韓流時代小説 後宮秘帖~逃げた花嫁と王の執着愛~ずっと君を忘れない-ジヨンと別れ、寵姫は王の元へ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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 小説 後宮秘帖~逃げた花嫁と王の執着愛~

  第二話  Scandal(醜聞)~風灯祭の夜に~

 

~こんな私があなたの側にいても良いのですか~

 

-それは「ひとめ惚れ」から始まった初恋だった-

二人が出会ったのは11歳。
王になるべくして生まれた少年と、謀略によってすべてを失い、苛酷な宿命を背負った少女。
孤独な魂を持つ二人は運命に導かれるようにして、出会った。

 様々な試練や障害を前にしながら、互いを想い合うがゆえに、すれ違い傷つき合う若い二人。
 果たして、二人は幼い日に芽生えた初恋を実らせることができるのか?

 

 登場人物
  イ・ソン(李誠)-後の国王・知宗  
  シン・チェスン(申彩順)-後の貞順王后(チョンスンワンフ)

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 その夜、義禁府都事、イ・フンソンの屋敷を捕盗庁の役人が取り囲んだ。折しもその時、フンソンは座敷で嫌がる若い下女にのしかかっていた最中であった。
 ふいに踏み込んできた物々しい兵たちに愕いたのはフンソンだけではなかった。半裸に剝かれた娘も悲鳴を上げて逃げ出し、後には見苦しく着衣を乱したフンソンが残った。
「元義禁府都事、イ・フンソン。風燈祭の日、元兵曹参判の夫人を殺害した容疑で逮捕する」
 フンソンは下着姿のまま、居直ったようにその場に胡座を組んだ。
「一体、誰の命で私を捕縛しようというのだ。私は義禁府の役人だぞ? 王命によってのみ動く義禁府の役人を補盗庁の者が勝手に捕らえられると思うてか」
 捕盗庁の役人はどこか憐れむような眼で彼を見下ろした。
「そこもとはもう、義禁府の役人ではない。とうに役人名簿から除籍されておるわ」
「何だと?」
 眼を剝くフンソンに、役人は続けた。
「国王殿下はそれはもうお怒りだ。それも当然はないか。都の民を守るべき義禁府の都事がか弱い女を殺したのだ。殿下はこたびの事件を大変残念に思っておられる」
「な、何を証拠に私が殺したというのだ!」
 フンソンは、この期に及んでまだあがいている。役人は冷徹に断じた。
「言い訳なら、捕盗庁で幾らでも聞いてやる」
 監督官らしい男が手で合図すると、控えていた部下たちはフンソンに駆け寄り、鮮やかな手並みで彼に縄をかけた。
 それでもなお、フンソンは往生際悪く暴れている。この男は平素から立場を笠に着て、横暴な言動が多く、時には目に余ることもあった。噂では、賄なども受け取って罪人の罪を見逃したり軽くしてやったりしていたようだ。
 身から出た錆び、まさに天罰が下ったとしか言いようがない。いささかの同情の余地もないと言って良いだろう。
 これも自業自得だと監督官は肩を竦めた。

 

 

 目抜き通りが終わる四つ辻を折れると、そこから先は人気のない路地になる。
 筆屋がまず眼につくが、今日は休業らしく、板戸が四方にきっちりと閉(た)てられている。
 チェスンは昼でさえ人通りのない路地を歩き、突き当たりの小さな書店の前で立ち止まる。意を決して店に入ると、店の奥の机に向かい、小柄な中年女性が椅子に腰掛けて書見をしていた。
「こんにちは」
「まあ、いらっしゃい」
 曹さんの本屋に来るのは、ほぼ一ヶ月ぶり、二度目である。まだ二度めなのに、何故か、この小さな書店に来ると、懐かしいような不思議な気持ちになる。
 女店主はチェスンの顔を覚えていたらしく、笑顔で立ち上がって出迎えた。
「今日は先日お借りたした本をお返しにきました」
 今日のチェスンはむろん、女のなりをしている。小路に入るまでは、外套を頭から被っていた。
「お勉強ははかどりましたか?」
 優しく言われ、チェスンは頬を赤らめた。
「ここのところはずっと他のことで忙しくしていたので、勉強どころではありませんでした」
 嘘ではない。風燈祭以来、殺人事件の真犯人捜しに奔走していて、本を開く時間もなかったのだ。しかし、そろそろ返却期限が来るため、返したにきたというわけである。
 と、女主人が言った。
「よろしければ、二冊とも差し上げます」
「え」
 チェスンは意外なあまり、眼を開いた。
「本当に?」
 思わず確認するように彼女を見ると、美人ではないが、優しい顔立ちをした女性はふわりと微笑んで頷いた。
「見れば、良家の若奥さまでいらっしゃるようです。そんな方が〝小学〟を借りてゆかれるには相応の理由があると失礼ながらお見受けしました。どうぞお役に立てて頂ければ幸いです」
 チェスンはますます紅くなった。この女性は恐らく、チェスンが身分違いの結婚をして、良家に嫁いだとでも想像したのだろう。
 まあ、それもあながち間違いではないが。
 女主人は笑った。
「ごめんなさいね、あなたに恥をかかせるつもりはなかったのですよ」
「いいえ、ご賢察のとおりです。私の良人は両班ですが、私自身は八百屋の娘として生まれ育ちました。ゆえに、無学なのを恥じて、こうして少しでも学びたいとここに来たんです」
「そうですか、でしたら、いつでもお好きなときにここに来て下さい。あなたには無料でお好きな本をお貸ししますよ」
「ありがとうございます。また、来させて頂きますね」
 チェスンは笑顔の女店主に幾度も礼を言い、店を後にした。彼女は表までわざわざ見送ってくれた。チェスンは何だか長い間、逢わなかった姉に再会したような温かな気持ちで、途中で一度振り返ってみた。
 彼女はまだ表にいて、チェスンに手を振り返してくれた。
 そのまま歩いて路地を折れようとしたその時。同じように大通りから折れてきた人物と危うくぶつかりそうになる。やはり、後ろばかり気にしていたからだろう。
「ごめんなさい」
 慌てて謝ろうとし、チェスンは危うく叫び声を上げるところだった。
 相手も負けないくらい驚愕している。
「チェスン、君」
 ジヨンがまだ少年の面影が残った顔に、これ以上ないくらいに愕いた表情を浮かべていた。
「もしかしたら、本屋に行けば君に会えるかと思っていたんだけど、まさか本当に逢えるとは」
 ジヨンはチェスンの素性を何も知らない。そう考えたとしても無理はなかった。最初に出逢ったのが曹さんの本屋だから、ここのことを真っ先に思い浮かべたのだろう。
 二人は店を閉めた筆屋の前で向かい合った。
「君と君のご主人には何とお礼を言って良いか」
 ジヨンは笑った。
「母を殺した真犯人も逮捕された。後は法が裁いてくれるだろう。犯人が判っても母が生き返るわけではないけれど、これで少しは浮かばれたと思うよ」
「そうね」
 チェスンは心から頷いた。チェスン自身、長らく謀反人扱いされてきた父の無実が判った時、似たような気持ちになった。たとえ父は生き返らずとも、無念が晴らされただけで、息子としては救われた想いがしたものだ。
「ご主人にも僕が感謝していると言っていたと伝えて欲しい」
「判った」
 頷けば、空疎な沈黙が二人を包んだ。
 ジヨンが意を決したように言った。
「もう、逢えないんだね」
「そうね」
 本音を言えば、ジヨンとは気も合うし、これからも友達でいたい。けれど、友達でいることは幾ら考えても、無理だ。チェスンにはソンという良人がいて、〝人妻〟なのだ。
 良人を持つ〝女〟が他の男と二人きりで逢うのは許されないし、たとえ彼との間に何もないとしても、ソンの国王としての体面を傷つけることになりかねない。
 今度のことで、チェスンは国王の妃であるという我が身の立場をまざまざと知らされた。自分の軽率なふるまいがそのままソンの脚を引っ張りかねないと学んだのだ。
 また、チェスン自身、愛する男との間に隠し事はしたくない。 
「お別れだ」
 ジヨンが手を差し出し、チェスンはその手を取った。二人は、しっかりと握手を交わした。
「君のことは忘れない」
「私も、あなたのことをずっと憶えているわ」
 なかなか放そうとしないジヨンの手から、チェスンは自分の手を引き抜いた。
「さようなら」
 微笑みかけ、ジヨンに背を向ける。
 数歩あるいたところで、ジヨンの声が追いかけてきた。
「チェスン、君のご主人は国王―」
 チェスンは歩みを止めても、振り向かなかった。ジヨンの問いかけはついに最後まで発せられることはなく、語尾は消えてその場に漂った。

 いつものように宮殿の塀を乗り越え、人気のない場所を走りながら、チェスンは無事に殿舎に辿り着いた。
 これはチェスンが宮殿を抜け出すときのルートである。女にしか見えない細身だが、実は男だし、子どもの頃から塀を乗り越えるのはお手のものだ。
 そういえば、と、チェスンは懐かしくあの日を思い出した。ソンに出逢った日もお屋敷の塀を乗り越えたっけ。
 最初は、庭の枇杷に登って実を取ろうとした彼が誤って落下してきたのが始まりだった。突如として天から降ってきた少年を受け止めようとして、チェスンは慌てて走った。
 あれだけの高みから落ちたら、地面に打ち付けられて間違いなく大けがをする。あわや間に合わないかと思ってひやりとしたものの、間一髪のところで間に合った。
 ソンはチェスンを下敷きにして、真上に落ちてきたのだ。―それが宿命の出会いだった。
 よもや、自分と彼がその十一年後、国王と女官として再会するとも、身を焼くほどの烈しい恋に落ちるとも想像さえしなかった。ただ、ひたすら無邪気だったあの頃に帰りたいか。問われば、自分は否と応えるしかない。
 あの方のお側で生きると決めたのだ。覚悟したときから、後ろは振り向かないと決めた。
 ジヨンとの仲を疑われたのは正直、心外だし衝撃だったけれど、ソンに疑念を抱かせるような軽はずみをした自分にも非がある。
 あの日からも、ソンはチェスンがこうして宮外に出ていっても、知っていて知らん顔をしてくれる。
―私を信じて下さい。
 つまりは、あのときのチェスンの言葉をソンは信じてくれたということだ。その信頼を裏切らないようにしたいと、チェスンも改めて思うのだった。
 そろそろと庭から続く階を昇る。今日もいつものように女官が扉の両側に待機しているが、心得た彼女らは何も言わない。
 〝妃〟として殿舎を賜って以来、崔尚宮初め仕えてくれている女官たちとも少しずつ、信頼関係のようなものが芽生え始めていた。
 彼女たちに秘密を持っているのは、心苦しい。けれど、チェスンが愛する男の側に居続けるためには、この身体の秘密は生涯、誰にも知られてはならないのだ。
 入り口を通過し、長い廊下を進み、居室に通ずる扉の前に至った。ここにも当然ながら、女官が待機している。そこには崔尚宮もいた。
「ただ今」
 秘密を知る崔尚宮とは、今や、ある種の運命共同体のような絆が生まれつつある。
 チェスンが笑顔で言うのに、崔尚宮が小声で耳打ちした。
「国王殿下がお越しになっています」
 チェスンは眼を見開いた。ソンに隠し事をするつもりはないが、やはり、偶然とはいえ、いわくのあったジヨンと逢ったばかりだ。何か後ろめたい気持ちになってしまう。
「判ったわ」
 チェスンは頷き、開いた扉から控えの間に身をすべりこませた。そのまま居室の扉を開く。
「殿下、お越しになっていたのですね」
 いつものように笑顔で言えば、文机を前に座椅子(ポリヨ)に座っていたソンが立ち上がった。正面に来たチェスンを検分するように眺める。
「その服装は何だ?」
 今、当然だが、チェスンは後宮にいるときのような、煌びやかなチマチョゴリを着ていない。町に出るときの両班家の若夫人のように、絹製だけれども落ち着いたなりをしている。これでは言い訳のしようもない。もっとも、言い訳をするつもりも必要もなかった。
「少し散歩に出ておりました」
「ホウ、随分と長い散歩であったな。俺は、また、そなたに逃げられたかと思ったぞ」
 ソンの眉が跳ね上がる。チェスンは微笑んだ。
「失礼なことをおっしゃらないで。私がいつ殿下から逃げ出したというのですか?」
「俺というものがありながら、隠れてこそこそとシム・ジヨンと逢っていたではないか」
 拗ねたように言うソンに、チェスンはもっと近づき甘えるように見上げた。
「いまだに私を疑っておいでですか、殿下?」
 子猫のように身をすり寄せると、二十二歳の国王は白皙をほんのりと染めた。
「そなた、わざとやっているな? やはり今後は、妓房などに出入りするのは許さんぞ。恐らく、そのときに男を惑わす手練手管を憶えてきたに違いない」