無残!高麗に根付かず散ったモンゴルの美しき花ー元成公主の死と世子の哀しみ 韓流時代劇 王は愛する | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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皆様、こんにちは。

 

 昨夜は韓流時代劇「王は愛する」第13巻を観ました!

 

 

 この巻は私的には今までで一番見応えがあったように思います。

 

 物語がここに来て、大きく盛り上がった感がありました。

 

 昨日は世子の友にして側近、更には恋敵のワン・リンについて考えてみました。

 

 実は昨日、王妃様に焦点を当ててみようかな~とも思ったんですが。。。

 

 今日にして良かったと思います。

 

 王妃というのは世子ワン・ウォンの母元成公主ですね。

 

 言わずと知れたモンゴル皇帝フビライ・ハーンの娘です。

 

 昨日の下りでは、とうとう王妃が死んでしまいました。

 

 このドラマでは涙するほどのシーンは今までなかったのですが、昨日は初めて泣きました、、、

 

 王妃の亡くなるシーンです。

 

 王妃は息子である世子にサンの父を殺害したのは自分ではないと訴え続けていたのですね。

 

 でも、世子と語らうまもなく、亡くなってしまいました。

 

 堂後官ソン・インが王妃を殺したようなものです。

 

 王妃は王の御所を訪ね、側室の無比とソン・インがいちゃついているところを目撃しました。

 

 無比は王の寵姫ですが、実はソン・インが送り込んだスパイです。

 

 ソン・インの手先となり、王に芥子のお香をかがせて意識を不明瞭にさせたりと色々と悪さをしていました。

 

 王妃は側室が王を裏切るというあまりの事態に衝撃を受け、またモンゴルからずっと付いてきた

 

 側近フラタイをソン・インに惨殺されたことにさらなる大打撃を受けました。

 

 漸く王妃御所に帰り着いたものの、かねてから病んでいたこととショックが重なり、

 

 ついに息を引き取ってしまったのです。

 

 モンゴルから来た美しき花は、ついに高麗の後宮に根付くことはなく儚く散ったのでした。

 

 臨終の間際、シャクヤクの花を欲した王妃に侍女が一輪手渡すと、王妃は愛しそうにシャクヤクを愛でて

 

 亡くなりました。

 

 サンがまだ王妃が健在であった時、王妃自身から聞いたことがありました。

 

ー私が11歳の時、初めて高麗の王太子殿下に出逢った。

 

 その時、まだ幼い少女の王妃は怖ろしくて引き返そうとしたら、太子が芍薬の花を差し出した。

 

 王妃にとって、忘れられない出来事となりました。

 

 王妃は、はるか年上の太子に恋をしたのですね。

 

 ーこんな苦しいなら、好きになるのではなかった。こんな花があることを知らなければ良かった。

 

 王妃は高麗でも度々、こんな科白を呟きました。

 

 きっとこの「花」というはのは「恋」、もしくは「国王への想い」を指していたのでしょうね。

 

 太子を好きになり、はるばる高麗に嫁いでみれば、既に年上の夫には先妻がおり、立派な息子までいた。

 

 きっと年若い公主は騙されたような気持ちになったと思います。

 

 先妻と夫は長年の年月をともにし、盟友のような関係だった。

 

 そこに若い自分が入り込む余地はなく、王妃は次第に孤立していったのですね。

 

 運良くすぐに男児を授かったものの、先妻とその息子が邪魔だから、追い払い、我が子を世子に立てた。

 

 すべては「偉大な父フビライ・ハーン」の存在があるからこそ、なしえたことだったでしょう。

 

 モンゴルの威信をちらつかせる妻に、国王は次第に距離を置くようになりました。

 

 そんな王妃にとっては我が子を王にするという悲願だけが生きる支えであったのですね。

 

 その我が子とも最後までわかり合えないまま、王妃は逝ってしまいました。

 

 あまりにも哀しい最期であったように思います。

 

 モンゴルから高麗には多くの皇女が嫁いだことは歴史的事実でもあるらしいですが、

 

 やはりドラマ「信義シンイ」でも、恭愍コンビン王の妻はモンゴルの皇女でした。

 

 しかしながら、モンゴルから嫁いだお姫様は、高麗の後宮で孤立しがちだったというのは事実のようで、

 

 夫である王に疎まれ、中には毒殺された気の毒な皇女もいるとか。

 

 コンビン王はその中では珍しくモンゴルから嫁いだ妻を愛し、妻に先立たれると気が狂ったほどであったそうです。

 

 王妃であった魯国公主は難産のために死んでしまいましたが、夫に愛されたという点では幸せだったかも

 

 しれません。

 

 それから、もう一人、注目したい人物がいます。先ほども登場した王の側室無比ムビです。

 

 彼女は悪役ソン・インの愛人でした。

 

 色香と知略で高麗王に近づき、巧みに取り入って側室になったのです。

 

 この無比も、昨日、世子の手にかかり斬殺されました。

 

 王妃の死の原因がこの者たちにあると世子が知り、王の御所に乗り込んでいったのです。

 

 世子は深く母を愛していました。母の孤独や苦衷を理解しようとしなかったことが余計に世子の心

 

 を追い詰めていました。

 

 いずれ話し合おうと思っていたら、母が亡くなったのです。烈しい動揺も無理はありません。

 

 そこに無比がいて、王妃を貶める暴言を吐きました。

 

 正直、主役のヒーローはたとえ悪役の女とはいえ、か弱い女は手にかけないとドラマではお約束ですが、

 

 この世子様は違いますね。

 

 わめき立てる無比をあっさりと切り捨てたのは、私も正直びっくりでした。

 

 幾ら腹が立っているとはいえ、感情のままに女性を切り捨てる行為は納得できるはずもなく、

 

 何故、ここは堪えて国の裁きを受けさせなかったのか大いに疑問が残るとともに

 

 世子の王としての資質にも疑問を感じてしまう場面です。

 

 どうせ、捕らえられて国法で裁かれても無比は死刑は免れなかったでしょう、、、

 

 この無比もある意味では、気の毒な女性でした。

 

 末路の死に方は自業自得ではあります。

 

 ソン・インと謀り、さんざん悪巧みを巡らせ、高麗王を廃人のような有様にしてしまったのですから。

 

 ですが、無比はソン・インを深く愛していました。

 

 最初は王の側室になるのも、気は進まなかったのです。

 

 ソン・インも彼なりに無比を愛していました。

 

 彼は無比の死後、彼女が自分にとって、どれだけ大切な存在であったか知ることになります。

 

 世子に切られる直前、実は無比と物陰にいるソン・インは視線が合いました。

 

 あの瞬間の無比の表情は、、、何とも言葉にできないものがありました。

 

 最後に愛する男と見つめ合って見せた無比の表情は、男への深い愛、哀しいほどの愛に満ちたものでした。

 

 世子の鬼気迫る様子に最初は怯えていた無比が別人のように王妃への冒涜の言葉を吐き出したのは、

 

 ソン・インと見つめ合ってからです。

 

 恐らく彼女は世子の懐疑と憎悪の視線をソン・インから逸らさせるために、わざと

 

 王妃を貶める暴言を口にしたのだと思います。

 

 最後まで愛するソン・インを庇って死んでいったムビ。

 

 したことは悪行ばかりですが、その根底には悪い男への切ない愛情が流れていたように思います。

 

 ソン・インは自分の大切な女を己れの野望を遂げるために手駒として使いました。

 

 彼がムビの死後、彼女の存在の大きさを知ることになったのも天罰でしょう。

 

 烈しく後悔しても、愛する女を取り戻すことはできないのです。

 

 ソン・インにとっては一番の罰といえるでしょう。

 

 そして、ムビを殺されたことで、ソン・インの世子への怒りと憎しみは嫌が上にも燃え上がるです。

 

 彼はワン・リンを推戴し、世子廃位を実現させようと己が野望の総仕上げに取りかかりました。

 

 ドラマはここで大きく盛り上がり、いよいよ終盤へと向かいます。

 

 また、サンはリンと二人で逃げるつもりでした。

 

 ーそなたがリンを想っていることは認める、だから、心の整理をつけろ。

 

 世子に言われたサン。つまりは、他の男を好きでも、自分のものにするから覚悟をしろーという意味でしょうか?

 

 ちょっと世子様の評価はムビを殺したこともあり、私はここのところ、下がりっ放しです、、、

 

 ところで、私が考える秀作ドラマとは、

 

ー主役だけでなく主役の周辺の人物についてもその感情のあやを丁寧に描いている。

 

 それが第一の条件だと思います。

 

 「王は愛する」はその点、多角的に描かれていて、実に見応えがあります。

 

 周囲の人物を丁寧に描くことにより、物語に奥行きが出て、いっそう作品に深みが出るし、

 

 主役たちをより克明に浮き上がらせる効果もあるのです。