韓流時代小説 寵愛~隻眼の王~キムセリョンを中殿とする-新王妃誕生。後に数々の伝説を残す貞慧王后 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】

~隻眼の王の華嫁は二度、恋をする~

 第四話 夢うつつの蝶

 

「そう、今だけは、王と町娘ではなく、ただの男と女でいたい。せめて今だけは、ただのセリョンとムミョンでいられるこの大切な時間に浸りたい」
~遊廓の女将の娘が王様を好きになっても良いの?~

とある国王の御世、都漢陽では旅の一座が上演する仮面劇「王宮の陰謀」が大流行。
翠翠楼の一人娘、セリョンは念願叶って「王宮の陰謀」を見た帰り道、大怪我をして行き倒れていた美しい青年を助けるが-。

人物紹介  
チョン・セリョン(鄭世鈴)-後の貞慧王后
妓房(遊廓)の看板娘。まだ幼い頃からセリョンを水揚げさせて欲しいと願う客が殺到するほどの美少女。外見を裏切るお転婆娘。明るく、落ち込んでも立ち直りの早い憎めない性格。 

ムミョン(無名)-王世子(世弟)・後の国王英宗
自らを「無名」(名無し)と名乗る謎の男。雪の降る冬の夜、深手を負っていた彼をセリョンが助ける陰のある美男なところから、翠翠楼の妓生(遊女)たちに絶大な人気を集める。隻眼ということになっているも、実は碧眼と黒目のふた色の瞳を持つ。

☆貞順大王大妃(シン・チェスン)-韓流時代小説「後宮秘帖~逃げた花嫁と王執着愛」主人公。
三代前の国王知宗の正室。王室の最長老であり、後宮の最高権力

者。


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 その場に居合わせた数人の尚宮は意味ありげなまなざしでセリョンを見ている。
 その中には雷まで鳴り出し、室内は昼にも拘わらず、薄闇が垂れ込めた。尚宮たちが慌てて燭台に火を入れる。
 この国の未来の王妃を選んでいるまさにこの時、嵐のような雨になるとは、あまりにも不吉ではないか。口には出さずとも、尚宮他、王族女性の顔にもありありとそんな考えが出ている。大王大妃と大妃だけは特に表情は変わらず、二人とも泰然としているのがせめてもの救いだった。
 遠かった雷鳴が次第に近くなり、ひときわ烈しい轟音がとどろき渡った。カッと室内が閃光に照らされ、刹那、セリョンを除く三人の候補者の少女たちはキャッと悲鳴を上げた。中には震えが止まらず、その場に打ち伏した者もいた。ただ一人、セリョンだけは姿勢を崩さず、大王大妃に向き合っていた。
 大王大妃は怯える候補者と落ち着き払ったセリョンを交互に眺めやり、また口を開いた。
「もう少し訊ねたい。そなたは先刻、親の愛が海よりも深いと申したが、例えば、雨。今のように人を怯えさせる雷雨だとても、大地や作物にとりては恵みの雨となる。天からもたらされる雨もまた見返りを求めない究極の恵みといえる。これもまた海よりも深いものではないか」
 セリョンは一旦うつむき、目まぐるしく思考を回転させた。大王大妃の言い分にも一理はある。しかし―。
 尚宮たちはどちらかというと意地悪な視線で、セリョンを見ていた。選考中に雷雨が来るとは、運が悪ければそれだけで王妃に選ばれない理由になる。加えて、大王大妃のこの質問は、なかなか応えようとしても応えられないものだ。
 年端のゆかぬ娘には、あまりにも深すぎる問いともいえる。さて、この小娘、どうお答えする?
 質問者の大王大妃は相変わらず落ち着いていて、傍らの大妃は何故か不安そうにセリョンを見ている。
 セリョンはゆっくりと面を上げた。
「大王大妃さまの仰せのとおりです。雨はいかなるときも大地を潤し、万物を癒し、農作物にとっては欠かせないものにございます。また、私たち人にも雨は多大な恩恵をもたらします。ただ」
 セリョンはそこで言葉を切った。大王大妃が小首を傾げる。
「ただ?」
 セリョンは軽く頭を下げた。
「畏れながら、申し上げます。雨は多大な恵をもたらしてくれるものにはございますれど、ひと度長雨が続けば川は溢れ、近隣に住まう人々は深刻な被害を被ることもございます。ゆえに、雨の恵みを海よりも深いものというのはいささか難しいのではと存じます」
 ホウッと尚宮たちから溜息が洩れた。感嘆の吐息であるのは疑いようもなかった。
 二人の王族女性たちも納得したように姉妹で頷き合っている。大妃の白い面には、安堵の表情がはっきりと浮かんでいた。
 大王大妃が深く頷いた。
「見事であった。確かに、そなたの申し様は正しい。雨は時に我々に牙を剝く恐ろしき脅威となるゆえな」
 それで、セリョンの試験は終わった。また後ろに向いた体勢で静々と下がり、所定の位置に戻る。最後の候補者が大妃の前に進み出て、次の試験が始まった。
 終わった、セリョンの心に諦めとも安堵もともつかない奇妙な感情がひろがった。たとえ選ばれなくても、やれるだけのことはやった。心残りは微塵もない、晴れやかな心もちではあった。

 

 

 雷雨は一刻ほど続いて、止んだ。最終選考試験は無事終了し、この後、議政府の三政丞と最終選考に立ち合った四人の王族女性たちで新王妃が決められる。
 審議の間、候補者は殿舎内にとどめおかれ、セリョンも他の三人の候補者と共に控え室にいた。どの令嬢も大切に育てられた深窓の娘のせいか、底意地の悪そうな少女はおらず、セリョンにも特に敵意を向けてはこない。
 セリョンは名家のお嬢さまではない。右議政の娘といっても養女であるし、そもそも遊廓の娘である。もちろん、候補者の少女たちがそれを知らないはずはないのだが、流石に慎み深い彼女たちは、セリョンの生まれについて触れることもなく、どちらかといえば、少し距離を置いているようだった。
 だから、セリョンは控え室でも一人で黙って座っていることが多かった。他の三人の候補者たちとは生まれ育った環境に天と地ほどの差があるのを考えれば、彼女たちが蔑むでもなく、適度な距離を置いて接してくれるのはかえってありがたかった。
 選考試験が終わって雨は止んでもなお、灰色の帯状の雲は幾重にも垂れ込めていた。審議は予定よりかなり遅れて終わった。どうやら、大殿の方から火急の使者が来たとかで、審議は揉めたらしい。
 一体、何事かは判らないが、候補者たちの令嬢は皆、不安を隠せなかった。選考結果発表予定時間からおよそ一刻余り後、四人の候補者たちは試験会場となった殿舎に再び呼び集められた。
 殿舎の両開きの扉が開く。扉前に控えた女官たちが恭しく頭を下げ、大王大妃を先頭に、大妃、二人の王族女性が現れた。
 セリョンたち候補者は階の手前で横一列に居並び、頭を深く下げる。女性陣の後から三政丞(ジョンスン)と呼ばれる議政府の丞相が続く。王を助け、この国の国政を担う筆頭の政治家たちである。これで、王妃選考試験の最終選考の審査員がすべて揃った。
 領議政が王族女性の背後から進み出る。右手に一通の書状をもっている。あの中に新しい中殿に選ばれた栄えある姫君の名が記されているのだ。
 候補者たちを初め、その場に居合わせた尚宮、女官、内官、官吏たちすべてが固唾を呑んで領議政を見守った。白い豊かな顎髭が仙人を彷彿とさせる領議政が今、書状を開いた。
「厳正なる選考を行った結果、新中殿は右議政チャン・ソクの娘、キム・セリョンとなった」
 低いどよめきがその場に湧いた。誰もが予測すらしていなかった結果だ。三人の令嬢たちの顔にはあからさまな落胆が浮かんでいる。
「なお、審議中に国王殿下よりの王命が下された」
 領議政の新たな一声に、その場が静まり返る。ここで王室の最長老、貞順大王大妃が進み出た。
「本来、この最終選考に残った者たちは、そのまま後宮入りと決まっている。さりながら、こたびは特例にて、中殿に定まったキム・セリョン以下の者たちは後宮入りはせずとも良いことになった。他の三人は、国王殿下とは縁続きの王族男子の妃となる。また、選考中に倒れた者にもお咎めはなし、この先、良い縁があれば自由に嫁いで構わぬとの殿下の仰せだ」
 今度のどよめきは先刻以上に大きかった。三人の令嬢たちはそれぞれ複雑そうな様子なのが印象的だった。中には選ばれずにかえってホッとした様子の娘、やはり消沈する娘と様々だ。
 そのときだった。官吏の誰かが呟いた。
「虹だ」
 そのひと声に呼応するかのように、皆が空を振り仰ぐ。これまで淀んだ空がひろがっていたのに、殿舎の上から国王の住まいである大殿に至る空は見事なまでに晴れ上がっていた。
 残った白い雲間からひと筋の光が差し始める。殿舎の真上に、七色の橋が架かっていた。煌めく虹の橋はあたかも貴重な宝玉を集めて作った首飾りのようだ。
「おお」
 領議政が感に堪えた声を上げた。
「あれは龍雲ではありませんか、大王大妃さま」
 領議政の声に、大王大妃が眩しげに額に手をかざし、空を見上げた。青空を背景に、灰色の雲が大きく渦巻いている。確かに龍の形に見えないこともない。煌めく虹と龍の形をした雲は仲良く並んでいた。
「なるほど、龍雲のようだ。虹と雲、私には龍と鳳凰が共に寄り添って天翔けているように見えるが」
 大王大妃の言葉に、誰からともなくその場に跪いた。
「中殿さま(チユンジヨンマーマ)」
「中殿さま」
 やがて次々に全員が跪き、平伏する。その先にいたのはセリョンだった。
 大王大妃の視線がセリョンに注がれた。
「そなたの選考をしていた最中、雷雨に見舞われた。実は中殿を決める最終決定の場でも、雷雨はあまりにも不吉と申す者がいたのだ。私はあの時、試しに、そなたに難題を持ちかけてみた。応えられぬようなら、やはり、選考中に雷雨を呼び寄せたそなたを王妃に据えるのは凶と思うことにしたのだ。さりながら、そなたは見事な機転で乗り越えた。災い転じて福と成す。それこそが朝鮮の未来の王妃に、この国の中殿に何より求められる資質だ。そなたこそが主上の傍らに立つ伴侶としてふさわしい。どうか賢妃となり、若い主上のお力になって差し上げて欲しい」
 新しい朝鮮の王妃誕生の瞬間であった。茫然としているセリョンに、階上から大妃が優しい微笑を送ってくる。
 まさか我が身が中殿に選ばれるとは、考えだにしなかった。何も言葉が浮かんでこない。しばらくして湧いたのは、大粒の涙だった。
 ふと見上げた空には、確かに龍と鳳凰―一対の神獣に似た雲と虹が神々しいほどの美しさを見せて浮かんでいた。
 龍雲とは瑞兆であり、聖君出現を意味するといわれている。その龍雲の傍らに突如として出現した極彩色の虹は、紛うことなく鳳凰の形をしていた。寄り添い合って天を飛翔する龍と鳳凰、昔(いにしえ)から、龍は国王を、鳳凰は王のつがいを意味してきた。
 大王大妃は今一度空を眺め上げ、満足げに頷いた。