高麗王殿下、助けて―後宮を出た私は数人の若い男たちに囲まれて怯えるばかりで 小説 砂漠の蒼玉姫 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話 砂漠の蒼玉姫【サファイア】

 ~何故、私はあなたを愛してしまったの?

 あなたは私から大切な家族を奪い、祖国を

 攻め滅ぼした憎い敵なのに~。

  

 砂漠の小国夏陽(かよう)の国王の一人娘であるフィメリアは

「砂漠に落ちたサファイア」と吟遊詩人からその美貌を讃えられ

 る可憐な姫だった。

 しかし、彼女の美貌を噂に聞いた元(モンゴル)帝国の皇帝が

 フィメリアを後宮に入れたいと夏陽国王に申し出て―。

 何度も拒絶されたモンゴル皇帝は激怒して、冊封国であった

 高麗の王に夏陽を滅ぼすようにと命ずる。

 夏陽国王夫妻と兄皇太子と幼い弟王子は自刃、炎の中で壮絶

 な最後を遂げ、フィメリアは一人、焼け落ちる城から落ち延びた。

 混乱を来し、逃げ惑う人々の中で彼女を助けてくれたのは、「王 讃」と名乗る凛々しい青年だった。

 

 

喪失、そして愛、ふたたび

永明公主が深い憂愁に沈んでいたその頃、フィメリアは高麗の都開京(ケギョン)の下町に潜んでいた。
夜陰に紛れて王宮を逃れ、はや丸一日が過ぎようとしている。今回の逃亡はお付き女官世羅が手を貸してくれたからこそ、なし得たといえる。もちろん、フィメリア自身は世羅を途方もない企てに巻き込むつもりは毛頭なかった。けれども、フィメリアの固い決意を聞いて自ら助っ人を買って出たのだった。
最初、世羅は顔色を変えてフィメリアの無謀ともいえる計画を諫めた。
―姫さま、それはあまりに無謀すぎます。万が一、無事に宮外に出られたとして、その後、どうなさるというのですか?
王家の姫として生まれ育ったフィメリアは、労働というものを知らない。そんな世間知らずの若い娘がたった一人で、どうやって生きてゆくのかと問われた。
だが、フィメリアは微笑んだ。
―王宮を出られさえしたら、後は何とでもなるわ。西域に行く隊商が開京から定期的に出るでしょう。その隊商に紛れ込んで、下働きとしてでも働かせて貰いながら夏陽に帰ろうと思うの。
世羅は控えめに言った。
―しかし、夏陽という国はもう存在しないのですよ。
フィメリアの白皙が翳ったのを見、世羅は狼狽えた。
―申し訳ございません。心ないことを申しました。
フィメリアは哀しげに微笑んだ。
―良いのよ、世羅の言うことは真実だもの。確かに夏陽はもう存在しないわ。でもね、世羅。夏陽のあった場所に、今も人は住んでいると思うの。戦の直後は民も恐れをなして散り散りになってしまったけど、きっと少なくとも何人かは祖国を忘れ得ず戻ってきているはずよ。だから、私もその一人として、いいえ、夏陽の王族のただ一人の生き残りとして、夏陽に帰るべきだと考えたの。
世羅はフィメリアの言葉に息を呑んだ。
―もしや姫さまは夏陽再興をお考えに?
その問いには、フィメリアは否定した。
―自分にそれだけの力があるとは思えないもの。ただ、お父さまやお母さま、お兄さま、フィメルが最後を迎えた場所に、私が生まれ育った場所に帰りたい。
それ以上、世羅はもう何も言わなかった。ただ、フィメリアの決意が固い以上、自分もできるだけの協力をすると告げた。
当日の夜、世羅は女官長に宿下がりを願い出た。夜が更けてから世羅は女官のお仕着せを纏ったフィメリアと共に後宮を出て、更には王宮の正門まで行った。フィメリアは予め亜麻色の髪を黒く染めていた。用心のため更に外套を頭上から被った。
通常、宮殿の門は定時には閉まり、以後の外出はできない定めである。しかし、世羅の場合は事前に女官長の許可を得ていたので、特例が許された。
だが、門兵もそこまで甘くはない。案の上、通行証を出した世羅の隣に佇むフィメリアを見咎めた。
―その者は? 許可証には、そなたの名前だけしか記載されておらぬようだが。
鋭い眼で誰何されても、世羅はうっすらと笑みさえ湛えていた。
―この娘(こ)、許婚がいるんです。でも、女官に上がってからは滅多に逢えなくて。許婚の住まいが私の実家の近くなので、ついでに連れていってと頼まれたんですよ。
―駄目だ、駄目だ。許可を得ておらぬ者を出すわけにはゆかん。
そこで、世羅はフィメリアから託された翡翠の指輪を袖から出し、門兵の手に握らせた。
―これを。
―うん? いや、こ、これはいかん。このようなものを受け取るわけにはゆかん。
三十半ばほどのいかにも生真面目そうな男は気の毒なほど狼狽えたが、世羅は殊勝な様子で囁いた。
―私からのほんの気持ちです。奥さまに差し上げたら、歓ばれるでしょうし、お金に換えても纏まった額になるのではないかしら。
―うむ、仕方ないな。お前たち、いつ帰って来る予定だ?
問われ、世羅は素知らぬ顔で応えた。
―明日の朝までには戻ります。
―そうか、明朝なら、まあ良かろう。朝の勤めが始まるまでには必ず戻ってくるのだぞ。
―はい。
世羅は淑やかに頷き、かくして二人はまんまと王宮の外へ出ることができたというわけだ。
世羅とは正門を出てしばらくのところで別れた。世羅はせめて商館までは付き添うと申し出たのだけれど、これ以上の迷惑をかけることはできないと断ったのだ。
これから先は長く、危険な旅になる。無事に王宮を出られたのは奇蹟のようなもので、いつ何時、追っ手に捕まるやも知れなかった。
捕らえられた場合、どうなるかは判らない。当然、讃は激怒しているだろうし、今度こそ元国に送られる可能性もある。フィメリアはまだ追放だけで済むだろうが、側仕えにすぎない世羅は厳罰に処せられるのは必定だ。恩人をみすみすそんな目に遭わせられるはずもない。
―どうかご無事で。
世羅は何度も後ろを振り返りながら、去っていった。
―世羅も元気でね。道中、気を付けて。
世羅はこの後、恋人と合流して元国を目指すという。世羅は高麗王の想い人であり虜囚のフィメリア逃亡に手を貸した。王への反逆に相当する罪を犯したからには、高麗国内にはいられない。
これから恋人と元まで落ち延びて、夫婦となり一からやり直すのだと笑って話していた。
短い間ではあったけれど、世羅はフィメリアに忠誠を尽くしてくれた、なくてはならない人だった。フィメリアもまた涙を堪えて世羅を見送った。
物陰で夜明けを待ち、フィメリアは商館を訪ねた。ところが、事は思い通りには運ばなかった。やはり、姫育ちのフィメリアの思惑は甘すぎたのだ。
商館を訪ねて商団を率いる行首(ヘンス)に逢わせて欲しいと頼んでも、にべもなく追い払われた。眼前で無情に閉ざされた扉を何度も叩いて再度、副行首だという若い男が出てきたものの、今度は
―お前は外国人だろう。あまりにしつこくすると、役人を呼ぶぞ。
と、脅され、引き下がるしかなかった。
ここで役人に見つかってはまずい。世羅が身の危険を冒してまで逃亡に手を貸してくれたのも無駄になってしまう。
フィメリアは泣く泣く諦めた。
―やはり、私は甘かったのね。
世羅の心配が早くも的中してしまったようである。宮殿を出てからのことを思い出していたフィメリアは大きな息を吐いた。
改めて振り返ると、夢中で歩いている中にいつしか町外れまで来てしまったようである。
夏陽にいた頃も、滅多に下町に脚を踏み入れたことはない。貴族や豪商の邸宅が多い都の中心と異なり、粗末な小屋のような家が軒を連ねている。
物珍しげに周囲を眺めていると、ふいに声をかけられた。
「娘さん、誰をそんなに探してるんだ?」
振り返ると、数人の若い男たちがたむろしている。皆、その日暮らしの民らしく、粗末ななりをしている。眼だけが異様に光って、何だか怖いような雰囲気が漂っているのは気のせいだろうか。いつ追っ手に見つかるかと怯えているせいかもしれない。
「あ、あの」
フィメリアは目深に被った外套越しに、男たちを見つめた。
「邪魔だよ、邪魔。こんなものを被ってちゃ、可愛い顔が見えないだろ」
男が無遠慮にフィメリアの被った外套を引きはがした。
「あっ」
悲鳴を上げたフィメリアを男たち貪るように眺めている。
声をかけてきた長身の男が感嘆めいた声を上げた。
「綺麗な娘っこだ」
「あ、私」
数人はいる男たちの一人が声を上げた。
「こいつ、外国人だ。見ろ、眼が蒼いぜ」
「本当だ、珍しい色の眼をしてるな」
最初の男が問うた。
「お前、西域から来たのか? 俺たちの言葉が判るのか?」
怯え切ったフィメリアは救いを求めるように周囲を見回したが、既に夜もかなり更けた刻限のせいか、元々人通りの少ない場所柄なのか、近くに人影はなかった。
「言葉、少しだけ、判る」
フィメリアは高麗の言葉も自在に操れるが、やはり母語ではないため、焦ったりすると舌足らずになり、上手く話せなくなる。
今も、どもりそうになりながら、やっと応えた。と、男たちが顔を見合わせ、ドッと笑う。
「片言だぜ」
「可愛いな。高麗の女とは顔立ちが違う」
「間違いなく西域の女だぞ」
長身の若者が進み出た。
「なっ、俺たちと一緒に遊ばないか? 食べるものも寝るところもあるぞ」
「俺たちが色々と教えてあげるよ」
どこか卑猥な響きがこもった嫌な言い方に、男たちがまた湧いた。