韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~結婚10年めでも俺はそなたに夢中だー英宗は妻に囁き | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~

 第二部最終話 Moon Butterfly~月の軌跡~ 

 前代未聞の「王妃の家出」!?
セリョンは一人娘の紅順王女を連れて翠翠楼に里帰りし
た。
そこで出逢った18歳の妓生メヒャンが何故か酷く哀しい瞳をしているのが気になる。
ー何とかして、あの可哀想な妓の力になりたい。
王妃になっても相変わらずのセリョンのお節介の虫が動き出してー。 

 

人物紹介  
チョン・セリョン(鄭世鈴) 

妓房(遊廓)の看板娘。まだ幼い頃からセリョンを水揚げさせて欲しいと願う客が殺到するほどの美少女。外見を裏切るお転婆娘。明るく、落ち込んでも立ち直りの早い憎めない性格。 

愼誠(シンソン)大君
英宗と貞慧王后との間の第一王子

陽誠(ヤンソン)大君
英宗と貞慧王后との間の第二王子

ホンスン公主(李紅順)
国王英宗と貞慧王后の間の第一王女

ムミョン(無名)
自らを「無名」(名無し)と名乗る謎の男。雪の降る冬の夜、深手を負っていた彼をセリョンが助ける陰のある美男なところから、翠翠楼の妓生(遊女)たちに絶大な人気を集める。隻眼ということになっているも、実は碧眼と黒目のふた色の瞳を持つ。

☆貞順大王大妃(シン・チェスン)
三代前の国王知宗の正室。王室の最長老であり、後宮の最高権力者。

************************

 その月の末、吉日をもって、セリョンと紅順王女は宮殿に戻った。その日、翠翠楼の前には王直々に立派な女輿が遣わされ、近隣の見世や色町の通りを行き交う人々はすわ何事かと好奇心も露わに見守った。
 セリョンは女将のファオルや妓生のメチャンを初め翠翠楼の妓生たちに見送られ、輿の中の人となった。思えば三月早々に突如として戻ってきて三ヶ月もの間、滞在したのだ。十年前とはガラリと変わった妓生たちの顔触れに最初は戸惑ったこともあったけれど、直に皆とも親しくなり、紅順王女は妓生たちの人気の的だった。
 皆が人形のように愛らしい王女の髪を結ったり、紅をさしたりと身の回りの世話を焼きたがり、一緒に遊んだりと幼い王女は引っ張りだこであったのだ。
 宮殿から迎えたにきた尚宮はむろん、尚宮服は着ていない。翠翠楼の住人はファオル以外はセリョンが王妃だと知らないのだから、当たり前だ。
 尚宮はごく普通の両班家に仕える高級使用人のようないでたちだ。尚宮が輿の前についた扉を上げ乗り込む前に、メチャンが近づいてきた。
「お元気で」
 メチャンの眼には光るものがあった。その涙はセリョンの胸をついた。
 二人の男に求愛され、結局、一人は亡くなり、恋い慕う男とは別れざるを得なかった。一時は自らも死のうとしたほど深い絶望と苦しみの狭間で悩んだのだ。
「メチャンも元気でね。幸せにならなきゃ駄目よ」
 だからこそ、祈らずにはいられない。この幸薄い娘が今度こそ愛する男と出逢い、女としての歓びを得られることを。
 メチャンがしゃくり上げた。別離の感慨に囚われ、言葉にならないようだ。ファオルがそっと進み出て、メチャンの肩を抱いた。
「中殿さま、そろそろご出立なさらねば。殿下が宮殿で首を長くしてお待ちでしょう」
 小声で他の者には聞こえないように囁く。
 セリョンは頷いた。
「長い間、お世話になりました」
 ファオルが淡く微笑む。
「何だか永のお別れのようで、いやですよ。ここは中殿さまのご実家ですゆえ、またいつでもお越し下さいませ」
「ありがとう、姐さん」
 セリョンが小さく会釈するのに、ファオルは深々と頭を垂れた。
 輿が動き出す。宮殿からは女官が三人、輿を担ぐ者、護衛の武官と総勢十人とかなり物々しい雰囲気である。
 輿の中でセリョンは紅順王女を抱きしめていた。
ーもう二度と離れない。
 その決意を持って、あの男の許に戻るのだ。
「母上さま、宮殿に帰るのは嬉しいけれど、折角仲良くなった翠翠楼の者たちと別れるのは寂しいです。また、翠翠楼に遊びにいっても良いですか?」
 紅順王女がセリョンの膝に取りすがり、見上げている。
 セリョンは微笑んだ。
「もちろんよ。翠翠楼は私の里なのだから、あなたのもう一つの家のようなものだし」
「はい!」
 王女の無邪気な声が響く。やはり久しぶりに〝我が家〟に帰るのが嬉しくてならないようで、小さな身体全身から歓びが溢れている。
 ムミョンにも、この幼い娘にもさんざん我慢をさせ辛い想いをさせてしまった。セリョンの胸に改めて愛しさがこみ上げ、膝に乗りかかった娘をギュッと抱きしめた。
 王女は甘えるようにセリョンのやわらかな胸に顔を押しつける。
 母娘を乗せた輿はゆっくりと宮殿に向かって進んでいった。
     
 今宵は月が随分と近い。
 セリョンは中宮殿の前でムミョンと並んで月を眺めていた。そこはさして広くはないが、美しく整えられた庭になっている。
 庭の一角には、純白のスズランが群生しており、それはまるで漢陽の長く厳しい冬に降り積もる清らかな雪の色そのものだ。
 そろそろ、この花の季節も終わる。そういえば、翠翠楼の庭にもスズランがたくさん咲いていて、セリョンは随分とあの可憐な花たちに慰められたものだった。
 ファオルやメチャン、翠翠楼の皆も今頃、この見事な月を見ているだろうか。それとも、この時刻、月見どころではなく、遊廓はいつものように男たちの笑い声と女たちの少し気取った声で生き生きと湧いているだろうか。
 夜気が澄み渡っているせいか、紫紺の空に浮かぶ月はいつになくくっきりと浮かび上がり、月の表面に刻まれた精緻な模様まで見渡せる。
 その周りをキラキラと星が瞬き始め、夜空は絹のような、しっとりした光沢を帯びている。
「今夜は月が近いな」
 セリョンは良人の呟きを聞き逃さなかった。
「ええ。手を伸ばせば届くみたい」
 セリョンが紅順王女を連れて王宮に戻って、はや十日になる。今夜は満月だ。
「このように美しい月を見たのは初めてのような気がする」
 ムミョンは傍らの妻を意味ありげに見た。
「やはり、そなたと眺める月ゆえ、格別に見えるのであろうな。中殿」
 セリョンはクスクス笑った。
「そうやって私が不在の間、幾人の美しい女官を口説いていらっしゃったのでしょうか、殿下」
 ムミョンは紅の龍袍、セリョンは王妃の盛装だ。萌葱色のチョゴリに牡丹色のチマがふんわりとひろがり、揺れるチマの裾には繊細な刺繍が金糸で施されている。
 結い上げた艶やかな髪にはいつものように月長石の簪と王妃を象徴する鳳簪、胸元には月長石のノリゲが揺れている。
 ムミョンが吐息をつくように言った。
「そなたがいない王宮は、俺にとっては色のない世界でしかなかった。振り返ってみれば、こんなにも長い間離れていたのは結婚して初めてだったな」
「そうね」
 セリョンもどこか憂いを帯びた声音で言った。
「でも、離れてみて初めて判ったこと、見えてきたものもあったと思うの」
「そうか?」
 物問いたげな良人の視線に、セリョンは微笑む。
「私、立派な王妃にならなければと少し気負い過ぎていたような気がするの。張り切り過ぎて一人で空回りしていた部分もあるのかもしれないなって」
 だから、自分が頑張れば頑張るほど、ムミョンが遠く感じられるようになっていたのではないかと今なら、あの頃の自分を少し離れた眼で見つめ直すことができるのだ。
 ムミョンが小さく首を振った。
「そんなことはないさ。すべては俺の狭量さが招いたことだ。この十年、慣れない王室に嫁いで、そなたは中殿としてよくやってきてくれた。誰が見ても非の打ち所がない王妃となったそなたを見て、俺は時々よく知らない他人を見ているような気がした。そなたが遠い存在に思えた。だが、それは俺自身が王として自分がまだまだ至らないと自覚していたからこその焦りだったんだろう」
 彼は小さく息を吐き、眉を下げた。
「その癖、そなたが王妃としての責務を立派に果たし奮闘すればするほど、そなたは良人としての俺を顧みない、もしや自分がもう必要とされていないのではと一人で拗ねていた。まったく王としても男としても情けない限りだ」
 セリョンは心から言った。
「あなたの心を理解しようとしなくて、ごめんなさい」
「いや、俺の方こそ、そなたの一生懸命さを判ろうとしなくて悪かった」
 セリョンは想いを込めて良人を見つめた。
「もう一つあるの。あなたが私にとって、どれだけ必要な男ということが判ったわ」
 ムミョンの端正な顔が夜目にも判るほど紅くなった。
「たくさんの者を口説いていたのは俺じゃなくて、そなたの方だったのではないか、翠翠楼にいる間、妓生のように酔客にそんな台詞を囁いていたのではあるまいな」
 半ば冗談、半ば本気の口ぶりに、セリョンが笑った。
「まさか」
「まったく、そなたは男をその気にさせるのが上手いな」
「何、それ。まるで私が男性と見れば色目を使うような言い方は止めてよね」
 ムミョンが破顔した。
「いや、良人としては嬉しい限りだよ。男を虜にする魅力的な妻に、この国の王は結婚十年目になるというのにメロメロさ」
「よく言うわ」
 セリョンも笑い、また視線を月に向ける。
 ムミョンが感慨深げに言った。
「そなたと初めて結ばれた夜、これで我が胸の想いは成就したと思ったが、あの夜から何年経っても、この想いの熱さはいささかも衰えることがない」
 いつもなら直裁な台詞に照れくさくなり、冗談で返すしかできないけれど、何故か今夜は素直になれるような気がする。
「私も毎日ムミョンに恋してるわ、大好きよ」
 永遠の想い人の言葉に、王さまの顔がまた紅く染まった。
「この期に及んで、まだそんな可愛いことを」
 呟き、
「俺はいつだって、そなたに誘惑されっ放しだ。これではまるで毎日、恋に落ちているようだ」
 熱を宿した瞳で見つめる。セリョンも想いのたけを込めて見つめ返せば、彼が唸った。
「堪らぬ」
 ムミョンがセリョンとの間合いをつめ、顔を近づけてくる。セリョンも察して眼を閉じれば、彼の顔は更に近づき、殆ど唇が触れそうになったその時。
「父上さま、何をしているの?」
 二人ともハッと我に返り、慌てて離れた。
 紅順王女が二人の間で、不思議そうに見上げている。