韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~そなたを守れぬ俺を最後まで愛してくれたのか、華嬪ー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説  寵愛【承恩】第二部
   ~100日間の花嫁~
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 いわば国を根底から揺るがすほどの秘密である。仮に華嬪が朝鮮王の手がつかぬまま逝ったこと、懐妊などしていなかったことを知れば、激怒して大軍を寄越すかもしれない。
 ゆえに、いっそう厳しい箝口令が関係者たちにも敷かれたのだ。しかし、女官長は考えた。
 このままでは国王夫妻の間には永遠にわだかまりが残ったままだ。女官長はかねてから中殿としてのセリョンに心服し、人柄を高く評価している。
―あのお方こそが歴代の朝鮮王妃の中でも抜きんでた高い徳をお持ちの方だ。
 王妃だとからと高ぶらず、女官長にも一歩引く慎み深さは高貴な両班の姫君ではなく、むしろ平民出身だからと思えた。
 溝ができたままの王と王妃がこの先も疎遠なままになれば、御子の誕生も望めない。
―これほど徳の高い中殿さまをご生母とした王子が誕生されないのは、朝鮮の損失でもある。
 女官長は確信した。国家機密を洩らすからには、自分の生命はないと思い定めた上でセリョンを内密に訪ねたのである。
―よく伝えてくれましたね。
 セリョンは女官長に心からの謝意を表し、彼女から聞いたことは自分が生きている限り口外しないと約束した。
「だから、女官長を罰するのは止めて欲しいの。女官長も黙っていて、あなたがもし教えてくれなければ、私は永遠に真実を知ることはなかったんだから」
 恐らくムミョンは女官長を罰しはしない。彼の性格を知るだけにほぼ確信はしていたけれど、やはり誰にも言わないと約束した手前、これだけはきっちりさせておかなければならない。
 ムミョンは頷いた。
「むろんだ。どうせ俺が喋ってしまったことだから、今更女官長を咎めても意味はない」
「ありがとう。あなたなら、そう言うと思ったわ」
 返しつつ、セリョンは女官長から真実を聞かされたときの衝撃を改めて思い出していた。
 華嬪が初めて大殿の寝所に召された夜も、実は王と華嬪の間には何もなかった―と告げにきたのは女官長であった。けれど、あのときは華嬪の乳母沈尚宮に泣きつかれてセリョンの許に報告がてら懇願に来たのだ。
 今回の報告は国家機密でもあるに拘わらず、女官長が独断で王妃に話したのである。両者の意味合いはまったく違う。
 何故、女官長が身の危険を冒してまで、わざわざ自分に教えたのか? その意味をセリョンは正しく理解した。
 女官長はセリョンに身をもって告げたのだ。
―中殿さまの方から国王さまに歩み寄って下さいますように。
 自分たちはただの市井の若夫婦とは立場が違う。ただ人であれば夫婦喧嘩で済む問題も深刻化すれば、この国の根幹にも拘わってくるだろう。
 だからこそ、我が身も大人にならなければと、セリョンは女官長の衷心を心から嬉しく感謝したのだった。
 ムミョンが華嬪を抱いていないと知って、愕いたのは当然だろう。だが、よくよく考えて、いかにもムミョンらしいとも思ったのだ。
 恐らく彼は彼なりに悩んで、セリョンと華嬪の両方に誠実でありたいと願ったのだ。
―そなただけを一生の妻とする。
 結婚前の誓いを守り、また華嬪の体面をも傷つけまいとして、華嬪に手を触れなかったのではないか。彼の本心は判らないけれど、そのように考えるのが自然なように思えた。
 ムミョンが呟いた。
「そなたは知るまいが、俺には異母妹がいる」
「そうなの?」
 今夜は愕くことばかりだ。ムミョンには異母兄がいるだけだと思っていたのだが。
 セリョンは彼が話し始めるのを辛抱強く待った。
「その存在を明らかにされていないが、父上には承恩尚宮に生ませた翁主が一人いる」
 そこでフと笑った。
「義母、つまり先々代の王妃の嫉妬があまりに凄まじくて、流石の父上も義母に知られないようにしたんだ。承恩尚宮はお腹が大きくなる前に宮外に出て、ひっそりと王女を生んだ。今はそこそこの両班家に嫁いで幸せに暮らしているよ」
「それは良かったわ」
 セリョンの呼応に、ムミョンも笑いながら頷いた。
「妹がいるゆえ、どうしても華嬪とけして幸せな育ち方をしたとはいえないその妹を重ねて見ずにはいられなかった。王の娘として生まれながら、王女だとは晴れて名乗れなかった不憫な妹だ」
 セリョンは微笑んだ。
「私もお逢いしてみたいわ。あなたさえ良ければ、一度中宮殿にお招きしても良いかしら」
「そうしてくれるとありがたい。妹は宮外で生まれ育ったから、歓ぶだろう」
 ムミョンの硬い表情がわずかにほころんでいる。やはり華嬪の死がいまだ大きな影となってのしかかっているのだろう。彼は華嬪がムミョンを恋い慕っているのは自覚していたはずだから、本当の夫婦ではなかったのだとしたら、彼はそのことで余計に苦しんでいるはずだ。華嬪の心に応えてやらずじまいになったことで今も間違いなく自分を責めているだろう。
 セリョンは思わず声を上げた。ぬばたまの闇を漂っていた無数の光がふわふわと近寄り、セリョンのチョゴリの袖に止まったのだ。
 薄い生地を通して幻想的な光が燦めき、美しい布を更に虹色に染めている。
「綺麗」
 思わず呟きが零れ落ちた。顔を上げれば、池の上、あまたの光り輝く蛍が華麗な舞を披露している。闇夜をあまたの光球が流れゆく様はさながら流星のようだ。
 いにしえより、蛍の光は亡き人の魂が現世(うつしよ)に還ってきたのだと伝えられる。ならば、今まさにこの瞬間、華嬪の魂もここに還ってきたのかもしれない。
 同じようなことを彼も考えていたのだろうか。ムミョンが眼前の光の舞を眺めつつ独りごちた。
「まだ年端もゆかぬ年齢の皇女が政略ではるかに遠い異国に嫁した。我が国に来て、たとえ一瞬たりとも華嬪は幸せだったのだろうか」
 やるせない口調に、セリョンの心も我が事のように胸が痛む。
 刹那、セリョンの耳奥にありありと愛らしい声が甦った。
―私、とても幸せだった。清にいるときより、朝鮮で暮らした短い間の方が幸せだったのよ。
 ムミョンをお兄さま、セリョンをお姉さまのようだと無邪気に慕っていた華嬪。清国では本当の意味で家族はいなかったけれど、朝鮮に来て初めて家族ができたと嬉しそうに話していた。
 セリョンは言葉を選びながら口を開いた。
「華嬪さまがおっしゃっていたの」
 彼女がいかに幸せだったか。セリョンは華嬪自身が語った言葉をそのままムミョンに伝えた。
 ムミョンがしきりに眼をしばたたいた。
「そうか、華嬪がそのようなことをそなたに話していたのか」
「華嬪さまは確かに、あまりにも早くにお亡くなりになってしまった。でも、この朝鮮に来て、あなたと出逢えて初めての恋をした。あなたと一緒にいる華嬪さまはいつも生き生きとして幸せそうだったもの」
 セリョンは腕を伸ばし、袖に止まった小さな光の球をそっと宙へと放した。
 光はしばらくセリョンの前を漂っていたかと思うと、群れて飛び交う仲間の方へと戻っていった。球が描く光の軌跡を眼で追い、セリョンは続けた。
「短いご生涯を遠い異国で終えられても、皇女さまのおっしゃるようにお幸せだったのだと思う」
「そうだな」
 ムミョンが頷き、四阿には再び静けさが戻った。
 光の舞は変わらず続いている。しばらくムミョンも眼を細めて美しい光の軌跡を眺めていた。
「夜も更けた、名残は尽きないが、そろそろ戻ろうか」
 ムミョンが差し出した手にセリョンは素直に自らの手を重ねる。
 その時、一陣の風が二人の側を吹き抜けた。
夜空を仰げば、雲の流れが速く、煌々と輝く月が絶えず雲に見え隠れてしている。
 池面を渡る風に、眠っている蓮たちがかすかにざわめいた。踵を返そうとしていたムミョンがその時、振り向いた理由をセリョンが知ることはなかった。
 吹き抜ける風の音の中に、王は確かに聞いたのだ。
―短い間ですが、私は幸せでした、殿下。
 今もまだ、この手には息絶えた華嬪を抱いていたときの温もりが残っている。
―こんな不実で不甲斐ない男に、そなたは幸せだったと言ってくれるのか? 
 ムミョンはもう一度、耳を澄ましてみたが、既に風はふつりと止み、亡くなった少女の声が聞こえてくることは二度となかった。
 明日の朝にはまた、この池にはあまたの清らかな花たちが開くだろう。夏の夜更け、亡き少女が愛でた無垢な花の季節もそろそろ終わりに近づいている。
 
 
                (了)

  
   
 

 
リナリア
 和名は姫金魚草。
 花言葉―私の元に帰って、愛に応えて。