韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~貞慧王后伝説ー揀擇カンテクを勝ち抜いた王妃の哀しみ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 セリョンは微笑み、再び視線を水面に戻した。銀色の半月が紫紺の空を飾り、透き通る月明かりに照らされた池はどこまでも静謐だ。時折、夜風が水面を渡る度に、水面に映り込んだ月もゆらゆらと頼りなく揺れる。
 揺れ動く月はあたかも今の自分の心そのままのようだ。あてどなく、定まることができない。
 夜風を全身で感じようと瞼を閉じた刹那、セリョンは背中に氷塊をピタリと当てられたように全身を悪寒が走った。瞼の向こう側に浮かんだ光景に愕然とする。
 千尋の湖の底のような森閑としたその場所は、セリョンが数日前、ムミョンと過ごした王の寝所に他ならない。奥に大きな寝台が見える。その上で絡み合うひと組の男女がいる。
 女はこちらを向いているのだが、男の分厚い背に隠れて顔は見えない。男の方は背中だけしか向けていないため、これも誰かは判じ得ない。
 男に抱かれて女は淫らな喘ぎ声を上げ、男が烈しく動く度、女の解き流した艶やかな黒髪が揺れる。セリョンは茫然と眼前の見知らぬ男女の営みを見つめた。
 いや、あれは知らない誰かではない。俄にセリョンの身体中に緊張が漲る。
 私はあの人たちを知っている。―思ったのと男が振り向いたのはほぼ同時だった。
―あれは。
 衝撃がセリョンの脳天から爪先までを貫いた。見知らぬ女を膝に跨らせて淫事に耽っているのはムミョンだった! 確かに逞しい裸身はどこか見憶えのあるもので、それはセリョンが何度も見ているからに相違なかった。
 見憶えがあるどころではない、セリョンはあの逞しい腕に何度も抱きしめられ、今、まさにあの女が味わっているような女の悦びを得たのだ。そう、つい数日前でさえも。折檻のように抱かれてでさえ、ムミョンの愛撫に慣れ親しんだセリョンの身体は歓んで彼を迎え入れ、身体は貪欲に快感を貪った。
 セリョン自身があれほど快感を得たのであれば、あの日の行為を陵辱と呼べはしないだろう。とはいえ、セリョンだとて触れられるのも嫌な男相手なら、燃えられはしなかった。抱かれたのがムミョンだから、身体は素直に反応したのだ。
 改めて思った。あんな扱いを受けても、自分はまだムミョンを好きなのだと。陵辱に近い行為を許す許さないの問題ではなく、彼を好きだから、ごく自然に受け入れたのだ。
 自分を情けないと思うべきなのか、それとも辛抱強いと褒めてやるべきなのか。セリョン自身にも判らない。ただ、あの行為はムミョンにとっては、何の意味もない取るに足らないものであったに違いない。
 セリョンだとて妓房で育ち、多くの色恋を見てきた。女と異なり、男は相手に好意を抱いてなくても身体を重ねることはできる。妓房を訪れる客の中には稀に妓生に幾ばくかの情を抱く者もいないではない。しかし、大方は一夜限りの憂さを晴らしにくるのであり、妓生たちは有り体にいえば男の欲望を晴らす対象でしかなかった。
 ムミョンのあの日の行為は粗暴で、労りはなかった。最早、彼の中に自分への想いは消え果てたと思った方が良い。何かしらの情があれば、男はもっと優しく女を抱くはずだ。
 このままここにいたら、淫らで恥知らずな妄想に絡め取られてしまいそうで怖かった。セリョンは意思の力を総動員して、瞼を開いた。
「夜も更けてきたわ。皆も明日の朝はまた早いのだし、そろそろ戻りましょうか」
 女官の仕事は華やかな外見に似合わず、重労働である。かつてセリョンは王宮で見習い女官として働いた経験があるため、身に染みて知っている。主が床に入るまで中宮殿の女官たちの一日は終わらない。
 そろそろ引き上げ時だとホンファを促し、四阿を出たときである。四阿のすぐ手前に控えていた女官五人の中、二人は熱心に喋っていたため、王妃の登場に気づかなかった。
「―それはもう春先に咲く桃の花のようにお綺麗だったっていう話」
「そうなの?」
「それに、何より国王殿下(チュサンチョナー)の凛々しくいらせられたこと、まるで今、都で流行りの小説に登場する貴公子のようだったと若い女官どころか尚宮さまたちまで恍惚りと見蕩れたっていうわよ」
「良いな、私も断然殿下のお姿を拝見したかった」
「あら、私たちは土台無理よ。だって、中殿さまにお仕えする身の上だもの」
「華嬪さまも嘉礼を挙げられたことで、名実ともに後宮での地位を認められたわけだし、これからどうなるのかしら」
「もしかしたら、殿下の中宮殿へのお渡りも減るかもしれないわよ」
「今でさえ、あれほど足繁くお越しだった殿下の脚が中宮殿から遠のいているのは事実だし。残念ね、殿下が中殿さまのおん許にしばしばお越しになれば、私たちが殿下のお眼に止まる機会もあるけれど、お越しそのものがなくなればこの先、お手つきになる見込みもないわ」
「側室は無理でも、せめて承恩尚宮になれたらなー」
 セリョンは身動(みじろ)ぎもできなかった。ただ魂を抜かれたかのように、その場に立ち尽くしていた。そのため、余計に女官たちの無駄話を聞く羽目になったのだ。
 やはり、この場合も先に我に返ったのはホンファの方が早かった。
「ホホウ、そなたら何を無駄口を叩いておる。中殿さまの御前であるぞ、控えよ」
 きつい口調でたしなめられ、二人は震え上がった。
「申し訳ございません」
「お許し下さい」
 口々に蒼白になり、うなだれた。見たところ、まだ十六、七の若い女官である。間違いなく不注意だった咎は彼女らにあるのに、叱られている彼女たちを見ているセリョンの方が哀れに思うほど狼狽していた。
「ホンファ、あの者たちも悪気があったわけではないのだから、ほどほどにして」
 小声で言うと、ホンファが眉を下げた。
「中殿さまはお優しすぎますよ」
 それでも主君の命に逆らうはずもなく、幸いなことに若い女官二人組は中宮殿筆頭女官のホンファのお小言から早々に解放された。
―お優しい中殿さま。
 二人が王妃の取りなしに心から感謝したのは言うまでもない。こればかりではなかった。王妃としてのセリョンは中宮殿だけではなく、後宮においてもその気さくで優しい人柄を慕う者たちが次第に増えつつあった。古参の年配の尚宮たちには彼女らを立てその意見や助言を疎かにせず、年若い女官たちに対しては気遣いを忘れず、親しく話しかける。
 誰もが〝中殿キム氏〟は王妃になるべくしてなった女性、流石は並み居る両班家の令嬢たちが競い合う激戦を勝ち抜き王妃の地位に付いた人だと納得した。
 セリョンのそうした身分の隔てなく接する親しみやすさ、誰にでも示す優しさは間違いなく彼女の味方を後宮に確実に作っていった。弱冠十九歳の中殿に心酔する者は若い女官や幼い女官見習いのみならず、王妃の母や祖母のような年配の尚宮に至るまで少なからず存在した。