韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~政略で嫁いだ朝鮮王を愛してしまったー清国皇女の悲哀 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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「この花ならまだまだ花期は続きますから、また朝の涼しい中にご覧になれます。今日は陽差しも強いですから、お身体に障ってはなりません」
「判ったわ。あなたの言うとおりにする」
 華嬪は頷き、セリョンと並んで蓮池に続く小道を歩き始めた。シム尚宮とホンファ、それぞれのお付きも少し離れた背後から付いてくる。
 やがて蓮池が見え、二人は池面に張り出した優美な建物に落ち着いた。ここならば暑い陽差しも幾分かは遮ってくれるし、池からの風も心地良い。
 今日も四阿には分厚い座布団が重ねられ、客人の訪れを待っている。セリョンが先に腰を下ろし、華嬪が隣に座った。
「あの花が随分お好きなのですね」
 先刻、花を見て歓ぶ子どもではないと反抗的に返されたこともあり、また反発されるかと思ったのだが―。意外にも彼女は眩しい笑みをひろげた。
「大好き。亡くなられたお母さまがお好きだったから」
 セリョンは眼を見開いた。華嬪の素性については皇帝の従弟の孫としか聞いていない。
「母君はお亡くなりに?」
「ええ。私の父は末端の王族だったけど、私が生まれる前に病死してしまった。だから、母は実家に戻って私を生んだの。私が生後十ヶ月の時、縁談があったので、私を置いてまた嫁いでいったのよ」
「嫁ぎ先でお亡くなりになったのですか」
「再婚してすぐにまた懐妊したのね。でも、出産で弟と共に亡くなってしまった」
 華嬪の瞳は輝きを失い、どこか遠くを見ているようで、口調も虚ろだ。
 華嬪の母だったという女性はよほど幸薄い人であったに違いない。再嫁先でもすぐに懐妊しながら、跡取りたるべき男児と共に儚くなったとは。
「お母さまが再婚されたので、華嬪さまは皇帝陛下に引き取られたのですね」
「そうなの。本当なら私はそのまま母の実家で育てられるはずだったのに、私の話を聞いた陛下が気の毒がって後宮に引き取られたの」
 そして皇帝の孫としての身分を与えられ、はるか異国に嫁がされる運命を負ったのだ、この年若い皇女は。
 けれど、皇帝が心底から華嬪を愛しく思ったかは知れたものではない。本当の孫であれば、自国より格下だと蔑む遠い外国の王に花嫁として下賜したりするだろうか? それもだまし討ちのように皇女本人をいきなり連れてきて嫁にしろだなんて、押しつけられた朝鮮で皇女が暖かく受け入れられると本気で皇帝は考えたのだろうか。
 数十年に渡って大国を統治し、偉大なる皇帝として知られた人物がそれを見抜けないほど愚かであるはずがない。だからこそ、皇帝は本当の孫ではなく、華嬪を政治―いや、この場合、政治でもなく単なる気紛れな遊戯(ゲーム)の駒のように朝鮮に寄越したのではないか。
 セリョンの憤慨めいた気持ちが伝わったわけではないだろうが、華嬪が慌てて言った。
「この国に来たのは私自身の意思よ、お祖父さまが命じたわけじゃないわ」
「そうなのですか?」
 半信半疑で問えば、華嬪は真剣な顔で頷いた。
「お祖父さまはかねてから朝鮮と我が国の絆をもっとしっかりさせたいとお考えだったのね。それで、適齢期の皇女を一人、朝鮮王の妃として嫁がせようと望まれたわけ。こんなことを言うのは申し訳ないけれど、誰も行きたがらなくて。お祖父さまが困っておられたので、私が名乗り出たの。お祖父さまには口にできないほどの恩を頂いたわ。今度は私がご恩を返すときが来たとむしろ嬉しかったもの」
 なるほどと思った。二十三歳の英宗はあまり清国に対して良い感情を抱いていない。歴代の朝鮮国王が唯々諾々と大国の風下に甘んじてきたことについて、強い反発心を感じている。清国はここ数年、再三、朝貢品の種類と量を増やすようにと命じてきた。にも拘わらず、英宗はのらりくらりと交わし、皇帝の命に従わない。
 即位したばかりの若い王は、これまでの王たちのように少し脅してやれば震え上がって言うなりになる軟弱者ではない。老獪な皇帝は即座に見抜き、若い王を手なずける美しき餌として自国の皇女を与える策を思いついたに違いない。
 漠然とは想像していたけれど、華嬪の告白により、今や皇帝の目論見ははっきりと知れた。意外にも皇帝が皇女を寄越した背景には、気紛れどころか、外交上の明確な理由があるようだ。
 華嬪によれば、どうやら朝鮮に遣わされる予定の皇女は彼女ではなく、別の皇女だったらしい。むしろ、皇帝その人は華嬪を鍾愛していたため、彼女の立候補に最初は反対していたようだ。
「でも、私が粘って、どうしても朝鮮に嫁ぎたいとお願いして、やっとお許しが出たの」
 華嬪はずっと放そうとしない宝石箱を愛おしげに撫でた。
「これはお祖父さまが私の十五歳の誕生日にお祝いとして贈って下さったもの。大切な宝物よ」
 折しも清国を使節団が出立する数日前、華嬪は十五歳の誕生日を迎えた。祝宴は皇帝のお声掛かりで宮中で催され、彼女の送別の宴も兼ねていた。
「宮殿の楼閣から見た月がとても綺麗だった。もうこれで私は清国の月を見ることはないんだとしみじみと思いながら月を見たの」
 声音に潜むあまりの哀しみに、セリョンは胸をつかれた。自ら覚悟しての決断とはいえ、祖国の土を二度と踏めないと思う淋しさを華嬪が感じないはずはなかった。
「朝鮮の月も綺麗ですよ。今度、月の美しい夜、一緒にここに来ませんか? 四阿から見る月も格別ですから」
「そうね」
 華嬪の横顔はまだ沈んでいる。セリョンはふと思いついた。
「我が国には昔から有名な子守歌があるのです」
「そうなの? 私は乳母が―シム尚宮が幼い頃、たまに子守歌を歌ってくれたけど、あまり憶えてはいないわ」
「歌ってみましょうか?」
「聞きたい」
 頑是ない幼子のようにせがまれ、セリョンはますます胸を引き絞られるようだ。
「ウサギが乗っているのは月の船。蒼い大海原を走る、走る。月の船はどこへゆく、我は知らぬ、どこへゆく。月の船はどこへゆく、我は知らぬ、どこへゆく」
 セリョンの涼やかな声が風に乗って池面を渡ってゆく。二番まで歌い終えた時、華嬪の眼から大粒の涙がしたたり落ちているのに気づいた。
 華嬪はひっそりと涙を流していた。
「華嬪さま?」
 セリョンは狼狽えた。年端もゆかぬこの娘を泣かせるような失態をしてしまっただろうか。
「申し訳ありません。華嬪さまを哀しませてしまったのですね」
 セリョンが華嬪の細い肩を抱くと、華嬪が泣きながらセリョンの胸に飛び込んだ。
「違うの、私、お母さまから子守歌なんて歌って頂いたことがなくて。もし、お母さまが今もお元気で側にいたら、こんな風に子守歌を歌って下さるのかと思ったら、何だか急に泣けてきてしまったの」
 華嬪は声を上げて泣いた。
「あなたの前で強がりを言ったけれど、本当は淋しくて心細かった。朝鮮の言葉は一生懸命覚えてきたから、言葉に不自由はしない。でも、清国とは何もかも違うし、国王殿下はまるで私が害虫のようだとでも言わんばかりに冷たい眼で見るんだもの。私はお祖父さまの期待を背負って殿下の妃になるために朝鮮に来たのに、これでは何の役にも立ってないし、どうしたら良いか判らない」
 どうしたら良いの、と、華嬪は繰り返した。
 セリョンは声もなかった。