韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~守ってやれなくて済まない。華嬪を見守る王の眼に涙が | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説  「寵愛【承恩】~100日間の花嫁~
 第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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  清浄華(しょうじょうか)
 
 その夜、英宗は夜通し華嬪に付き添った。王の命令で医官もまたずっと病室に詰めている。
 英宗から少し離れた背後には、華嬪の乳母沈尚宮がひっそりと座っている。室の扉が静かに開き、黄尚宮が入室してきた。
「殿下。夜も更けて参りました。どうか大殿にお戻りになって、お寝み下さいませ」
 小声で言うのに、英宗は首を振る。
「いや、今宵はここにいる」
「さりながら」
 言いかけた黄尚宮に、王は真摯な面持ちで言った。
「華嬪が倒れたのは朕のせいでもある」
 昨夜、王がいつもどおり大殿にいれば、華嬪も暑い中、ずっと立ち通しでいることもなかった。
「畏まりました」
 黄尚宮はもう何も言わず、自分も沈尚宮の傍らに座った。
 医官は華嬪の細い手首に針を打っている最中だ。英宗は紅い官服に白い前掛け姿の医官に問うた。
「華嬪の具合はどうだ?」
「―」
 昼過ぎに倒れた華嬪は意識がないまま、眠り続けている。医学の知識がない英宗にも、彼女の状態が予断を許さないものであるのは判った。
 彼の不安を証明するかのように、医官は浮かない顔でゆっくりと首を振る。これから聞く話がけして良いものではないことを王は悟った。
「話は別室で聞こう」
 王と共に隣室に移った医官は、いきなり平伏した。
「どうぞ私を殺して下さいませ、殿下」
 この言葉がある意味、決定打であった。医官が貴人の生命を救えない場合の決まり文句でもあった。人ひとりの生命が今まさに危機に瀕しているというのに、このようなまどろっこしいやり取りを形式的にしなければならないとは、王室とは何と厄介なものなのか。
 英宗は静かに言った。
「そなたを殺したからとて、華嬪が快方に向かうものではなかろう」
 少しの間を置き、彼は続けた。
「真実(ほんとう)のことを教えてくれ」
 白髪交じりの医官は、鎮痛な表情で言った。
「華嬪さまは元々、持病をお持ちです」
「そう―なのか?」
 迂闊にも、妻たる者の健康状態も知らないとは、良人として失格だ。自分はセリョンばかりか華嬪さえ守ってやれなかった。英宗の心に苦い後悔と空しさがひろがる。
「はい、腎臓の働きが常人よりはやや弱いのでございます」
 英宗は隣室を覗き、沈尚宮を呼んだ。彼は沈尚宮に言った。
「華嬪が持病を持っていたというのは真か?」
 即座に沈尚宮がその場に土下座した。
「お許し下さい、どうか私を処刑して下さいませ」
 まったく、どいつもこいつも同じ常套句ばかり口にする。華嬪は今、苦しんでいるというのに決まり文句をやりとりしている場合ではなかろう。
 王は辛抱強く言った。
「そなたを殺したとしても、華嬪が良くなるものではない。また華嬪が目覚めた時、母とも慕う乳母の姿がないでは朕があれに泣かれる」
 沈尚宮は手をつかえたまま言った。
「華嬪さまはお生まれになったときから、腎臓を患っておいでなのです」
「何故、そのことを最初に教えてくれなかった?」
 王の口調は責めるというよりは訴えるようであった。沈尚宮はその場に打ち伏した。
「申し訳ございません。華嬪さまご自身が将来、御子さまをお産みになれない身体だとは殿下に知られたくないと仰せになられ、私どもも固く口止めされておりました」
 英宗は愕きに息を呑んだ。
「華嬪は子が産めない身体だったと?」
 沈尚宮が即座に首を振った。
「そうではございません、殿下の御子を授かることはおできになりますが、持病がおありゆえ、出産は生命に拘わる一大事となると侍医から申し渡されていたのです」
「そう、か」
 王は虚ろな声で言い、医官に視線を戻した。
「それで、華嬪の今の症状は?」
 医官は沈んだ声音で応える。
「先ほど申し上げた腎臓の働きが更に低下しておられます。拝見した限りでは、おみ脚もむくんでいるようで、楽観ができないご病状と拝察申し上げます」
「―」
 乳母がか細い悲鳴のような声を上げ、その場に伏して泣き始めた。
「何ゆえ、こうも急激に病状が悪化したのであろうか」
 王の問いに、医官はいっそう暗い声で言上した。
「慣れない異国での暮らしがおん病を悪化させたのでございましょう。畏れながら、ご心労が華嬪さまを一挙に弱らせてしまったのだと存じます」
 医官の言葉は英宗の心を鋭く抉った。
 自分がもっと気を遣ってやるべきだった。遠い異国、敵地ともいえる朝鮮にたった一人で嫁いできた清の皇女。他ならぬ自分も、華嬪を色眼鏡で見ていた一人だった。
 可哀想に、どんなに淋しかっただろう、辛かっただろう。異国で一人ぼっちの十五歳の少女にとって、頼れるのは国王ただ一人であったのに、自分は彼女に何をしたか。
 セリョンの頬を打った華嬪に彼は冷えた声音で断じたのだ。
―そなたが大切なものを傷つけたら、朕はそなたを許さぬ。
 あの時、華嬪の黒い大きな瞳が潤んでいたのを見て見ないふりをしたのではなかったか。彼は華嬪が傷つくのも、大切なセリョンを傷つけた当然の報いだと自分に言い聞かせていた。
 どうして、あの時、セリョンだけでなく華嬪の気持ちにもなってやらなかったのか。
 英宗はやりきれない気持ちで医官に言った。
「何としてでも華嬪を救うのだ。必要とあれば、清国から華嬪を診ていたという侍医を呼び寄せても良い」
「及ばずながら力を尽くします」
 医官は深々と頭を下げた。
 結局、英宗はその夜だけでなく翌日以降も華嬪の病室から動こうとしなかった。内官長が諫めて漸く一度大殿に戻って仮寝をしたものの、数時間でまた華嬪の許に戻った。
―まさに寵愛も眩しいほどではないか。
 人々は寄ると触ると噂し合った。数人の腕利きの医官が交代で治療に当たり、また沈尚宮の懸命な看護により、倒れて二日後に意識を回復した。
 三日目、領議政が見舞いに参上した。小柄な政治家はまず英宗に頭を下げ、枕辺にちんまりと座った。
「華嬪さまのお具合はいかがでございますか?」
 丁度華嬪はまた眠りに落ちたところだった。英宗は病人を起こさないように小さな声で応えた。
「御医たちがよくやってくれている。お陰で、大分持ち直したようだ」
「それはよろしうございました」
 顎下の豊かな白髭は領議政の自慢だ。彼はそれをしごき、おもむろに口を開いた。
「華嬪さまには何としてでも良くなって頂かねばなりません」
 その口調に、王は単なる言葉以上のものを感じ、思わず問い返さずにはいられない。
「どういう意味だ?」
 領議政はまた自慢の髭を撫でた。
「言葉通りでございますよ」
「ハ、深山の奥に住む古狸のようなそなたが本音を口にするはずもない」
 王の皮肉げな物言いにも、老人はいささかも取り乱さなかった。
「華嬪さまは我が国の命運を握っておいでの方ですゆえ」
「随分と含みのある言い方だな、領相」
 領議政が白いふさふさとした眉をつり上げた。普段はそれこそ深山の仙人のような容貌で好々爺然とした印象を与える男だが、内心は王宮という伏魔殿を跋扈する魑魅魍魎の頭(かしら)と呼ぶにふさわしい腹黒さだ。
 領議政は首を傾げた。
「よくお考えになって下さい、殿下。華嬪さまにもしものことがありし時、清の皇帝はどう出ると思われますか?」