韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~世子の生めぬ王妃を廃位せよー高まる声に孤立する王妃 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説  
寵愛【承恩】~100日間の花嫁~
第二部最終話 
    Moon Butterfly~月の軌跡~
前代未聞の「王妃の家出」!?
セリョンは一人娘の紅順王女を連れて翠翠楼に里帰りし
た。
そこで出逢った18歳の妓生メヒャンが何故か酷く哀しい瞳をしているのが気になる。
ー何とかして、あの可哀想な妓の力になりたい。
王妃になっても相変わらずのセリョンのお節介の虫が動き出してー。 
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  清廉な雰囲気を纏った美しい僧はまだ二十代の初めほど、懇意になった住職に訊ねれば、南方から志を抱いて修行に来たらしい。
 地方では少しは名の知られた豪商を父に持つ一人息子であったそうだが、父は妾を十指に余るほど侍らせ、彼の母はいつも嘆き通しで逝った。そんな母の姿を幼いときから見てきた彼は父のように濁世で生きるのがほとほと嫌になり、出家してこれからの生涯は不遇だった母を弔いたいと考えた。
 ホンファが僧を見かけたのは、彼が観玉寺に来て十日めくらいだった。たまたま近くの谷川へ水を汲みに出かけていた彼と境内で出くわしたという。
ーこの歳でお恥ずかしい限りですが、ひとめ惚れでした。

 ホンファはセリョンより一歳歳上だから、二十八歳になる。けして年寄りというわけではないけれど、早婚の当時としては嫁き遅れといわれる年齢ではあった。
 以来、ホンファは寝ても覚めても美しい僧の面影が瞼に焼き付いて離れなくなった。
 だが、相手は寄りにも寄って御仏に仕える身であり、しかも俗物の父に嫌気が差し世の無常を嘆いて若くして仏道に入ったひとであった。出家の身に恋をしてしまうとは、つくづく我が身は罪深いらしいと、ホンファは食事もろくに喉を通らない有り様となった。
 これまで二十七年間生きてきて(当時は二十七才であった)、心を動かされた男は一人もいなかったというのに、何ゆえ、手の届かない男に恋をしてしまったのか。幾夜も思い悩む日が続き、ある日、思い切って胸の想いを吐き出してしまおうと決意した。
ー浅ましい限りではありますが、このままでは自分でもおかしくなってしまうと思いました。
 そのため、今月初めにいつものように〝宿下がり〟と称して寺詣でに出かけた際、ついに美僧に想いのたけを告げた。相手の反応は予めホンファが考えたものとはすべて違っていた。
 彼は予期せぬ告白をしたホンファを詰るでもなく、また軽蔑したわけでもなく、ただひたすら静かなまなざしで話を聞いてくれた。
 ホンファが〝許されることではないと承知しながら、お慕いしております〟と告げると、彼は綺麗な掌を合わせ、あたかもホンファがありがたいお説教をした高僧でもあるかのように恭しく頭を下げた。
ー私のような者に勿体ないお言葉、ありがたいことです。
 続いて、彼は澄んだ眼(まなこ)で彼女を見つめた。
ーですが、ご承知のように私は一度御仏にお仕えすると決めた身、あなたの想いを戴くわけには参りません。俗世にはあなたにふさわしい男があまたいると存じますれば、どうか、そのような男と幸せになって下さい。
 その瞬間の彼の瞳は、まさに澄み渡る春の空のように凪いでいた。ホンファはそのときのことを思い出しているのか、どこか遠い瞳で語った。
ーその時、私は自分の浅はかさを知りました。私がその方に想いを打ち明けたのはただ自分が楽になりたいがためで、その方のことを考えたわけではありません。ですが、その方は私の邪な想いをきちんと受け止めて下された。その時、覚悟を決めました。
 生涯、この想いが実らなくても良いから、彼の傍で生きたいと。
 元々、ホンファが彼に告白したのは何も想いを受け止めて妻にして欲しいとか、そんな具体的なことを考えていたわけではない。ただ彼への恋情があまりに強すぎて、苦しい心を一人で抱えているのは耐えられなくて告白したのだ。

ーゆえに、真正面から向き合って想いは受け取れないと言われ、かえって清々しました。
 たとえ終生想いは報われずとも、せめて我が身も彼のように御仏に仕えて過ごしたい。
 それは信仰心からというよりは、煩悩を捨てられないあまりの選択であったかもしれない。それでも、いつか邪な理由から仏道に入った自分にも何か身に得られるものがあればと一縷の望みを抱いているのだと、ホンファは話を締めくくった。
 そのときのホンファの表情を見た時、セリョンは最早彼女を止めても無駄だと悟った。
 セリョンはかねてからホンファにも心から愛する男と出逢い、結ばれて幸せになって欲しいと願っていた。美僧との出逢いは常識的に考えればホンファにとって、けして幸せな出逢いとはいえない。けれど、幸せかどうかはホンファだけにしか判らないことだ。
 王宮に暮らしながら、都からはるか離れた寺で、しかも僧侶に恋してしまったのもホンファの生まれた持った運命だったのだろう。
 ホンファが彼の傍で御仏に仕えて生きてゆたきいと望むなら、セリョンに邪魔をする資格はない。むしろ、ホンファにはホンファなりの生きる拠り所ができたことを歓ぶべきかもしれなかった。
ーどうやら、もう止めても駄目みたいね。心から〝おめでとう、幸せになってね〟と言えないのが辛いけれど、ホンファがそうしたいと望むなら、私はあなたの生き方を尊重するわ。長い間、私のような頼りない者に仕えてくれて、ありがとう。
 心から言えば、ホンファはセリョンの差し出した手を押し頂いて泣いた。
ー私こそ、数ならぬ身が中殿さまのような徳の高い王妃さまにお仕えできて幸せでした。叶うなら、あなたさまが晴れて世子(セジヤ)さまのお母君になられたところを拝見しとうございました。どうかこれより後も国王殿下の変わりなきご寵愛を賜り、必ずや次の国王さまのお母君となられて下さいませ。
 その年の終わり、セリョンが王妃選考試験を経て王妃となって以来、十年間に渡ってまめやかに仕えたイ尚宮ことイ・ホンファは後宮から姿を消した。セリョンは退職するホンファに自身の愛用翡翠のノリゲ他、紅珊瑚製の数珠を贈った。
ー山寺の冬は厳しいわ。身体に気をつけてね。
 ホンファは寺に入ってすぐに剃髪することになっている。今更、俗世を離れる身に華美な装飾品を餞別としても意味はない。考えに考えて数珠ならば日々使って貰えるだろうと選んだものだ。
 ホンファは薄桃色の巾着から取り出した珊瑚の数珠を眼にするなり、胸に抱きしめて号泣した。ホンファからは自身の髪を切り取ったひと房と、彼女が宝物として大切にしていた簪が贈られた。その簪はホンファが見習い女官から一人前の女官へと昇進した時、記念にと給料をはたいて買った白蝶貝の簪だった。早春に咲く木蓮が白蝶貝で見事に象嵌されている。
ーご立派なものをお持ちの中殿さまには邪魔にしかならないかもしれませんが、このようなものしかありませず、申し訳ありません。
 ホンファの言葉に、姉妹のように慣れ親しんだ王妃と忠義者の尚宮は抱き合って泣いた。またイ尚宮の退宮に当たっては国王英宗からも多額の褒賞金が特別に出され、後宮で正規に与えられる退職金と合わせると相当の額となった。
 しかし、欲のないホンファは
ー出家の身には必要ないものですゆえ。
 と、その金の一部だけを受け取り、後はすべて恵民署の活動資金にと寄付をした。受け取った一部は養母でもあった叔母の墓所改修に充てたという欲のなさだった。
 ホンファがいなくなった後、セリョンは初めて彼女がどれだけ我が身にとって必要な存在であったか知った。
ーホンファ、今、どうしているの?
 セリョンは今夜、幾度めになるか知れない溜息を零し、窓辺に寄った。再び窓を開けて漆黒の夜空を見上げる。壁に填った八角形の窓越しに見る空はどこまでも暗く、降り続く雪が視界を白く染めた。
 雪に交じって吹き荒れる風がセリョンの髪を嬲る。こうして一人で雪を眺めていると、あたかもこの世に我が身しか存在しないかのような錯覚に囚われる。途方もない孤独感がセリョンを苛んだ。
 都から遠い山上の寺にも、この雪は容赦なく降り注いでいるだろう。平地に比べて観玉寺の寒さは比べものにならないはずだ。既に尼僧となったホンファが温かな室で真綿にくるまっているとは考えられない。

ー今、あなたがここにいてくれたら、きっと何か良い智慧を授けてくれるのでしょうね。
 だが、頼りにしてきたホンファはもう、いない。ホンファはホンファで自分の生き甲斐を観玉寺に見出し、自分なりの人生を歩んでいる。いつまでもホンファを思い出してはメソメソと甘えていては駄目だ。
 判っていても、やはり長年、傍にいてくれた心強い存在がいなくなった心の穴は自分が想像した以上に大きかった。今も吹きすさぶ雪交じりの風がホンファがいなくなった心の穴から音を立てて入り込んでくる。
 ホンファが欠けた後宮は、セリョンにとっては随分と味気ない場所に感じられた。改めて自分にとって彼女が大切な人だったのと今なら判る。
 明日の朝一番に尚宮に頼んで、ホンファに綿入りの胴着を届けようー。ホンファの後任についた新しい尚宮の顔を思い出し、セリョンは決めた。後任の尚宮はホンファよりは数歳歳上だが、やはり長年セリョンの傍らにいて口にしなくても王妃の思惑を察して動いてくれたホンファとは雲泥の差で、もどかしい想いもある。
 そんなことではいけない、新しく自分に仕えてくれる者をこれからは頼りにも尊重しなければならないと思う傍ら、ことある事に
ーホンファならば、こんな気の利かないことはしなかった。
 と、新しい尚宮に対し軽い苛立ちを感じてしまう。今までベテランの尚宮から下は見習いの女官にまで、およそ鷹揚で腹を立てたことのないセリョンにしては珍しい。