小説 雪の華~彼氏いない歴31年の私~君は自分を過小評価しすぎだ、自信を持ちなさいー上司の言葉に | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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小説 雪の華~彼氏いない歴31年の私~
 
 自慢にもならないけれど、生まれてこのかた、彼氏なんて、いた試しがない。
 オシャレなんてしても意味がないから、いつも黒ずくめのスーツに地味な恰好。
 そのお陰で、社内では化粧品メーカーに勤務するOLというよりは、葬儀屋に
 勤めているみたいだと陰口をたたかれている。
 物心ついてからというもの、男の子にモテた試しはなく、コンプレックスの固まり
のような自分。


 -それが、私。本間輝(ほんまひかる)、31歳。
 後輩たちからは早々と〝本間の局〟と呼ばれている、バリバリの中堅社員だ。
 そんな私だって、結婚やウェディングドレスに対して憧れはある。
 もちろん、素敵な男と情熱的な恋もしてみたい。
 冴えない女は恋なんかしちゃ駄目だって、誰が決めたんだろう。
ある日、私は誰にも内緒でウェディングドレスを着て、一人記念撮影することに
 決めた。
 もしかしたら、これから先、ずっと結婚できないかもしれない自分のために、
 想い出に残したいと思って。
 それがきっかけで、生涯忘れられない恋にめぐり逢うなんて想像もせ
ずに。
 〝君はもっと自分に自信を持つべきだよ〟
  その男(ひと)の言葉が私に魔法をかけてくれた。
  果たして、〝万年葬儀屋スタイル〟OLの恋は実るのか?

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 ありがたい話ではあるが、自分のようなたいした働きもしてこなかった人間には、少々抜擢がすぎるのではないか。
 総務部長が笑った。
「おいおい、どうして君はそんなに自分を卑下するんだ? 大体、君は自分を過小評価しすぎだよ。あまりの自信過剰も考えものだが、本間君はもう少し自信を持った方が良いんじゃないのか」
 話の最後に、部長は表情を引き締めた。
「しかし、ここまで似たような騒動が重なっては、会社側としても、もう放っておくわけにはいかんな。いや、実はここだけの話だが、どういう輩がこういう実に低俗な子どもの悪戯のような悪事をしでかしているかは大体は察しが付いてるんだ。我が社にも隠密裡にそういったことを調べる機関があるからね。まあ、そろそろ潮時かな。社長や人事の方とも相談して、いずれ近い中に取るべき処置は取ることになると思うよ」
「判りました」
 輝は頭を下げ、今度こそその場を辞した。
直属の上司がちゃんと自分の地味な働きぶりを見ていてくれた、そのことは輝の心に温かなものを呼び覚ました。天が遠くにあるからと甘く見るな、確かにその通りなのかもしれなかった。 
 部長から託されたのは、今日の来社予定客の一覧だった。これを受付に回して、くれぐれも粗相のないように応対するように伝えてくれというごく簡単なものだ。
 一階まで降りていくと、例の受付嬢三人が並んだ小鳥よろしく行儀良く立っていた。流石に会社の顔と言われるだけあり、どの子も皆、若くて綺麗な顔立ちをしている。その割に、髪型も皆同じ、化粧の仕方も同じように見えて個性がない。
「これを総務部長から託かってきました。本日の来訪予定者の名簿一覧です。くれぐれも応対に失礼のないようにとの伝言があります」
「判りました。お疲れ様です」
 真ん中の子が両手で受け取り、慇懃に頭を下げる。輝と視線がまともに合うと、慌ててうつむいた。と、左隣の子はどうも込み上げる笑いをかみ殺しているようである。本人は輝にバレていないと思い込んでいるようだが、バレバレだ。幾ら美人でも、この演技力では女優になるのは向いてないわね。
 輝は心の中で呟いた。まあ、このまま事が終われば、輝も強いて事を荒立てる気はなかった。別に自分より若くて可愛い子を苛めて悦に入る趣味はない。
 ところが―。輝が背を向けて数歩あるいたところで、後方からドッと笑い声が上がった。
「嫁かず後家が―」
「あれじゃ、通夜に出席した方が良いような格好―」
 悪意ある言葉の端々がどうしても耳に入ってくる。もう、我慢できなかった。
 輝は振り返ると、つかつかと彼女たちの方に戻った。
「良い加減にしてくれない?」
 輝がよほど怖い顔をしていたのか、右端の子はもう早々と眼を潤ませている。
 それが何? と言いたい。若くて多少見栄えが良いからといって、甘えないで欲しい。いや、甘えるのは勝手だが、だからといって他人の心を無闇に傷つける暴言を吐き散らして良いものではない。
「あなたたち、今朝から何か私に言いたいことがあるようだけど、あるのなら、堂々と言いなさい。他人に聞こえないように話すつもりなら、もっと人気がない場所で話すものよ。聞こえよがしに陰口をたたくのは感心しないわね」
「あ、あの」
 中央の子がしどろもどろになりながら口を開いた。
「何か言いたいのなら、一対一でちゃんと聞くわよ?」
「い、いえっ。済みませんっ。本当に申し訳ありませんでした」
 真ん中の子が頭を下げた途端、右端の子はワッと泣き出した。つられたように左端の子も泣いている。
 ああ、やってられない。女の涙は武器だといって、さんざんバッシングを受けた政治家がいたけど、どうやら間違いではなかったようね。
 輝は呆れたような顔で三人の受付嬢を眺め、首を振りながら去った。三人の女の子たちはまだ派手に泣いているようであったが、慰めるつもりもないし、謝るつもりもなかった。
 〝本間の局〟が若い受付嬢を泣かせた―と、また不名誉な噂が一つ増えるだろうが、構いはしない。少しは意見してやるのも、考えようによっては、あの子たちのためでもある。輝は半ば自棄でそう考えた。
 後に輝が常務取締役の第一秘書兼秘書課長に抜擢された時、この受付嬢の一人が新たに秘書課員として配属されてくることになる。もちろん、そのときの輝もその受付嬢もまだ、自分たちが上司と部下として同じ課で働くことになるとは予想だにしていなかった。
 総務部長はああ言ってくれたものの、やはり輝に向けられる視線はけして良いものではなく、むしろ冷たい刺すようなものばかりであった。彼女を見て、皆が意味ありげな視線を交わし、ひそひそと囁き交わすのだ。もちろん、紘子や鈴木佐枝のような例外や理解者もいるにはいたけれど、そんな人間は社内でもごく少数で限られていた。
 それでも何とか一日持ち堪えられたのは、総務部長から示された理解の言葉があったからだ。あのひとことがなければ、輝はとうに誇りも何もかも棄てて、皆の前で泣き崩れていたかもしれない。
 三時になった。企業なので、三時のおやつが出るはずもないが、N商事では三時にはそれぞれの部署の女子社員がコーヒーか紅茶、緑茶を淹れて部署員に配るという習慣があった。むろん、それぞれの好みによって選ぶことができる。それは輝が入社するより、はるか前からのしきたりのようなものであったらしい。
 部署によっては女子社員たちの中で当番を決めて行っているところもあれば、特に決めておらず、有志か手の空いている者がするという部署もある。
 総務部では当番制になっている。その日は美奈子のはずであったが、休んでいる。なので、紘子と輝の二人でやることになった。給湯室でお茶の用意をしている最中、紘子が小声で教えてくれた。
「どうやら、あのお喋り女の顔を見ることもなくなりそうね」
「それはどういう意味?」
 先週の金曜まで普通に出勤していた美奈子が辞めるなんて、信じられない。
 輝が怪訝な顔をしていたのだろう。紘子が更に詳しい情報を教えてくれた。
「私も昼休みに人事の子から聞いたばかりの話だけど。どうやら、美奈子に退職勧告が出たらしいわ。早ければ、もう本人に連絡がいってるんじゃないかしら。岩田にも減俸処分が適用されて、今後一年はボーナスもなし、給料も大幅減額されるみたい」
 退職勧告という名目ではあるが、これが出て勤務を続けた者はいない。つまり、事実上の退職命令である。
「美奈子ちゃんに?」
 驚愕している輝に、紘子は呆れた表情で言った。
「もう、本当にあなたって、お人好しね。輝だって、今回のあなたに関する最悪な噂がどこから出たかってくらい大体察しはついてるんでしょ。私も今朝は、犯人の特定ができてないらしいって、当たり障りのないことしか敢えて言わなかったけどね。事を荒てて騒動になると、会社の体面そのものにも拘わってくるもの。迂闊なことは言えないから、会社も噂の出所は判らない、社員にも知らないふりをしろって言葉を濁してるけど、多分、上のお偉方は美奈子や岩田がやってるくらいのことは皆、承知してるんじゃない?」
「あの二人、どうやら付き合ってるようね。昨日、私が逢ったときも、そういうようなことを言ってたから」
「そうなの? ま、それで二人が日曜に一緒にいたってことも説明はつくわね。良いんじゃない、似た者同士で、まさにバカップルの典型みたいなものだから」
 紘子は唾棄するように言った。当の輝よりも、紘子の方がよほど岩田や美奈子に対して憤りも露わにしているようである。
 すべての総務部員にお茶を配り終えた直後のことである。ふいに輝の携帯の着信音が鳴った。
 中島美嘉の〝雪の華〟、切ない恋心を歌った曲が好きで、丁度今のシーズンにもぴったりなので、この曲にしている。