韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~朝鮮から清国へ、皇帝側妃となった少女の哀しい運命ー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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 清皇帝

韓流時代小説 寵愛【承恩】第二部
 ~炎月ー紫苑の花の咲く頃には~ 
☆美しき中殿キム氏は清国皇帝の心さえ動かす!
清国から嫁いだ華嬪の哀しい最後から一年、哀しみを秘めたまま、セリョンとムミョンは国王、王妃としての日々を過ごしていた。
そんなある日、清国からの私的使節団が極秘に朝鮮入りしたとの情報がもたらされた。しかも、中には皇帝も紛れているという。何故、今になって皇帝が? 
揺れる朝鮮王宮、更にセリョンが町中で助けた謎の老人の正体は?
ーそなたが欲しいのだ、セリョン。
後宮に百人の妃嬪を持つという女好きの皇帝がセリョンを欲しいと言いだした。
朝鮮の王宮に新たな嵐が吹き荒れる! 
更に、セリョンに新たな生命が芽生えー。
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 皇帝の行方は杳として知れず、極秘調査は難航を極めていた。皇帝に付いてきた護衛官たちも、朝鮮側の捜査官も都はおろか近郊までしらみつぶしに探し回っても、何の手がかりも得られない。
 公に探索できないことが余計に捜査を難しくさせている。とはいえ、清国の皇帝がひそかに入国したなどと公表できるはずもなく、朝鮮側は日に日に焦燥感と不安を濃くしながら、毎日、皇帝の行方を追っていた。
 そんな中、内禁衛将の報告によって更に深刻な事態になったのは九月もそろそろ終わろうとする日だった。既に皇帝が姿を消してから、十八日が経過している。その間、清側、朝鮮側、額に汗しての懸命な捜索を続けているにも拘わらず、皇帝は見つかっていない。
 清側の護衛隊長はもう夜もろくに眠れないようで、眼は血走り、このままでは一人責めを負って自害でもしそうな悲壮感を漂わせている。確かに、皇帝の身に何かありしときはお付きの者数人の生命はないに等しい。
 また、皇帝の身を守れなかった咎はお付きの者たちだけではなく、この朝鮮にも追及されるのは間違いない。焦るのは何も清側だけでなく、朝鮮側も同じだ。
 ムミョンこと英宗は、執務室の机越しに内禁衛将と対峙していた。
 二人ともに顔色はこれ以上ないというほど冴えない。
「何と愚かなことを」
 英宗は呟き、両手で頭を抱えた。
「それは確かなことなのか? 領議政は世知に長けた男だ。政治家としての手腕もある。そんな男がみすみす我が国が国難に陥るような真似をするとは信じられぬ」
 一年前、華嬪が倒れ瀕死の床に伏した時、あの男は自分に何と進言したか。
―政治というのは時に非情な判断を下さねばならないものです。
 華嬪の病状が最早猶予はないと侍医から宣告された際、英宗は何としてでも彼女を救いたいと願った。その手立ての一つとして、華嬪を幼時から診ている清国の侍医を朝鮮に招聘しようと考えたのだ。
 けれど、老獪な領議政は言い切った。
―お話になりません。こちらから華嬪さまの病篤きを皇帝にわざわざ知らせてやるようなものではありませんか。
 領議政に真っ向から反対され、結局、侍医を呼ぶのは断念した。
 華嬪は生まれたときから腎臓の働きが弱く、加えて異国での心労や慣れぬ暮らしが彼女の体力や気力を著しく弱らせた―と、朝鮮の御医は語った。もしかしたら、清国の侍医を呼んだとて、華嬪は助からなかったかもしれない。
 しかし、英宗は彼女のためにできることはすべてやりたかった。彼女を救える可能性がほんの少しでもあるなら、何でも試みてやりたかった。
 結果として、あのときの領議政の判断は正しかったのだと今は理解できる。それでもなお、心のどこかで恨めしいと―あの時、華嬪のために清国から侍医を呼んでやれなかったことを口惜しく思う自分も確かにいる。
 華嬪のために清国から侍医を呼びたいと願う若い王を、あの日、領議政は諄々と諭し、この国の平安を守ったのだ。そんな男がこの期に及んで、清皇帝に弓を引くなどあり得るだろうか?
 皇帝が朝鮮で生命を落とせば、華嬪の侍医を呼び寄せるなどとは比べものにならないほどの国難をもたらすだろう。それがみすみす判らないほどの愚かな男ではないはずだ。
「朕(わたし)は領議政に限っては、あり得ないと思うのだが」
 英宗がわずかの期待を込めて言えば、内禁衛将は苦い薬を無理に飲まされたような表情になった。
「残念ながら、私の配下の者が昨夜、領相大監(ヨンサンテーガン)の屋敷に忍び入り、天井裏で大監が刺客に命ずるのを耳にしております。その者は間諜としても熟練しており、信頼もできますので、まず間違いはないかと」
 英宗は困り果てたというように唸った。
「あやつめ、ついに耄碌したか」
 対して、内禁衛将はどこまでも冷静だった。
「彼(か)のご老人はかねてより清を憎んでおられます。殿下はご存じでしょうか、大監の叔母上がかつて清国の後宮に入られたことがあるのです」
「何だと?」
 英宗が愕きに眼を瞠った。
 内禁衛将は低い声で続けた。
「大監ご自身がかなりのご高齢に加え、更にその叔母君の時代ゆえ、殿下がご存じないのも当然かとは存じますが」
 内禁衛将は愕くべき昔話を語った。領議政パク・スジンの叔母の一人に、稀に見る佳人がいた。名はパク・ヨンシル。ひっそりと月下に開いた花のように清楚でありながら、どこか男の好き心を刺激する色香溢れる美女と名高かった。
 当時の清国の皇帝は先代であり、内外に聞こえた漁色家だった。当代の皇帝も後宮には五十人と言わず百人の妃嬪がひしめいているというが、少なくとも道に外れた行いはしていない。ところが、先代は美しい女には眼がなく、人妻であろうが許婚がいようが見境なく手を付けた。
 意のままにならない人妻は攫ってこさせ、後宮の奥深くに閉じ込めて陵辱の限りを尽くした。執着した女は一度手に入れてしまえば飽きるのは早く、何度か玩具(おもちや)にした末、ゴミのように捨てる。
 一度皇帝の寵を受けた女は生涯、後宮を出られない。たった一度の気紛れで慰み者にされたとしても、皇帝が生きている間は後宮にとどめおかれ、崩御となっても宮外に出るのは許されず、寺に移り剃髪して死ぬまで皇帝の菩提を弔いつつ生きなければならない。
 つまり、一生涯、軟禁され飼い殺しになるわけである。それは清国だけでなく、朝鮮の後宮でも似たようなものだ。王の寵愛を受けた女に真の意味で自由はない。それが、後宮に生きる女の哀しい宿命である。
 当時、好き者の皇帝はたまたま清国を訪れた朝鮮の使節団の大使に命じた。
―朝鮮で最も名高い美女を朕の後宮に献上せよ。
 愚かな命だとしても、大国のしかも宗主国の皇帝の言葉は絶対である。大使は帰国し、弱り果てて国王が臨席しての御前会議で皇帝の希望を伝えた。
 直ちに両班の令嬢の中で、皇帝の意に適いそうな若く美しい令嬢が選ばれた。その候補の一人に、パク・スジンの叔母がいた。皇帝に贈る娘はただ美しいだけではならず、皇帝を懐柔できるだけの才知ある娘でなければならない。
 あわよくば、側妃となった朝鮮の娘が皇帝を籠絡し、少しでも皇帝の朝鮮に対する心証を良くしようという魂胆は透けていた。選ばれた令嬢はいずれも美しいけれど、どの娘も深窓で大切に育てられすぎて才知と機転の欠片もない。
 ただ一人、パク氏の令嬢のみが聡明で、打てば響くような受け答えもできた。白羽の矢はパク・ヨンシルに立った。その頃、領議政はまだ少年だったはずだ。叔母といっても正室腹のヨンシルの父とは歳の離れた庶子で、日陰の花のような存在だった。それが清皇帝への貢ぎ物として清へ送られるとなり、俄に正室の養女となり、脚光を浴びるようになったのだ。
 歳の違わない若く美しい叔母をパク・スジンは慕っていた。その思慕の中には叔母への想いだけでなく、多感な少年期の初恋に近いものもあったろう。
―叔母上、行ってはなりません。
 美しく賢い叔母には、もっとふさわしい男がいるはずだ。叔母にはこの朝鮮で叔母に釣り合う若い男と結ばれ、幸せに暮らして欲しい。少年だったスジンの願いは届かなかった。
 清に赴くことになった当人のヨンシルが自分の運命をどのように受け止めていたのかは知れない。両班の息女にとって、親の言葉は絶対であり、親の定めたまま嫁ぐのは当たり前であった。ヨンシルはやがて清国に渡り、皇帝の妃となるも、二年後、妊娠中に亡くなった。
「何故、領議政の叔母は亡くなったんだ?」
 英宗の問いに、内禁衛将は悲痛な面持ちで応えた。
「懐妊中、身体が弱っているにも拘わらず、皇帝の夜伽を連日連夜、強制されたために腎虚になったと申します」
 ヨンシルは妊娠中期から妊婦特有の中毒症症状を呈していた。にも拘わらず、皇帝は絶対安静を告げる医官の忠告を無視して、ヨンシルに夜伽を強要した。寝所に一日中二人で閉じこもることも多かった。男女の営み、つまりは房事過多のあまり、皇帝の精力絶倫さがか弱い一人の女の生命を奪ったのだ。
 内禁衛将の返答に、英宗は絶句した。