韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しく〜運命が回り始めた夜。廃妃ユン氏の数奇な生涯! | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しく

  ~謎めいた王と憂いの妃~

 

☆ 最初から最後まで、私には復讐しかなかった。あなたに出会うまではー「廃妃ユン氏」と呼ばれた少女の生涯☆

 

ー運命に導かれるようにして出逢った二人。
二人は互いの身分を知らずに、烈しい恋に落ちる。

ソファの運命を激変させた一夜ー、そのために彼女はすべてを失った。優しい両親、可愛い弟。
その夜、国王の唯一の忠臣といわれるユン・ソユンの屋敷に義禁府の兵が押し入り、ソユンとその妻、更には使用人すべてが問答無用で誅殺された。
後にソファが知った父の罪は「大逆罪」。謀反を企んだ罪により、父は王命で生命を奪われたのだ。

そのときから、ソファの復讐が始まった。*************************************************************************

 義禁府の兵がつと振り向く。あわや見つかると思った寸前、ソファの身体は横から突き飛ばされた。
 正しくは突き飛ばされたわけではなく、ヒジンが強い力でソファを押したのだ。ヒジンとソファはその勢いで廊下に一緒にもつれながら倒れた。
「おかしいな。確かに人の気配がしたんだが」
 室から呟きが聞こえてくる。
「ー死んだか」
 ややあって、男の無味乾燥な声がした。まるで、その辺りを飛び回っている虫を踏みつぶした後のような物言いに、ソファの身体中の血が怒りに沸いた。
ー父上と母上を訳もなく殺しておきながら、何という科白。
 ソファが怒りに任せて室に飛び込もうとする。彼女の夜着の袖をひしとヒジンが握りしめた。
 ヒジンは必死で首を振った。行くなと言っているのだ。と、別の男の声が初めて聞こえた。
「まだ家族が残っております」
 その時、ソファは室内にいる義禁府の兵が一人ではないのを知った。
「使用人たちの方は、どうなっている?」
「あらかたは息の根を止めました。姿が見えないヤツが二人いるとのことです」
 てきぱきと応える部下らしい男に、最初の男が囁いた。
「元々、使用人の数が少ないのが幸いしたな。私欲に肥え太った両班の屋敷なら、使用人の数も多い。もっと手こずることになっていた」
 男は続けた。
「まだ娘と息子が残っているはずだ」
「姿の見当たらない使用人の一人は、娘の乳母のようです」
 別の声が応える。
「なるほど、忠義の乳母が令嬢を連れて逃げたか」
 罪深き人を地獄へ連れゆく補卒(ポジョル)も負けそうな酷薄な声だった。
「使用人は二の次だ。とにかく娘と倅を探せ。ユン氏の一族は根絶やしにせよとの王命だ」
 ソファは信じられない想いで、男の言葉を聞いていた。言葉だけが意味を持たない音の羅列となり、耳を素通りしてゆく。理解しようとしても、理解できない、いや、理解したくなかった。
ーユンシノイチゾクハ、ネダヤシニセヨトノオウメイダ。
 何故、という疑問がぐるぐると頭の中で回った。茫然自失の体のソファを、ヒジンが軽く揺さぶる。
「お嬢さま、ここにいては殺されます」
 ソファは、今や意思を失ってしまった人形だ。ヒジンはソファの手を握りしめ、その場からそっと離れた。
「あ、父上と母上を助けなければ」
 あの男が両親は既に息絶えたと言っていたのに、ソファの意識はまだ現実を受け入れられないでいる。
 ヒジンが涙ながらに囁いた。
「今は生き延びることだけを考えて下さい。旦那さまも奥さまも、きっとお嬢さまがご無事でいるのを望まれるはずです」
 ヒジンに手を引かれ、廊下を走り人気の無い屋敷の最奥部から裏庭へ出た。
 表の方では赤々と篝火が燃え、人声が騒がしい。知らなかった、義禁府の兵どもはいつしか邸内を占拠していたのだ。にも拘わらず、自分は一人、暢気に眠りこけていただなんて。
 悔しさに唇を噛みしめ、ソファは立ち止まった。
 乳母はソファを信じられないものでも見るかのように見た。
「放して、父上と母上のところに戻るの」
 ヒジンの手から自らの手を引き抜こうとすれば、ヒジンはこれまでの乳母からは考えられないような強い力でソファの手を握りしめた。
「放しなさい」
 普段は使用人であるヒジンに対して、けして権高な物言いはしない。ソファにとってヒジンは、母の次に慕う存在であった。
 パシンと、乾いた小さな音に、ソファは我に返った。頬を打たれたソファより、打ったヒジンの方が辛そうな表情をしている。
「お願いですから、落ち着いて下さいまし」
 ヒジンの眼が夜目にも判るほど濡れていた。
「怒りに任せて行動したとしても、何も良いことはありません。お二方のご無念を晴らすなら、何としてでもここは生き延びねばならないのです。死んでしまっては仇討ちはできませんよ」
 ソファは、かすかに頷いた。ヒジンの言う通りだ。ここで死ねば、両親同様、犬死にになる。そう、無駄に生命を捨てる羽目に。
 何故、敬愛する両親が理不尽にこんな形で生命を奪われねばならなかったのか?
 そう思うと、悔しさに泣き叫んでしまいそうだ。けれど、乳母の言うように、本当に父母の無念を晴らしたいのであれば、短慮は禁物だ。
 ソファはもう一度だけ、背後を振り返る。この屋敷の中に、まだ父と母はいる。このまま逃走すれば、両親の亡骸を懇ろに弔うことはまず無理だろう。
ー父上、母上、親不孝をお許し下さい。
 ソファは想いを振り切るように、ここからはヒジンより先に立って走り始めた。
「築地塀の一角に崩れ落ちたところがあるわ。そこから外に出ましょう」
 ソファは自他共に認めるお転婆だ。母はソファには淑やかな令嬢らしくふるまうことを求め、いずれは釣り合いの取れた両班家に嫁ぐ夢を娘に託していた。けれど、肝心のソファときたら、いつも母の期待をことごとく裏切ってばかりだったのだ。
 下町に行くなんてむろん許して貰えなかったから、いつも屋敷を取り囲む塀の〝秘密の抜け穴〟からこっそりと脱出していた。
 父はそんなソファを叱るでもなく眼を細めて見つめ、ヒジンも仕方ないといった風に肩をすくめて見送っていた。
 母の眼を盗んでは下町に出掛けていたのがこんなときに役に立つとは考えもしなかった。
ー母上さま。私はお転婆で、少しも母上さまの期待に添うおしとやかな娘じゃなかったわ。ごめんなさい。
 今更ながらに、母の言いつけを守れなかった親不孝な我が身を思った。
 こじんまりとした屋敷に反して、庭は結構広い。父が草木花を丹精するのを好んでいたからである。ユン家の庭にはいつでも四季を通して花が咲き乱れ、訪れた客を心地良く出迎えていた。その雰囲気は、当主のソユンの穏やかで思慮に富んだ人柄をそのまま反映していたのだ。
 夫人は少し口うるさいけれど、良人を敬愛し、よく尽くす賢夫人だった。慎ましい日々の中、ユン家ではいつも子どもたちの笑い声が絶えなかった。
 いずれ、この屋敷に戻ってくる。父と母の無念を晴らすのだ。そのために我が身は一時、家を離れるだけ。ソファは自分に言い聞かせた。
 二月の初め、月もない闇夜は身体の芯から凍えそうなほどの寒さだ。吐く息が白く細く夜気に溶け込んでゆく。特に夜着一枚で床の中から飛び出してきたゆえ、歯がカタカタとなるほどの寒さが薄い布地を通して伝わってくる。
 それはヒジンも同じだ。乳母も寝起きのまま、騒動の気配に気づいて飛び出してきたのだ。夜は深く、底なしの闇の中にいると、恐怖もあいまって気が狂いそうだった。いっそのこと気を失って、そのまま眠り込んでしまいたい誘惑に駆られる。
 このまま眠ってしまえば、翌朝にはもういつも通りの朝で、めざめれば父と母の優しい笑顔を見られるのではないか。