皆様、こんばんは。
今日も空いている時間は執筆をコツコツと進めておりました。
ほんの少しですが、また新しい作品の自分なりのペースを掴めてきたように思います。
さて、昨夜は韓流時代劇「師任堂 サイムダン~色の日記」15巻を見ました。
今は廃寺となった雲平寺に高麗紙の製法を求めてはるばる出向いたサイムダンですが、
そこにフィムダンの放った追っ手の魔手が迫りー。
危うし、サイムダン!
ところが、ウィソン君がサイムダンの危急を知り、救出に駆けつけます。
サイムダンを何とか助けたウィソン君、大けがをしてしまいました。
二人して都を目指すも、負傷したウィソン君が高熱を出し、しかもフィムダンの夫、今度はミン・チヒョンまで
二人の生命を狙いに追いかけてくる始末、、、
何とか追っ手を交わし山中の洞窟に身を隠した二人です。
サイムダンはウィソン君のけがの応急手当をします。
ウィソン君、熱に浮かされながら
ー怪我をするのも悪くない、そなたに手当をして貰えるから。
と呟きます。
また
ー二十年前、二人で色を作り絵を描いた。あの愉しい想い出の日々があるだけで、私は生きてゆける。
とも。
何か昨日はウィソン君が可哀想になりましたね。
何という男の純情でしょうか、まさに、良い意味での純愛。
そんなにサイムダンが好きだったというより、今も好きなんですね。
運命とは皮肉なものです。それほど愛し合った二人は引き裂かれてしまったんですから。
恋い慕いあった男女が事情で別れ、女は別の男と結婚し、男は女を忘れられず独身を貫いた。
言葉にすれば、たったこれだけですが、ドラマを見ていると、到底ひとことでは済まされませんね。
それでも、ウィソン君の言うように、このひとときが彼にとっては至福であったのもしれません。
人妻であるサイムダンとはもう二度とともに人生を生きることは叶わない。
サイムダンがもっと良い加減な、例えば家族への愛や献身よりも自分の幸せや欲求のために生きる女性であれば、
ウィソン君にもまだしも望みはあったでしょうが、、、
「良妻賢母」の見本のような人ですから、サイムダンが家庭を捨ててまで彼と生きる道を選ぶ見込みはありません。
何か見ていて、切ないです。
さて、これからどうなるのでしょうか。
朝鮮王朝時代と交錯して描かれる現代での「サイムダン」の生き方にも気になります、
美術品の贋作を見つける天才「ラド」の正体がソン・スンホンなのかも、、、