韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~夫があの娘を抱く夜ー中宮殿で独り眠る一夜は長すぎて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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   哀しみの迷宮
 
 英宗は華嬪と嘉礼を挙げた夜以降、しばしば華嬪を大殿の寝所に招いた。裏腹に王妃が寝所に招かれることも、王が中宮殿に渡ることもふっつりと絶えた。
―あれほど国王殿下のご寵愛を欲しいままになさった方がこうも呆気なくご寵愛を失われるとは、まさに後宮の勢力配置図は明日が知れませんなぁ。我らも日々、生き馬の目を抜く政治の場に身を置いておりますが、後宮においての女の闘いも似たようなものかもしれませんぞ。
―今日の勝者がさしずめ、明日の敗者となるということですな。殿下はまだ血気盛んなお年頃ですぞ、思い出してもごらんなさい、儂らもあの歳頃には妻だけでは満足できず、色町に夜毎繰り出したものでしょう。
 などと、したり顔で興味本位の噂をする者たちが王宮でも後を絶たない。
 セリョン自身は詮無い噂については何とも思わなかったけれど、ムミョンの心を失ったのはやはり堪えた。
 ホンファは、やはり我が事のようにムミョンの不実を憤っている。セリョン本人よりも国王への怒りは凄まじいようで、時折、セリョンがたしなめるほど国王に対して不敬な発言をすることがあった。ホンファがこんなときに側にいてくれるからこそ、セリョンは皆からの不必要な関心混じりの視線も何とかやり過ごせたのだ。
 泣きたくなるようなときでも、当事者よりも腹を立てて国王の多情を嘆いているホンファを諫めていれば、いつしか昂ぶった心も落ち着いていた。
 一番辛いのは、やはり華嬪が王の寝所に召される夜だった。セリョンが王の寵愛を失ったのとは対照的に、華嬪は数日に一度は夜伽を務めるために大殿に伺候する。
 ある夜、セリョンは夢を見て目覚めた。幾度も場面が切り替わる夢ではあるのだが、奇妙なことに、すべての場面がほぼ同じようなものだ。それも英宗と華嬪の婚礼が行われたあの日の夜、蓮池のほとりで見たような光景ばかりである。
 裸の男女が絡み合っている淫らな夢だ。それでも夢は少しずつ変わってきて、最初は男の背に隠れ、ぼんやりと曖昧だった女の顔が次第にはっきりと輪郭が見えるようになっていた。
 今宵もまた華嬪が国王の寝所に召されたと聞いた。起きていてはかえって心がざわめいて余計なことを考えてしまうため、こんな日はさっさと寝支度をして床に入ってしまうに限る。けれども眠ったら眠ったで、また悪夢にうなされるのだ。
―ああ、止めて。もう、こんな夢を私に見せないで。
 今夜もまた数日前に見た夢の繰り返しだ。あの夜も華嬪が王の閨に侍った日だった。
 逞しい裸身の男が後ろ姿を見せ、女が男に跨り淫らな声を上げる。最近では夢の見始めより随分と女の顔がはっきりと判るようになった。それでも、まだ目鼻立ちまでは掴めないのが救いだと思っていたのだが。
 男が女をかき抱き、下から腰を烈しく突き上げる。女が長い黒髪を揺らし、悦びの声を上げる。いつもの見慣れた光景のはずなのに、セリョンは夢の中で悲鳴を上げた。
 男の膝の上に乗っている女がはっきりとこちらを見ている。そして、子猫を思わせる大きな瞳をセリョンに真っすぐ向けているのは可憐な美少女華嬪だった!
「―っ」
 セリョンは声にならない声を上げ、自分の悲鳴で眼が覚めた。やはり、夢の中、ムミョンに抱かれていた女は華嬪だったのか。あらかじめ予想してはいたけれど、実際に彼女であると認めてしまった今は何と後味の悪いもか。
 まるで夢とは思えないほど、現実めいた夢だった。ムミョンに抱かれて喘ぐ華嬪の声さえ間近で聞いているようだった。
「中殿さま、どうかされましたか?」
 気が付けば、寝室の扉が細く開いている。間からホンファが顔を覗かせていた。セリョンが大丈夫だから寝むようにと勧めても、ホンファが夜、セリョンの寝室の前から離れたことはない。もちろん中宮殿にはベテランの筆頭尚宮もいるのだが、既に五十過ぎの尚宮が夜中に不寝番を務めることはない。
 ホンファは王妃付きになって以来、不寝番から外れた試しはなかった。夜間においても、ホンファだけは何があっても良いように王妃の寝室のすぐ隣の控えの間に待機している。他の女官たちは皆、控えの間の外で寝ずの番をするのだ。
 もちろん、国王が王妃を訪ね共寝する夜は、ホンファも控えの間ではなく廊下に控えている。王のお渡りがある夜は
―中殿さまよりイ女官の方が嬉しそうだ。
 と、一時はホンファに王の眼に止まりたい下心があるのだと根も葉もない噂が立ちかけたこともあるほどである。内実は、忠誠を誓う王妃が王に愛されて幸せであることが、ホンファ自身の歓びでもある―ただそれだけなのだが。
「水、を」
 セリョンが消え入るような声で言うのと、水の入った湯飲みが盆に載って差し出されたのはほぼ時を同じくしていた。
 まったく、いつでもセリョン自身よりセリョンのことを理解してくれているホンファだ。
 セリョンは受け取った湯飲みを唇に当て、ひと息に呑んだ。灯火もつけない淡い闇の中、ほっそりとした細い喉が動く。ひんやりとした水が喉をすべり落ちて、生き返る心持ちがする。
「ありがとう」
 セリョンが差し出した湯飲みを受け取り、ホンファが案じ顔で言った。
「また夢をご覧になったのですね」
「―」
 セリョンは無言で頷いた。流石に夢の内容までは話していないが、悪夢を見るのだとは打ち明けている。
 セリョンは夜具の上に座ったまま、傍らを見やった。つい先頃、完成したばかりの刺繍が額に収まって片隅に飾られている。
 小さな枠の中には咲き誇る蓮の花と花に戯れるように飛ぶ蒼い蝶があった。セリョンは見るとはなしに蓮の花を見つめた。
「おかしなものだわ。見たくないと願えば願うほど、余計に嫌な夢を見てしまう」
 恐らくはセリョンの心の奥底に潜むもの―認めたくはないけれど、嫉妬という醜い感情がして夜毎、淫らで忌まわしい夢を見せるに違いない。
 セリョンも己れの心の中にある想いを自覚はしていた。あの清らかな花とは対極にあるもの、華嬪への妬みと羨望。
 五月の終わり、大殿の執務室にムミョンを訪ねたときにはまだ自分の中の想いがこれほどまでとは自覚できていなかった。あの時、自分は事実上、彼に華嬪を抱いてと頼んだのだ。けれども、そのときは我が身がここまで嫉妬深い女だとは考えもしなかったし、考えたくもなかった。
 むろん、あのときも嬉しいはずはなく、モヤモヤとしたものはあった。が、あのような感情はまだ生やさしいもので、今のどろどろとした想いは自分でも嫌になる。火を噴く山から流れ出すという熱い奔流は人や馬を一遍に焼き殺すという。今、まさに自分の中で燃え盛る感情は、溶岩のような恐ろしい魔物に違いない。
「ホンファ、私は醜いわ」
 セリョンは両手で顔を覆った。
「私、自分が怖い」
「怖いとは」
 ホンファの真摯な声に、セリョンは嫌々をするように小さくかぶりを振った。
「いつか私の中で荒れ狂う魔物が私の心を食い破って、私を支配してしまうかもしれない」
 心を悪の色に染めた我が身は何をしでかすか判らない。
「中殿さま」
 セリョンの貌を覆う手のひらにホンファの手が重なった。ホンファはやわらかくセリョンの手をセリョン自身の顔から放し、その手を両手で包み、優しく撫でた。
「どうかお泣きにならないで。中殿さまがそうまでお心が乱れるのは国王殿下の御事をお心から恋い慕っておられるからなのですから。そもそも好きでもない殿方に女が心乱されるはずはありません」
「ホンファ」
 セリョンの手を撫でるホンファの手は限りなく温かかった。