韓流時代小説 寵愛~隻眼の王の華嫁~幾つかの救える命があるなら、王命に背いてでも私は助けます | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

韓流時代小説 寵愛【承恩】

~隻眼の王の華嫁は二度、恋をする~

 第三話 ポジャギの謎

 

「そう、今だけは、王と町娘ではなく、ただの男と女でいたい。せめて今だけは、ただのセリョンとムミョンでいられるこの大切な時間に浸りたい」
~遊廓の女将の娘が王様を好きになっても良いの?~

とある国王の御世、都漢陽では旅の一座が上演する仮面劇「王宮の陰謀」が大流行。
翠翠楼の一人娘、セリョンは念願叶って「王宮の陰謀」を見た帰り道、大怪我をして行き倒れていた美しい青年を助けるが-。

人物紹介  
チョン・セリョン(鄭世鈴)-後の貞慧王后
妓房(遊廓)の看板娘。まだ幼い頃からセリョンを水揚げさせて欲しいと願う客が殺到するほどの美少女。外見を裏切るお転婆娘。明るく、落ち込んでも立ち直りの早い憎めない性格。 

ムミョン(無名)-王世子(世弟)・後の国王英宗
自らを「無名」(名無し)と名乗る謎の男。雪の降る冬の夜、深手を負っていた彼をセリョンが助ける陰のある美男なところから、翠翠楼の妓生(遊女)たちに絶大な人気を集める。隻眼ということになっているも、実は碧眼と黒目のふた色の瞳を持つ。

☆貞順大王大妃(シン・チェスン)-韓流時代小説「後宮秘帖~逃げた花嫁と王執着愛」主人公。
三代前の国王知宗の正室。王室の最長老であり、後宮の最高権力

者。

********************************************************************

 


 

「若さまの許嫁のお嬢さまは、あたしなんかと違って、さぞかしお利口なんでしょう」
 拗ねた口ぶりの女に、ギジュンが甘い声音で囁く。
「何の、美しさの点でははるかにそなたには及ばぬ。私の心にはそなたのことしかないのだぞ? 学問好きの女なぞ、吐き気がする。あの女の取り柄といえば、領議政の孫であるというただそれだけくらいのものだ」
 あまりにも身勝手な男の科白に、セリョンは憤慨した。
「何てヤツなの。令嬢にはさんざん、歯の浮くようなお世辞を並べ立てていた癖に」
 セリョンは堪らず、そろそろと床下を這いつくばって進み、ほんの少し顔を覗かせた。ここまで来れば、回廊で話す二人の姿が遠目に見える。二人は今、セリョンに背を向ける形で、やや前方にいた。
「セリョンっ、見つかったらまずいぞ」
 背後で焦りを滲ませたムミョンの声が聞こえるも、セリョンは頓着しなかった。
 ギジュンはパジをだらしなく着崩しているし、女の方も急いで衣服を着付けたのが判った。女の方が立ち上がった。着ているチマチョゴリは木綿の粗末なものである。どう見ても、カン家に仕える女中にしか見えない。
 背を向けていた娘が少し横を向いた瞬間、セリョンは危うくを声を上げそうになり、慌てて手で口を覆った。
 すっきりした立ち姿の美しい娘だった。確かに、領議政の孫娘よりは数倍の器量良しだ。けれども、セリョンが驚愕したのは下女の美貌ではなかった。下女のお腹は大きく突きだしていたのだ!
 もう、産み月も近いのではないか。下腹部がこんもりと大きく付き出している。しかし、下女が父親の判らない(この場合、ギジュンと下女当人は判っているにしても)子を身籠もっても、兵曹判書やその奥方は放置しているのだとしたら、この屋敷内の風紀という規律は随分と良い加減なものだ。
 謹厳な領議政がカン家の内情を知れば、好んで孫娘を嫁がせたいと思うかは、はなはだ疑問ではあった。
 が、セリョンの疑問は直に解決した。
「ところで、亭主の方はよもや勘づいてはいないだろうな」
「もちろんです」
 娘はしたり顔で応える。
「お腹の子は、自分の子だと端から信じ込んでますから、大丈夫」
「それは重畳」
 ギジュンは笑いながら頷いた。
「でも、子どもが産まれたら、どうするんですか?」
「気の毒だが、亭主は用済みだ。さっさと消えて貰おう」
 ギジュンの声にはどこか凄みがある。先刻までのニヤけた声とは別人のようだ。
「殺すの?」
 流石に、女の方は躊躇いがあるらしい。ギジュンは女を一瞥した。
「この期に及んで、亭主が恋しいか?」
 女の表情に迷い、次いで狡猾な表情がよぎった。この瞬間、女が自分の輝かしい未来と良人を両天秤にかけたのがよく判った。
「まさか、あんなつまらない男、閨の中でも若さまとは段違いですもの。自分だけ勝手に満足したら、さっさと終わっちまうんですよ」
「そうなのか、女房一人もろくに満足させてやれんようでは、生きていても意味はないな」
 ギジュンは鼻で嗤い、娘はギジュンにしなだれかかった。
「本当に側室にして下さるのですか?」
「もちろんだ、私とて人間だ、初めての子は可愛い」
―初めての子じゃないけど。
 セリョンは怒りのあまり、拳を握りしめた。これでは、死んだソンジョンがあまりに憐れだった。あろうことか、女好きの卑劣漢は同時に二人の女を身籠もらせていたのだ!
 女が突き出た腹を愛おしげに撫でた。
「男の子だったら、跡継ぎになれるかしら」
 ギジュンは女の肩に手を回し、優しげに言った。
「そうだな、もし生まれてくる赤児が息子だったら、そなたをいつか正妻に直してやっても良いぞ」
「本当に?」
「ああ、本当だとも。そなたは私の子を産んでくれる大切な女ではないか」
 だが、そう言った男の横顔はけして笑ってはいなかった。口調はどこまでも優しげなのに、双眸は氷の欠片を含んだように冷めていた。
 二人はなおも話しながら、回廊を歩いてゆき、やがて姿が見えなくなった。
 二人が完全に見えなくなり、セリョンとムミョンは床下から這い出た。
「おい、セリョン、あんまり無茶はするなよ。そなたが見つかるのではないかと、俺は気が気ではなかったぞ」
 ムミョンが言うのに、セリョンは悔しげに言った。
「呆れたわ! まさか屋敷の侍女にまで手を付けているとは思わなかった」
「しかも、女はまもなく出産だ。どう見ても、あれは臨月だぞ」
 ムミョンも何ともいえない表情をしている。
「カン・ギジュンという男、どうも想像以上の悪だな。今の話からすれば、どうも孕ませた女には亭主がいるようだ」
「屋敷の人たちは、あの女のお腹の子はご主人の子どもだと信じているのね」
 ギジュンの両親である兵曹判書夫妻は、何も知らない。道理で、騒動にならないはずだ。
「しかも、質の悪いことに、ギジュンは亭主を殺すつもりだ」
 ムミョンが言うと、セリョンは首を傾げた。
「ギジュンは女中に都合の良いことばかりを言っていたけど、信用できないわね」
「つまり、殺すのは亭主だけでなく、女の方もまとめてというわけか?」
「危ないわ、女中も殺すつもりかもしれない」
「―だな」
 二人とも口にこそ出さないけれど、この時点で、ヤン・ソンジョンがギジュンに殺害されたのはほぼ確実だと考えている。それだけに、何ともやりきれない沈黙がその場に落ちていた。

 

 

 秘密調査はひとまず中断となった。セリョンはその間、翠翠楼でムミョンからの連絡を待った。
 ギジュンの愕くべき正体が発覚してから三日目、ムミョンから連絡が入った。連絡を持ってきたのは、あの内禁衛将キム・ソンスだった。
「お久しぶりです」
 今日の彼は内禁衛の制服ではなく、ごく普通の両班の男性の恰好をしている。深緑のパジを纏う彼は、恐らくセリョンの父親ほどの年齢ではないかと思われる。
 ソンスはたかだか妓房の娘に、丁重に挨拶した。
「こちらこそ、ご無沙汰しています」
 セリョンも深く頭を下げた。対面は一階の来客用の小座敷で行われた。ここは主に女将が仕事上の取引などに使う室である。
 内禁衛将に渡された縦長の封筒を開くと、紙片が出てきた。
―今宵、動きあり。兵判の屋敷にて逢う。
 流麗な手跡はムミョン自身の手になるものだ。短い文面にさっと眼を走らせ、セリョンは紙片を折り畳んで封筒に戻した。
 待っていたように、内禁衛将がこの三日間で新たに判明したことについて、簡単に説明してくれる。セリョンは彼の話を黙って聞いた。
 一昨日、ギジュンは町の薬売りから、さる薬を入手したという。
「それはもしや」
 言いかけたセリョンに、内禁衛将は淡々と応えた。
「堕胎薬だそうです」
「―」
 セリョンは愕かなかった。予め予想していた応えだからだ。
「キムさま、他に判ったことがあるのですか?」
 と、内禁衛将は首を振った。
「残念ながら、その他には何も収穫はありませんでした」
「国王殿下が今夜と指定されたのは、何か掴めたからでは?」
 内禁衛将は頷いた。
「カン・ギジュンが手をつけた女についてですが、どうやら出産がかなり早まりそうだという情報が入ったのです。女を診ている産婆から聞いたことなので、確実かと」
「なるほど、焦ったギジュンが出産前に堕胎薬を飲ませようとするということですね」
 セリョンは得心した。子が生まれてしまえば、ギジュンも手を下すのは難しくなるだろう。その前に赤児を闇に葬ってしまおうという算段だ。
 それにしても、何という恐ろしい男だろう。一体、人としての情があるのか。獣でさえ、我が子には情けをかけるというのに、まもなく生まれ出ようとしている我が子をむざと殺そうとするとは、どれだけ残忍なのか。
 一つ気になる点があった。
「でも、赤ン坊は既にいつ生まれても良い状態になっていると思います。今になって堕胎薬を飲ませても出産が早まるだけで、赤ちゃんは無事に育つと思いますけど」
 内禁衛将は、その問いには頭をかいた。
「私は男ですゆえ、その類の質問には応えかねます。ただ、薬売りの話では、その薬はかなりの劇薬で、単に緩やかに出産を促すだけのものではないそうです。もちろん少量であれば、なかなか進まないお産を進ませる促進剤のような役目を果たしますが、多量に服用すれば一挙に烈しい子宮収縮を来たし、お腹の子どもはかなり危険な状態になるとか」
「そう―なのですか」
 哀しい想いで内禁衛将の言葉を聞いた。セリョンは意を決した瞳で内禁衛将を見た。
「キムさま、私、これから行かねばならないところがあります」
「というと?」
「町の薬売りです。私が思うに、薬売りはまだ、隠していることがあります。どうしても、それを明らかにしておかなければなりません」
 たとえ、どれだけ聞きたくない、知りたくないことでも、知らなければならない。さもなければ、死んでいったソンジョンの魂はいつまでも浮かばれず、この世をさまように違いない。
「それはお止め下さい」
「何故ですか?」
 セリョンが毅然として問うと、内禁衛将も譲らない様子で言った。
「私は殿下から、くれぐれも一人で無謀なことはしないようにとお嬢さまにお伝えせよと言いつかっております。もし万が一、そのようなことがあれば、何としてでも、お止めせよと承っているのです。ゆえに、お嬢さまをこのまま行かせるわけには参りません」
 内禁衛将に対して、セリョンの態度は決然としたものだった。
「私はチョン・セリョンという一人の人間です。たとえ国王殿下といえども、私を束縛することはできません」
「これは王命ですぞ! この国の民である限り、何人たりとも殿下のご意向には逆らえません。それは、殿下のご寵愛の厚いお方であっても同じです」
 内禁衛将の苦み走った顔には、この場から一歩も動くのは許さないといった気迫がこもっている。
 セリョンは対照的に静謐な声で言った。
「キムさま、申し上げておきますが、私は殿下のご寵愛を頂いてはおりません。また、将来的に殿下とどのような関係になったとしても、私は自分の意思で考え決断し、動きます。国王殿下は、そんな私の考えをきっと認めて下さると信じています。そんなお方だからこそ、あの方をお慕い申し上げているのです」