韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~夫に側室を抱いて欲しいと頼むー王妃は辛い役目なのね | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 それが女官長を震撼とさせた話だった。流石にセリョンも返す言葉がない。
「されど、殿下と華嬪さまは」
 ひと月余り前、既に床入りを済ませているはずではないのか。
 これまでセリョンはムミョンと華嬪との関係についてはつとめて考えないようにしてきた。三日前に彼と肌を合わせた夜も、華嬪のことは意識から遠ざけていた。当然だろう、良人が他の女を抱いているのを意識しながら、当の良人に抱かれる気になれるはずがない。
 後宮に迎え入れるというのは、とりもなおさず王とその女が身体の関係を持つということだ。ゆえに華嬪とムミョンがそういう関係になるのも致し方ないし、避けては通れないと諦めもつけていた。
 女官長は溜息混じりに続ける。
「華嬪さまには現在、清国から付き従ってきた尚宮と我が国よりお付けした尚宮と二人お仕えしております。清国より参ったシム尚宮が泣く泣く当方の尚宮に告げて、何とかして欲しいと泣きつかれ、その尚宮も弱り果て私めに相談にきたという次第なのです」
 ちなみに、蓮池ほとりの四阿でセリョンと華嬪の間にひと騒動起きた時、華嬪の側にいたのは朝鮮側の尚宮である。
 言葉を選びながらではあるが、女官長はシム尚宮の打ち明け話を赤裸々に語った。
 事の発端は三日前、ムミョンとセリョンが一夜を過ごしたことを知り、華嬪が大泣きに泣いたのだという。
―わらわの許には殿下は一度たりともお越しにならないに、何ゆえ、あの女の許にゆかれるのだ!
 わあわあと泣いて手も付けられない興奮状態となり、シム尚宮は
―ですが、姫さまも既に殿下と夜をお過ごしになっているではありませんか?
 初夜は済ませているのだからと慰めたところ、
―見せかけだけじゃ。あの夜、殿下はわらわに指一本も触れられなんだ。
 と、爆弾発言をしたものだから、シム尚宮は大いに愕き狼狽えた。
―何故、もっと早くに私めに教えて下さらなかったのですか?
 問えば、華嬪はますます泣きじゃくった。
―そのようなこと、恥ずかしうて口にできるものではない。
 流石にシム尚宮も気の毒な皇女の心境は理解できた。初夜に花嫁が花婿から拒絶されるとは、女にとってはこの上ない屈辱だ。気位の高い皇女が口にできなかったとしても、無理はないだろう。
 それでも皇女は何とか堪えていたが、自分には手を触れようとはしない王が王妃の許で夜を過ごしたと聞き、堪えていたものがここに来て一挙に溢れ出したというところだった。
 女官長は複雑そうな表情で話した。
「本来であれば、このような時、中殿さまのお耳に入れるべき話ではないのは承知なのですが」
 これが通常の王と側室の拘わりなら、むろん正室たる王妃にまず報告するべき問題ではある。けれども、今、王妃の立場は非常に微妙だ。しかも側室は清の皇帝の肝いりで嫁いできた皇女であり、その皇女のために王妃はあわやその座を追われかけている状況である。その王妃に当の側室と王の関係について相談するというのも妙な話だ。
 セリョンは女官長の意図はよく判った。
「そなたが私の気持ちを思いやってくれていること、ありがたく思います」
 まずは女官長を労った。
「さりながら、やはりこのままというわけにはゆかないでしょうね。たとえ中殿の地位が揺らいでいるとはいえ、私はまだ朝鮮の王妃です。王妃は後宮内のことにおいては常に気を配っていなければなりません。華嬪さまのことも由々しき問題ではありませんか。仮にこの話が華嬪さま、もしくはシム尚宮から清の皇帝陛下に伝われば大事です。これは華嬪さまを王妃にとかいう以前の問題なのですから」
 嫁に出したはずの孫に朝鮮王がいまだに手を触れず、孫が生娘だと知ったら―。皇帝が激怒するのは想像に難くない。
 セリョンの立場としては不本意ではあるが、ムミョンと華嬪の仲を取り持たねばならない必要がある。
 これは何も今回ばかりではない。内命婦の長として中殿は後宮内で起こるもめ事は、すべて己れの才覚で処理せねばならない。歴代の王妃はそうやって良人と側妾との間に起こったもめ事すら、平静を装って処理してきたのだ。もっとも、その問題の中に王が側室に手を触れず、側室が清らかなままで困る―という騒動があったかどうかは疑問ではあるが。
「ただでさえお気持ちがお塞ぎの中、中殿さまにご相談したご無礼をお許し下さい」
 女官長は最後まで恐縮しながら帰っていった。
 が、セリョンは女官長を責める気にはなれなかった。彼女もまた華嬪付きの尚宮から相談され、手をこまねいてセリョンのところにやって来たのだ。事は王と側室の男女関係に拘わってくるゆえ、迂闊に手出しはできない。結局、この場合、表立って動けるのは王妃たるセリョンしかいないのだから。
 セリョンは女官長の意を正しく理解した。こうなったからには、我が身が動くしかない。心ならずも内命婦の長として、王に華嬪の許に渡るように言わねばならない。
 女官長が退室した後、セリョンは刺しかけだった刺繍を取り出した。布を刺繍枠に挟み込んで、色糸を使ってひと針ひと針丹念に刺してゆく作業は根気と集中力が要る。
 刺したままの針を抜いて刺繍枠を手にしたその瞬間、殆ど仕上がった枠の中の蓮池がさざ波立ったように見え、慌てて眼をこすった。
 そんな馬鹿なことが起こり得るはずはなく、女官長の話に心が乱れたせいで、錯覚を見たにすぎないに違いなかった。
 セリョンはホンファを呼び、刺繍道具を片付けてから庭園に赴いた。
 伴はむろんホンファだけである。一人で考えごとをしたいときに大勢を引き連れていくなど本末転倒である。
 蓮池の見渡せる四阿まで来て、セリョンはどこかホッとして佇んだ。
 そろそろ淡い宵闇が広大な庭園を包み込もうとしている。蓮池の水面を覆う緑の葉は心なしか前に来たときよりは濃さを増している。花たちは着々と来たるべき季(とき)に備えて準備をしているのだ。
「蓮は不思議な花だわ」
 セリョンの呟きに、背後に控えるホンファが小首を傾げる。小声なので、よく聞き取れなかったようである。しかし、セリョンは頓着せず続けた。
「濁った池の中で、どうしてあんなに綺麗な花を咲かせられるのかしら」
 養父には言った。心の持ちようさえしっかりしていれば、伏魔殿の闇に染まることはないと。けれども、本当にそうなのだろうか。
 我が身はこの池に咲く花のように、伏魔殿で穢れなき花を咲かせられるのだろうか。
 これまでできるだけ意識の外に追いやってきた、ムミョンと華嬪の関係。実は一番考えたくなかった問題に、セリョンは今や否応なく向き合わねばならなくなっている。
 しかも、自身の口でムミョンに華嬪を抱くように勧めねばならないとは。
 皮肉なものだ。しかし、過去の顔も知らないたくさんの王の妻たちも恐らくは似たような想いをしてきたに違いない。愛する男が他の女をその腕に抱き、自分以外の女が良人の子を生むのを甘んじて見ているしかなかった。
 何とも辛い役目だ。けれど、これが〝王妃〟としての最後の務めになるかもしれない。だとすれば、自分の感情は殺して中殿としての務めを粛々と果たすしかない。
 いつしか広大な蓮池は漆黒の闇に沈もうとしている。ホンファには既に女官長来訪の目的は伝えてある。セリョンの心を思いやってか、ホンファは余計なことは一切言わず、黙って控えている。今はその静けさが何よりありがたい。
 どこからか涼しい夜風が吹いてきた。セリョンは眼を細め、池面を揺らす風を感じていた。夜目には判らないが、風はきっと水面に無数の波紋を呼んでいるだろう。
 その日、女官長から告げられた意外な事実は、水面を揺らすように間違いなくセリョンの心にさざ波を立てたのだった。