韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しく~激動の朝鮮王朝期に生きるー廃妃ユン氏と呼ばれた少女の生涯 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しく

  ~謎めいた王と憂いの妃~

 

☆ 最初から最後まで、私には復讐しかなかった。あなたに出会うまではー「廃妃ユン氏」と呼ばれた少女の生涯☆

 

ー運命に導かれるようにして出逢った二人。
二人は互いの身分を知らずに、烈しい恋に落ちる。

ソファの運命を激変させた一夜ー、そのために彼女はすべてを失った。優しい両親、可愛い弟。
その夜、国王の唯一の忠臣といわれるユン・ソユンの屋敷に義禁府の兵が押し入り、ソユンとその妻、更には使用人すべてが問答無用で誅殺された。
後にソファが知った父の罪は「大逆罪」。謀反を企んだ罪により、父は王命で生命を奪われたのだ。
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そのときから、ソファの復讐が始まった。

 幕開け

  素花(ソファ)はその夜、何故か、なかなか眠りに落ちなかった。いつもなら、床に入るなり、こてんと寝てしまう寝付きの良さは我がら恥ずかしいほどだし、七つ違いの弟にでさえ、からかわれるほどだ。なのに、その夜に限って、眠りは一向に訪れず、彼女は潜り込んだ床の中で幾度も無意味な寝返りを打った。
 夜もかなり更けた頃、漸くうとうとと浅い眠りに誘(いざな)われたと思えば、今度は埒もない夢を見てしまった。
 それは禍々しい、思い出したくもない夢だった。紅蓮の大きな焔が巨大な魔物のように背後から迫ってくる夢だ。
 ソファは懸命に逃げているにも拘わらず、ついに焔に飲み込まれようとしている。振り返ったソファは思わず恐怖の悲鳴を上げた。
 大きな焔の塊が意思を持つかのように、ぱっくりと大きな口を開けている。そう、本当に口のようにその部分だけが割れている。口からはやはり小さな焔が舌のようにチロチロと覗いており、いっそ不吉だ。
ーああ、のみ込まれてしまう!
 ソファの心が絶望に染まり、眼を固く瞑ったその時、遠くからかすかな声が聞こえてきた。
 ソファの意識は急激に覚醒し、彼女は褥の上に身を起こす。
 と、また声が聞こえた。ソファは身体中の神経を研ぎ澄ませ、耳を澄ませた。先刻の声は呼び声にも聞こえたし、悲鳴のようにも聞こえた。
 そこで、そんなことを一瞬たりとも考えた己れを嗤う。愚かなことだ。あまりに怖い夢を見たせいで、現実と夢の境目をまだ彷徨(さまよ)っているに違いない。
 ソファの父、ユン・ソユンは朝鮮各地の主立った都市の県監を歴任してきた。当代の若き国王の信任も厚く、望めば政界中央での立身も思うがままだというのに、ソユンは自ら志願して地方官吏としての道を歩み続けてきた。
 今まで粉骨砕身してきた労を王自らねぎらわれ、今年一杯は役職につかずに屋敷で悠々自適の日々を送ることを許されている。来年になればまた、一家揃って新たな任地に向かうはずだ。
 今までソファは父に伴われ地方に行ったこともあれば、あまりに遠国の場合、家族は都に残り、父だけが任地に赴いた場合もあった。従って、ソファは生まれてから都を出たこともない他の両班の令嬢たちよりは少しだけ、民の暮らしについて知っているかもしれない。
 都の下町で暮らす民たちもその日を暮らすのがやっとという者が多いが、都から離れた地方の村々では、窮状は更に深刻を極めている。両班たちは民たちの困窮には見て見ないふりをし、彼らから搾取することしか考えていないのだ。
 父は温厚な人柄で知られ、間違っても政敵を作ることなどないだろう。無欲すぎるほどの父を、母は時々、溜息交じりに眺めて言うのだ。
ー旦那さま(ナーリ)は欠片ほどの野心もお持ちではないのですね。
 口ではぼやくものの、母は国王に忠誠を誓う父を愛していたし、ソファ自身、無私で国のために働く父を誇りに思っている。
 刹那、また悲鳴が聞こえた。ソファは弾かれたように面を上げる。間違いない、今度の声は悲鳴だ。何故と考える前に、彼女は立ち上がった。より神経を耳に集中させる。
 声は両親の眠る寝室の方から聞こえてくるのは、疑いようもなかった。更に今度は、よりはっきりと深夜のしじまをつんざくような悲鳴が響き渡る。
 ソファは夜着のまま、寝所を飛び出そうとした。彼女が室の扉を開けたのと、何者かが飛び込んできたのはほぼ同時だった。
「ーっ」
 ソファは一瞬、身構えたが、正面衝突したのが乳母だと知り、身体中の力を抜いた。
「乳母(ユモ)」
 乳母のヒジンが震えながら立っている。ソバカスの散った丸い愛嬌のある顔は今や蒼白で、胸前で組み合わせた両手は関節が白く浮き上がるほど力を込めていた。
「何かあったの?」
 ヒジンは薄い唇を戦慄(わなな)かせた。
「旦那さまと奥さまが」
 そのひと言で、両親の身に異変があったのは知れた。ソファは咄嗟に駆け出そうとするのを、ヒジンが背後から抱き留めた。
「なりません!」
 悲鳴のような声だ。ソファは乳母を振り返った。
「一体、何が起きたというの」
「行ってはなりません、お嬢さま(アツシー)」
 ヒジンは詳細は語らず、ただ行ってはならないと繰り返すだけだ。
 だが、ソファは恐怖に負けるような娘ではなかった。しかも、愛する両親の身に明らかに良からぬことが起きているというのに、自分だけがのうのうと安全な場所に隠れているなどできようはずもない。
 ソファはヒジンの制止を振り切り、室を飛び出した。廊下を真っすぐに進めば、直に両親の寝室に至る。無欲で倹約家の父は自らも家族にも慎ましやかな日々を送るのを望み、ユン氏の屋敷は簡素なものだ。
 あくどい商法でしたこま稼いでいる豪商の方がよほど両班らしい暮らしをしているに違いない。小さな屋敷だから、いつもなら父母の寝室に至るまでの廊下もさほど長いとは思えないのに、今夜だけは違った。
 何故か永遠にーどれだけ歩いたとしても、父母の許にはたどり着けないのではと思うほど果てしなく感じられた。
 ようやっと両親の寝室の扉が見えた刹那、力強い声が聞こえた。
「なにゆえ、このような狼藉を致すのだ!」
 父の声に、ソファは肩の力を抜く。良かった、ご無事なのだ。
  父の問いに覆い被せるように、低く野太い声が応えた。
「理由なら、私ではなく国王殿下(チュサンチョナー)に訊くが良い。私はただ殿下からの王命を果たしにきただけだ」
 ソファは息を呑んだ。
ー王命? 
 どういうことなのかと考える暇もなかった。
「あなた!」
 母の尋常でない声がして、ソファが扉を開けかけたその時。
 細く開いた扉の向こうに見えた光景は、忘れようとしても忘れられるものではなかった。
 義禁府の兵らしい男が長剣の切っ先を父に向かって突きつけている。その剣が振り下ろされる直前、母が父の前に飛び出し、鋭い剣先は母の胸を深々と刺し貫いた。
 血飛沫が四方に飛び散り、狭い寝室を血の海に変える。
「何ということを。チョンオク、チョンオクっ」
 滅多に動じることのない父の狼狽える声に続き、父の苦痛に満ちた呻きが聞こえる。
「ーっ」
 ソファの両足は最早、その場に縫い止められたかのように動かない。母を斬ったその剣が今度は父を袈裟懸けに斬っていた。義禁府の兵であれば、いずれ手練れには相違ない。 父が枕許の刀を手に取る前に、男の剣は父をすっぱりと切り下ろしていた。
 情けなくも、衝撃が強すぎて父と母を助けに駆けつけられもしなかった。少しでも気を緩めれば、大声で泣き喚いてしまいそうだ。
 ソファは両手で口元を覆い、洩れ出ようとする悲鳴を懸命に堪えるしかなかった。