韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~英宗苦悩、清国皇帝が行方不明?王宮に新たな嵐の予感 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】第二部
 ~炎月ー紫苑の花の咲く頃には~ 
☆美しき中殿キム氏は清国皇帝の心さえ動かす!
清国から嫁いだ華嬪の哀しい最後から一年、哀しみを秘めたまま、セリョンとムミョンは国王、王妃としての日々を過ごしていた。
そんなある日、清国からの私的使節団が極秘に朝鮮入りしたとの情報がもたらされた。しかも、中には皇帝も紛れているという。何故、今になって皇帝が? 
揺れる朝鮮王宮、更にセリョンが町中で助けた謎の老人の正体は?
ーそなたが欲しいのだ、セリョン。
後宮に百人の妃嬪を持つという女好きの皇帝がセリョンを欲しいと言いだした。
朝鮮の王宮に新たな嵐が吹き荒れる! 
更に、セリョンに新たな生命が芽生えー。
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 この男、絶対に朝鮮人ではない。
「大事にならなくて良かったわ」
 清国の言葉で話しかけるのに、老人が愕いたように見つめ返した。
「そなたは清国の言葉が話せるのか?」
「少しだけですけど」
 実家の翠翠楼には、朝鮮と清を行き来する商団の通訳もいた。セリョンはその男から清国語を習ったこともある。むろん、日常会話に不自由ない程度しか話せず、流暢とは言い難いが。
 老人は頷き、今度は朝鮮語で喋った。
「儂はどちらの国の言葉でも話せる」
「おじいさんは清国の人なの?」
 直裁に訊ねると、老人が苦笑いした。
「遠慮のない娘だな」
 が、気を悪くした様子はない。
「誰にも内緒だぞ、確かに儂は清国人だ」
 重大な秘密を打ち明けるかのように囁いた。
「先刻、そなたが儂に飲ませた薬は何なのだ?」
 ああ、とセリョンは頷いた。
「胸の動悸を鎮める薬よ。心配しないで、きついものではないから、一度くらい飲んだだけでは影響はないと思うわ。それよりも、さっきのような発作はよく起きるの?」
「ああ、儂は心ノ臓が弱っておるのだ。普段至って元気そのものなのだがな。たまに予期せず発作が起こる。掛かり付けの医者の薬も持ってきてはおるのだが、宿に置いてきてしまった」
 老人が立ち上がろうとするので、セリョンは手を貸した。彼はセリョンの手を取って、ゆっくりと立ち上がる。
「そなたのお陰で生命拾いをしたよ。少し前から胸の動悸が速くなり、薬を探したんだが忘れていたのに気づいてな」
「どういたしまして、困ったときにはお互いさまよ」
 セリョンは心配なので、老人を宿まで送っていくと申し出、彼も素直に受け入れた。
 まだ顔色が優れない老人を思い、足並みを揃える。老人は町外れの木賃宿に滞在していた。普段は大衆食堂をやっているが、簡易な宿も提供している店だ。
 食堂の方は大きな露台に客が思い思いに陣取り食事をする趣向であり、宿はひと間しかない独立した建物が少しの間隔を空けて数軒が並んでいる。
 老人はその一つに宿泊しているらしい。
「儂はここに逗留している。いつでも訪ねてきてくれ」
 彼はその小さな建物の右から二つ目を指した。
「今度出歩くときはお薬を忘れないで持っていってね」
「ああ。そうしよう」
 老人は穏やかな顔で頷き、優しい眼でセリョンを見た。先刻見た鋭い眼光は嘘のように、その様はどこから見ても好々爺然としている。
 だが、セリョンはこの朝鮮人を装った清国人が見かけ通りの大人しい年寄りだとは到底思えない。とはいえ、人は誰でも他人には話せない事情を抱えているものだ。セリョンはこの老人の正体や秘密を暴くつもりはさらさらない。
 何者かは知らないが、深刻な持病を抱えている老人の危急を救えたことを素直に良かったと思った。
「またな」
 老人は孫娘を見送るような親しげな態度で、セリョンに手を振った。セリョンもまた軽く頭を下げ、老人に笑顔で手を振ったのだった。
 
 
 その夜、セリョンの許に王のお渡りがあった。中宮殿の寝室には豪奢な絹の夜具が用意され、傍らには酒肴の乗った小卓が準備されている。夜、王が王妃の許を訪れたときのいつもの光景である。
 常のようにセリョンが室の入り口で立ち上がって出迎えたムミョンは、心なしか蒼褪めていた。夜具に座るなり、はや大きな溜息をついている。
 二人とも白一色の夜着姿だ。セリョンは自分もムミョンの傍らに寄り添い、控えめに問うた。
「どうかしたの? 顔色が良くないみたい」
「一大事だ」
 実に簡潔な回答に、セリョンは眼を丸くする。
「一大事って―」
「ここだけの話だ、そなたも心してくれ」
 ムミョンが声を潜めた。
「清からの使節団が国境を越えたという連絡が入った。しかも、その中には皇帝陛下まで混じっているそうだ」
「―」
 一瞬、セリョンも言葉を失った。清皇帝の孫娘、華嬪が亡くなったのは一年前である。よもや、その関連で今になって皇女逝去の責めを朝鮮側に問うつもりなのか?
 しかし、ムミョンの次の言葉で、その懸念は少しは軽くなった。
「公ではなく私的な使節団だ」
 公的に皇帝が朝鮮を訪問となれば、護衛の数だけでも気の遠くなるような兵士が必要だ。物々しい武装した兵士に守られて清皇帝が来たとなれば、すわ何事かと朝鮮の民は怯えるに違いない。
 最悪、仁祖大王のときのように、また清が攻めてきたのでは、戦が起こるのではと動揺が起こるのは必至だ。
 その点ではごく内密の訪問というのは、ありがたい。しかし、極秘裏に大臣というならともかく、皇帝その人が朝鮮を訪れる必要が今この時にあるのだろうか。
「何故、皇帝陛下おん自らが我が国に来たのかしら」
「俺もそれが解せん。華嬪の死の責めを我が国に問うにしても、時期が遅すぎる。何か他に思惑があるのだろうか」
 華嬪の逝去に際し、朝鮮側が最も恐れたのが清の報復だった。何しろ輿入れして数ヶ月の予期せぬ不幸である。痛くもない腹を勘繰られ、最悪、朝鮮側が皇帝の孫を毒殺したと責任を追及されるのではないかと大臣たちは戦々恐々としていた。
 議政府の筆頭、領議政がそのため苦肉の策を打ち出し、華嬪は英宗の御子を懐妊し、そのため持病を悪化させて亡くなったと虚偽の死因を清に伝えた。
 実際には英宗と華嬪には男女の交わりは一切なく、華嬪が懐妊するはずはなかった。
 領議政の策が功を奏し、皇帝は華嬪の急死を嘆いたものの、朝鮮側に咎めはなかった。偽りの死因を公表したことで、無垢な華嬪の魂に対して申し訳ないという罪の意識は今も、ムミョンの中で消えずに残っている。けれど、一国の王としての判断は、これしか道はなかったのだと今では納得もしていた。
 その意味で、やはり領議政は正しかったのだ。為政者は私情や感情を優先させてはいけない。時局を読んで冷静な判断を下し、国を平穏な方向に導かねばならないのだ。まだ華嬪が病の床で闘っている時、領議政が万が一のときには偽りの死因を公表すると言い出した時、ムミョンは声を荒げて怒った。
 けれども、領議政のあの冷酷ともいえる判断こそが朝鮮を救ったのだと今なら判る。
 若き王は老臣に身をもって、政治とはどういうものなのかを教えられた。
 一旦は納得した華嬪の死について、やはり思うところがあるのか。だから、華嬪の死後一年も経て、わざわざ皇帝自らが朝鮮に乗り込んできたのか。考え出したら、キリがない。とにかく、清皇帝が朝鮮に来たということ事実そのものが抜き差しならぬ状況であるといえた。
「皇帝陛下は今、どこにいらっしゃるのかしら?」
 公的な使節団なら、宮殿内にある慕華館でもてなすのが通例なのだが、慕華館に使節が滞在しているなど、ついぞ聞いていない。とすれば、使節団はどこか別の場所に滞在しているのだろう。
 そう思って訊ねたのだが、ムミョンの端正な顔に浮かぶ苦悩が更に露わになった。
「判らない」
「使節団が滞在している場所が判らないの?」
 セリョンはつい声を高くし、慌てて口許を押さえた。
「使節団の滞在先までは突き止めた。―というより、向こうからこちらに連絡してきたんだ」