初から老獪な大妃の手のひらで踊らされていたに過ぎなかった。ソファは、ほろ苦く思った。
「大妃さまが私を生かしておくことを許すかしら?」
 ヒョルが首を振った。真摯な響きを帯びた声だ。この男がこんな声を出すのを今、初めて耳にしたような気がする。
「母上については心配する必要はない。私は曲がりなりにも国王だ」
 ソファは心から言った。
「どれだけ月日が流れようと、あなたが私の大切な人たちを殺した事実は消えない。それでも、私はあなたが立派な王になることを願っている。だから、今日、あなたの生命をここで奪わなかったことを私に後悔させないで。そんな王になって欲しい。最後に望むのはそれだけよ」
「そうか、残念だ」
 ソファを見つめる彼のまなざしに幾ばくかの情を見たのは都合の良い勘違いだろうか。
 ヒョルが踵を返し、牢を出ていった。
 牢の扉が閉まり、牢番がどこからともなく現れ、また元通り鍵を掛ける音が響く。
 廊下を曲がって見えなくなる直前、ヒョルが一度だけ背後を振り返るのが遠目に見えた。