小説 臆病なシンデレラ~アラサー女子、私の彼氏は17歳ー今日が最後ー別離を覚悟して彼に抱かれる日 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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小説 臆病なシンデレラ~アラサー女子、私の彼氏は17歳~
出逢った時、私は31歳、彼は17歳の高校生。
たくさん悩んで、いっぱい泣いて、大好きな彼のことを諦めました。
こんな私があなたを好きになって、良いですか―?

そして、今年のクリスマスもまた、私は一人で過ごすことになるんだろうな、きっと。
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 F駅に降り立ち、早苗は真っすぐに雑居ビルを目指した。何度か通ったビルだが、これが最後になるだろう。
 もう、二度と祐には逢わない。それが、早苗なりの彼への愛の示し方だった。
 二階でエレベーターを降り、いつものように〝フローラ〟で鈴木と木内と面談する。面談といっても、ごく形式的なもので、今日の客がどんな人なのか、短い説明を受けるだけだ。もっとも、早苗は三度とも相手は祐だったから、今更、説明されるまでもない。
 話の終わりに、早苗は鈴木に言った。
「お昼寝メイトのお仕事もこれで最後にしようかと思ってます」
「あら」
 木内が甲高い声を上げた。鈴木の眼がね越しの細い眼がいっそう細められる。
「理由をお訊きしても良いですか?」
「一身上の都合だけではいけませんか?」
 身構えた早苗に、木内が穏やかな口調で話しかけた。
「いえね。鈴木さんと私、話していたんですよ。津森さんと佐内さん、とてもお似合いだって。良い雰囲気だったみたいなので、もしかしたら、おめでたい話が聞けるのではないかと期待していました。だから、鈴木さんもそんな質問をしたんです」
「メイトとお客が必要以上に親しくなるのは困るんじゃないんですか」
 二度目に聞いた注意を思い出しながら言えば、鈴木が笑った。
「我々が避けたいのは、あくまでももめ事であって、おめでたい話なら幾らでも大歓迎ですよ」
 初めて気づいた。鈴木は冷たい印象を受けるけれど、よくよく見ると、眼がねの奥の細い眼には優しい光がある。
 早苗はうつむいた。
「おめでたいって―。私と彼、歳が違いすぎます」
 言ってから、しまったとほぞを噛む。祐は年齢をごまかして、ここのサービスを利用しているのだ。だが、鈴木と木内が視線を交わして笑い合った。
「彼がまだ若いことは、我々も気づいていましたよ」
 鈴木が笑いながら言うのに、木内も頷いた。
「これでも、仕事柄、たくさんの人を見てきましたからね。こういうサービスですから、中には本当にメイトの女の子を風俗嬢と間違えて妙なことを要求してくるお客さまもいるんです。実は、この仕事は女の子の面接より、お客さまと面接の方が大切なんですよ」
 鈴木も頷いている。
「女の子に無理強いしたり、セクハラしたりするようなお客さまだけは避けたいですからね。結構シビアな眼でお客さまを見てますから、佐内さんが二十七歳じゃないっていうのも即判りました」
「じゃあ、年齢詐称を承知だったんですね」
「ええ。何て言うのかな、彼、何か放っておけないような感じがしましてね」
 鈴木が言うと、木内も、そうそうと頷いた。
「うちにも同じ歳くらいの息子がいますけど、普通、あの年齢って、もっと屈託がないというか、あっけらかんとしているのに、佐内さんは違ってましたものね」
 相づちを求めると、鈴木も真剣な顔で頷く。
「陰があるっていうのかね。棄てられるのを覚悟しているような小動物といえば悪いかもしれないが、そういう傷ついた眼をしてたものだから、我々も彼を受け入れることにしました」
 鈴木が笑った。
「女の子が見知らぬ男性客に添い寝するなんて、傍から見たら風俗まがいの怪しい仕事だと思われがちですけど、そうでもないんですよ。僕たちがここに来るお客さまに癒しを提供したいというのは本音ですから」
「そうですね。その意味で、佐内さんは誰よりも癒しを必要としているように見えました」
 木内も鈴木に同意した。
「それで、メイトを止める理由を訊いても良いですかね」
 鈴木はなおも食い下がってくる。早苗は精一杯の笑顔で応えた。
「結婚が決まりましたもので」
「まあ、それはおめでとうございます」
 木内が明るい声で言い、残念そうに続けた。
「私たちは本当にお似合いだと思っていたんですけどね」
 早苗が立ち上がった時、鈴木の声が追いかけてきた。
「津森さん。人を好きになるのに、言い訳なんてありませんよ。男と女であれば、誰にだって恋に落ちる可能性はあるんです」
 鈴木の言葉は何故か、早苗の心の奥深くに沈み込み、ずっと残った。もしかしたら、鈴木も木内も早苗の嘘を見抜いているのかもしれなかった。
 事務所を出て木内に連れられていったのは、最初に使った部屋だった。
 明るい雰囲気の洋風の部屋である。
「じゃあ、頑張って」
 と、声をかけられ、早苗はドアをノックした。すぐにドアが開き、祐が顔を見せる。
「やあ、今日ばかりは来てくれないんじゃないかと思ってビクビクしてたよ」
 祐は祐で、一週間前に気まずい別れ方をしたのを気にしていたようである。やはり、彼も連絡をしようにもできなかったのだろう。
 早苗は微笑んだ。
「私の方こそ、この間はごめんなさい」
 あの場は彼の気持ちを逸らすために、ああ言うしかなかったのだが、この際、きちんと謝った方が良いと思った。それに、最後なのに、気まずいまま別れたくはない。
「紅茶でも淹れるね」
 部屋には最初の日のように、紅茶の支度が調えられていた。
 早苗は丁寧に紅茶を淹れながら、涙を堪えた。何をするのも〝これが最後〟と思えて泣けてくる。
 祐は敏感にかぎつけたのか、小首を傾げた。
「早苗さん、どうかした? 何か泣きそうな表情をしてる」
 早苗はハッとした。
「ううん、全然。私の方も祐さんとあれきりになったらどうしようかと心配してたから、楽しみにしてたのよ」
 その言葉に、祐が瞳を輝かせた。
「その台詞、少しは期待しても良いってこと?」
「さあね」
「ほら、また、そうやってはぐらかす」」
 早苗は無理に笑顔を作り、湯気の立つカップを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
 祐はカップを皿ごと受け取り、瞳を煌めかせて言った。
「良いなぁ、早苗さんと毎日、こんな風に暮らしたら楽しいだろうな」
 早苗は微笑み、室内を見回した。
「外は冷え込んでるのに、ここは随分と温かいのね。暑いくらい」
「暖房が効きすぎてるんだろう」
「ビルそのものが古いから、空調設備も自動設定でしか動かないのね」
 早苗は肩を竦め、羽織っていた厚手のニットを頭から脱いだ。
「ああ、暑い。汗をかきそうよ」
 そのときだった。
「早苗さん、こういう時、そういうことを言うのって、誘ってると思われても仕方ないかもよ?」
 間近で祐の声が聞こえ、早苗は飛び上がらんばかりに愕いた。
「別に誘ってなんか」
 言いかけて、口をつぐむ。早苗は唇を少し嚼み、顔を上げて祐を見た。
「もし、そうだったら?」
「え?」
 祐にすれば、いつものように早苗をからかうつもりだったに違いない。けれど、今日の早苗は違う。これが最後だから、祐とは一生忘れられない想い出を作るために、ここに来たのだ。
「祐さんが望むなら、私は構わないから」
 その台詞を言うのには随分と勇気が要った。ましてや、直接的な言葉で彼を誘うなど、早苗には百年後もできそうにはない芸当だ。
 祐の頬がうっすらと上気した。
「おいで」
 彼は早苗の手を取り、王子さまが姫を案内するような恭しい態度で早苗をベッドに座らせた。