韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~夫の愛を他の女と分け合うのが後宮の女ー王妃の悲哀 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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「今度、中宮殿に伺っても良い?」
 いつしか丁寧な言葉遣いも忘れている。それほどに華嬪がセリョンに対して信頼を寄せ、慕っているという証でもあった。
「ええ。いつでもおいで下さい。歓迎します」
 このときはセリョンもまた心から応じた。この少女に対しての複雑な感情はすべて払拭できたわけではないけれど、この娘自身に邪意は微塵もない。セリョンとしては恨めしい気持ちをどこに持ってゆけば良いのか、感情の処理がいささか難しいところである。
「また必ずお邪魔するわ」
 華嬪は満面の笑みで手を振って、自ら住まう殿舎の方へ戻っていった。いずこからともなくお付きの尚宮が現れ後を追ってゆく。会話の邪魔にならないように眼の届かない場所に控えていたのだろう。あれは清国から付いてきたという乳母だ。
 セリョンは黙って華嬪の小柄な後ろ姿を見送った。
「何とも無邪気な方ですね」
 その呟きには、言葉以上の意味があったに相違ない。単に華嬪を天真爛漫だと褒めたとも取れるし、逆に自分の立場をわきまえない―王妃から国王の寵愛を奪い取った恋敵の癖にと、華嬪の身の程知らずさ、愚かさを嘲っているとも取れた。
 セリョンはホンファの呟きに特に反応を示さなかった。何故ならセリョン自身が同じことを感じたからだ。
 最早セリョンに華嬪への妬みは片々たりともなかった。恨めしく思うなら、国王たる男(ひと)を恋い慕う運命を、大勢の女と良人の愛を分け合う立場になるのを承知で彼の側で生きると決めた自分の選択を恨むしかない。
 幾ら彼がセリョン一人を守ると誓ってくれても、所詮は国王たる立場はそれを許されない。その厳然たる事実を受け入れられない我が身の未熟さを恨むべきなのだ。
 自分を母とも慕う年若い側室を憎んでも意味はない。セリョンは苦い想いを噛みしめながら、ホンファを従えて中宮殿への帰途を辿った。
「華嬪さまはいつ訪ねてこられるかしら」
 前を向いたまま歩き続けながら言うともなしに言えば、ホンファが応える。
「あの調子では明日にでも来そうですね」
「この前、清国から帰国したばかりの商人から貰った焼き菓子があったわ、あれをお出ししましょう。華嬪さまも懐かしく思われるでしょうから」
 歌うように言うセリョンに、ホンファは何も言わない。また呆れ顔で〝人が好すぎます〟と思っているのだろう。
「立場を憎んで人を憎まず」
 呟くと、今度はホンファがすかさず言った。
「中殿さまらしいお考え方です。中殿さま、だから私が申し上げたではありませんか。どれほど嘆き哀しまれたとしても、中殿さまは最後は必ず綺麗な花を咲かせられるお方なんです」
 どこか誇らしげに言うホンファが自分に無限の信頼を寄せてくれているのは判る。けれど、我が身は彼女の信頼に値するほどの人間だとはセリョンには思えなかった。
 ホンファにも言えない心の奥底の想いはある。
 大好きな男には自分だけを見つめて欲しい。彼の瞳に映る自分以外の女の存在は叶うなら認めたくない。それは恐らくセリョンがムミョンを好きでいる限り、永遠に消えないだろう。
 彼の側で生きる限り、その運命を受け入れるしかすべはないのだ。また、その奥底の本音はこれから先、自分以外の誰にも、たとえホンファにでさえ告げられるものではない、複雑なものだ。その心を色で例えるとしたら、黒でもなく白ではもない、まさに灰色。
 伏魔殿の濁りきった水にも染まりきらず、さりとて純白なままでもいられない。それが後宮で生きてゆく女の哀しみであり、逃れようのない現実である。セリョンなりの結論だった。
 
 暦が七月に変わり、普段は磨き抜かれた鏡面のような水面があまたの蓮花で彩られた頃、壮麗な殿舎が並ぶ宮殿の一角の中でもひときわ群を抜いて見事な楼閣で宴が開かれた。国王英宗主催のその宴は、歴代朝鮮国王が清皇帝から贈られた陶器を一堂に集め、出席者に披露するというものだった。
 言わずと知れた清皇帝の孫、華嬪を意識しての催しである。中でも衆目を集めたのは陳列品の中で最も大きな壺だ。大の大人が二人両手をひろげて抱えたとしてもまだ余裕があるほど幅広である。表面は手触りが良くなめらかで、黄なりがかった色をしている。
 眼を惹くのは、上部から下部にかけて襷をかけたように、一部分が鮮やかな橙色に染まっているところだ。実はすべて同じ釉薬を塗って焼き上げたものだが、橙の部分だけ釉薬の量を調整して変えのだという。そのちょっとした工夫が見事な色彩の対比の妙となり、卓越した工芸品を生み出すのであった。
 かと思えば、華嬪の小さな手のひらにすっぽりと収まるほど小ぶりな陶器人形もある。清国の女性を象ったもので、紅色が美しい深衣を纏ったものだ。その隣は優雅な鶴首が美しい青磁の酒器で、表面には複雑な文様が隙間なく刻まれている。
 一つ一つ取り上げていればキリがない。無数に並んだ器すべてがいずれ劣らぬ名品であり、大国の文化と歴史を今に伝えた技術の粋といえた。
「いやはや、これはまた見事なものですな」
 陶磁器には眼がないと専ら評判の礼曹判書が鼻下に蓄えた髭を撫で撫で唸った。
 楼閣には上座の中心に国王英宗、その少し下手の上座に王妃キム氏、更に王を挟んで王妃と向かい合う位置に側室華嬪が侍る。
 後は主賓を上座に眺める方向で、左側に領議政を筆頭とする廷臣たち、右側に左議政を筆頭とする廷臣たちが居並ぶ。件(くだん)の名器たちは廷臣たちの手前に緋毛氈を敷かれた上に並び、臣下たちが陶磁器を挟んで向かい合う形だ。
 今日招かれているのは、いずれも錚々たる朝廷の高官たちばかりである。本来はこの席には大王大妃と大妃も列席するはずだったのだが、生憎と六十歳を過ぎた大王大妃は軽い風邪、身体の弱い大妃も伏せっていると参加を辞退してきた。
「あのように鮮やかな橙色を私は初めて眼にしました」
 礼曹判書は興奮を隠しきれず、今にもご馳走を前にしたかのように涎を垂らさんばかりだ。この男の屋敷の蔵には王宮の宝物庫にもないような清国はおろかチベットや日本から手に入れたという珍しい陶器が隠されているらしい。
 あまりに陶磁器集めに熱心すぎるあまり、名器と聞けば金を惜しまず購入する。その度を超えた道楽ぶりに愛想を尽かした奥方は、二人の娘を連れて実家に戻ったというほどだ。
 器に当たらない程度の距離を離して、参加者たちの前にはそれぞれ酒肴の乗った小卓が並んでいる。しかしながら、礼曹判書にはどんなご馳走より、その向こうに飾られている名品の方に魅力を感じるらしい。
 好事家というのは、常人には理解しがたいものだとセリョンは知っていた。翠翠楼の常連の中にも、古今の達筆と呼ばる能書家の書ばかりを集めている道楽者がいた。長年連れ添った妻より自ら集めた書画を大切にしていたのは、かつては都随一と謳われた大商団の隠居だった。
 王妃と華嬪は王を間に淑やかに座り、不自然にならない程度に料理を食べては器を眺めている。実のところ、宴の参加者たちの関心を集めていたのは居並ぶ名品ばかりではない。かねてから若き国王の寵愛を争う王妃と華嬪が一体どれほど熾烈に牽制し合うかを期待していた。
 ところが、である。王妃も華嬪も大人しく座しているだけで、特にどちらも嫌みの一つ言うわけでもない。国王は左右に侍った妃たちに分け隔てなく話しかけ、王妃も華嬪もその都度、慎ましく頷いている。
 この日、参加者は王を間にした正妻と側妾の三つ巴が見られると興味津々であった。が、結局、二人の妃たちは流石は王の女と呼ばれるだけあり、本性を見せることはなかった。こればかりは期待外れであったといえよう。
 中殿キム氏は十九歳、今、王宮庭園の池に咲き誇る蓮花も恥じらうかのような清らかな美貌であり、十五歳の華嬪はこれから開こうとする牡丹の蕾の風情がある。二人の美女を侍らせている国王は二十三歳の凛々しくも優美な青年であり、三人が並ぶ様は宮廷絵師が描くという人物画よりよほど絵になるに違いない。