韓流時代小説 炎の王妃~月明かりに染まる蝶~彼女への嘘-それが後に俺達夫婦に深刻な亀裂を招くとは | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

小説 炎の王妃~月明かりに染まる蝶~

    第三話  恋心

 

☆ ~スン、私、あなたを好きになりすぎてしまったみたい~

側室最高位にまで上り詰めたオクチョンだったが、その出自ゆえに偏見をもって見られるのは依然として変わらない。
 唯一の理解者であったスン(粛宗)に心の変化が? スンが政略結婚で結ばれたイニョン王妃を大切にするのは、彼の優しい性格によるものだと信じていたのに、どうやら粛宗は王妃を一人の女として愛しているようなのだ。 
 ―大好きな彼の眼に映じるのは、私だけじゃなければ嫌。
 粛宗の心が王妃に傾いてゆく分だけ、オクチョンの粛宗への恋情は深まってゆく。スンを好きになりすぎたオクチョンの心に次第に王妃への妬みが生まれ―。
 そんな中、月の美しい夜、粛宗は美しいムスリ(下級女官)の娘に出逢うのだが―。
************************************************************************ 

 

 粛宗はその

 

―一切の嘘偽りは許さぬ。
 と言われ、御医は真実をすべて大妃に話したという。御医の前で大妃は顔色一つ変えず、狼狽えもせず、すべての話を聞き終え、
―ご苦労であった。
 と、ねぎらいまでした。
―母上のご病気は、そこまで深刻なものなのか?
 最初にまず切り出したスンに、御医ははっきりと長くて数年、最悪の場合は数ヶ月から半年と余命宣告をした。大妃の病気は正しく言えば、更年期障害ではない。偏った食事と運動不足からくる一種の高血圧症状であった。しかし、当時の医学では、それが更年期からくる血の道、つまり頭に血が上りやすいために起こる発作と大雑把に診断されてしまったのだ。
―今度、どのように対処すれば、母上のご寿命を最大限、引き延ばすことができる?
 最後に問えば、御医は恭しく言上した。
―できるだけ、御心を安らかに保つのがいちばんの薬にございます。
 既に適切な薬などは調合して、現在、できる限りの投薬治療はしているという御医の報告に、スンもまた御医の労をねぎらって帰した。 
 御医の言葉は的中した。ゆえにこそ、昨日、オクチョンが姿を現したことで母は癇を立て、発作を起こしてしまったのだろう。オクチョン自身には何の罪もないけれど、余計なことをしてくれたという意識はやはりぬぐえない。
 母大妃がオクチョンを毛嫌いしているのは、オクチョン本人も嫌というほど知っているはずだ。オクチョンが訪ねていかなければ、母が倒れることもなかったのではないかと考えてしまう自分がいる。事実、これは後で知ったことだが、王妃はオクチョンに大妃殿に行くのを止めたらしい。
 不幸なことに、王妃の意向を伝える使者が就善堂に着いた時、オクチョンは既に大妃殿に向かった後だった。
 母は余命幾ばくもないことを、息子である自分にまで隠していた。その裏には、粛宗にというよりはオクチョンに知られたくないという母の強い想いが隠れている。であれば、自分は息子として母の余命について余計なことをオクチョンに言うべきではない。
 たとえオクチョンをどれほど愛していようとも、母子の繋がりは強く、血で結ばれた親子の情は絶とうとしても絶てるものではない。思えば、この長い年月、自分はオクチョンへの愛に溺れたため、あまりにも母を遠ざけすぎた。
 女への情は情として、実の母親に対して、あまりに不実な行いではなかったのか? 今になって、粛宗の心には母につれなかった自分に対しての自責の念がいや増していた。
 それは、やはり大妃の生命が長からぬことを知ったからではあったろうが、大妃が余命について実の息子ではなく嫁の王妃にだけ伝えていたことも愕きであった。つまりは、母はそこまで王妃を信頼しているという証でもある。
 父である先王顕宗も若くして亡くなった。まだ働き盛りという年だったのだ。父が亡くなった時、自分はまだ十三歳の少年だった。すぐに即位したものの、年少の王を戴いた臣下たちは不安を隠せず、当時、先王のただ一人の妻であり王妃であった母に垂簾の政を望む廷臣たちも多かったと聞く。
 つまりは少年王に代わり、母后が王が成人するまで政を見るということだ。古来、まだ幼少である王が立った時、垂簾の政はしばしば行われ、珍しくはない。
 それでも、母は毅然として廷臣一同が居並ぶ中で宣言した。
―国王殿下は既に御年、十三歳におわします。十三歳といえば、十分に成年とみなされる年頃。しかも主上はお若くとも英明であらせられる。今更、この母ばしゃしゃり出る必要はない。
 このひと言で、粛宗は弱冠十三歳ながら、この国の王として親政を行うことになった。とはいえ、大妃である母が目立たない立場で後見をしたのは言うまでもない。
 大概の女人であれば、たとえ我が子といえども権力欲から垂簾の政をしたがるものだし、ましてや廷臣一同から請われれば一も二もなく承知しただろう。なのに、母はきっぱりと断り、息子を陰から見守る立場を選んだ。それは息子への深い愛と信頼からのものだった。
 そんな愛情深い母を自分はあまりに蔑ろにしすぎた。母がオクチョンに知られるのを望まないならば、今ここでオクチョンに真実を告げるべきではない。
 即座に判断した粛宗だった。しかし、彼は今までオクチョンに嘘をついたことはなかった。初めて求婚した時、彼女はまだ彼の正体を知らず、既に妻が居ると告げたら、オクチョンは彼の求愛を拒んだ。
―私は大勢の女と良人の愛を分け合いたくない。
 あの時、彼女はそう言った。仮に彼が妻はいないと嘘をつけば、オクチョンは容易く彼の手に墜ちただろう。けれど、スンは敢えて真実を告げた。愛しいと思った女に嘘をつく卑怯な手を使いたくなかったからだ。手に入れるなら正々堂々と彼女と向き合いたかった。
 あのときは一旦断られたものの、その後、宮殿で再開し、オクチョンは彼の許に来てくれた。初めて知り合ったあの日から、彼はオクチョンに偽りを囁いたことは一度たりともない。愛する者には常に隠し事はせず、真実を明かすべきだというのが彼の信条であった。
 だが、この日、彼は初めてオクチョンに嘘をついた。そのせいでスンの表情が冴えなかったことに、オクチョンが気づくはずもなかった。
 オクチョンはオクチョンで、スンの王妃への想いに気づいてしまったことで動揺していたからだ。
 綻び始めた絆は意外なほどに脆いものだと、この時、誰もが知らなかった。その綻びは気づかない中に少しずつひろがり、やがて気づいたときには修復不可能なほどになっている。オクチョンもスンもまだ、そのことを知らなかった。
 人の心は存外、弱いものだ。ひとたび亀裂の入った信頼がいとも容易く崩れ去ることを知る人は少ない。

 大妃が倒れて五日目のことである。粛宗は大妃殿を訪れていた。少し遅めの朝食を手ずから母に食べさせていた。大妃殿への見舞いはここ数日、彼の日課となりつつある。
 もっとも、オクチョンを側に置くまで、彼はいつも母を訪ねて挨拶するのを欠かしたことはなかった。考えてみれば、寵愛する女のために大恩ある実の母を蔑ろにするなど、本来は許されるべきではない親不孝ではないか。
 これからは以前のように母を再々訪ねようと、彼は今までの大人げない行動を悔いてさえいた。
 大妃の乳姉妹でもある尚宮が小卓に乗せた粥を運んでくる。粥だけでなく、もやしと青菜を上品な味付けで煮込んだものや、珍しい果物など、大妃の好物ばかりが並んでいる。
 姉妹のように育った尚宮は、大妃の好みは恐らく大妃自身より心得ているのかもしれなかった。そんな忠義の者が母の側近くにいることを粛宗は心からありがたいと思う。
「母上、今日の果物は蜜柑にございます。お粥を召し上がった後、私が剝いて差し上げましょう」
 王の何気ない声を聞いた尚宮が狼狽した。
「殿下、そのようなことは私めが致します」
 粛宗は笑顔で振り向いた。
「構わぬ。私がして差し上げたいのだ」
 大妃より数歳年長のこの尚宮は、粛宗にとっても気心の知れた伯母のようなものだ。彼が幼い頃はこの女に負われたこともあったのだ。
「畏まりました」
 尚宮も微笑んだ。そのままの笑顔を大妃に向ける。
「大妃さまは、国王殿下がまた、こちらにお越しになってからというもの、とてもお具合がよろしいのです」
 粛宗はわずかに後ろめたい想いで母を見た。
「これまで、あまりに無沙汰を続けてしまいました」