私は後宮という鳥籠はイヤ、広い砂漠で自由に生きたいの―寵姫逃亡に王は激怒して 小説 砂漠の蒼玉姫 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話 砂漠の蒼玉姫【サファイア】

 ~何故、私はあなたを愛してしまったの?

 あなたは私から大切な家族を奪い、祖国を

 攻め滅ぼした憎い敵なのに~。

  

 砂漠の小国夏陽(かよう)の国王の一人娘であるフィメリアは

「砂漠に落ちたサファイア」と吟遊詩人からその美貌を讃えられ

 る可憐な姫だった。

 しかし、彼女の美貌を噂に聞いた元(モンゴル)帝国の皇帝が

 フィメリアを後宮に入れたいと夏陽国王に申し出て―。

 何度も拒絶されたモンゴル皇帝は激怒して、冊封国であった

 高麗の王に夏陽を滅ぼすようにと命ずる。

 夏陽国王夫妻と兄皇太子と幼い弟王子は自刃、炎の中で壮絶

 な最後を遂げ、フィメリアは一人、焼け落ちる城から落ち延びた。

 混乱を来し、逃げ惑う人々の中で彼女を助けてくれたのは、「王 讃」と名乗る凛々しい青年だった。

 

想いに沈むフィメリアに、王女が静かに語りかける。
「それでも、フィメリアさまはここを出てゆくのね?」
その瞬間、フィメリアは幾ばくかの迷いを憶えた。讃が最初に持った側室に対して示した思いやりは、何より彼の人柄を物語っている。
そう、私はまだ彼をこんなにも好きなのだ。フィメリアは改めて我が心を覗いた想いがした。初めて出逢った瞬間から、彼と同じようにフィメリアも彼に惹かれ、忘れられなくなった。
けれど、讃は祖国を攻め滅ぼし、大切な家族を死に追いやった仇。けして愛してはならない男だと思って自分の恋心から眼を背けた。
そして、讃からも恋情を打ち明けられ、妻になって欲しいと乞われた。彼も自分を好きなのだ、両想いなのだと判っても、讃が憎い敵だという事実は何も消えないし変わらない。彼を求める心は強かったが、かといって、すべてを忘れて彼を受け容れるには、二人の立場はあまりにも複雑すぎた。
讃は彼を拒絶したフィメリアに憤り、彼女を強引に我が物にしてしまった。初めて抱かれてからも、いつも容赦なく彼女を押し倒し、欲望のままに抱いた。それで讃に対する恋情も消えたのかと思いきや、彼を想い続ける気持ちは心の奥底を切々と流れている。それはけして涸れない川の流れのようでもあった。
手酷く抱かれる度に心は悲鳴を上げ、讃が寝所から出ていった後、屈辱に声を忍ばせて泣いた。その度に讃を恨もうとし嫌悪しようとしたけれど、いつも失敗に終わった。
結果、判り得たことは一つだった。
―こんな目に遭わされても、私はまだこの男を愛している。
それでも、フィメリアは讃の隣に立つことはできない身の上だった。彼は父母、両親を殺し、夏陽国を滅ぼした張本人だから。
仇の妻となって、どうして死んだ両親や兄弟に顔向けできるだろうか。
フィメリアの取るべき道は一つしかない。彼女は小さく息を吸い込み、王女を見た。
「私が生きてゆく場所はここではないと思うの」
「そう」
王女の愛らしい顔に落胆が走った。フィメリアは王女の小さな手を両手で包み込んだ。
「今まで、ありがとう。あなたがいてくれたから、私は高麗での暮らしにも何とか耐えられた。あなたが私を姉だと言ってくれたように、私もあなたを妹だと思っているわ」
「フィメリアさまにとって高麗での日々に苦しみと哀しみしかなかったと知って、残念よ。それでも、私たちの友情は本物よね?」
王女が縋るような瞳で見ている。フィメリアは深く頷いた。
「もちろんよ。ここでの暮らしも辛いことばかりではなかった。愉しいことだってあったもの。だから、気にしないで」
王女と庭を散策したり、お菓子を食べながらお茶を飲んだり。それなりに愉しいひとときもあったのは確かだ。
それに、ここにいれば、彼の顔を見ていられた。たとえ彼が後宮に来なくなっても、宮殿にいるだけで彼の側にいられるのだと実感できた―。
だが、そろそろ終わりにしなければならない。この想いは断ち切らなくてはならないのだ。
フィメリアは微笑んだ。
「明容さま、恋い慕う方とどうかお幸せになってね」
「フィメリアさま」
王女がわっと泣き出し、フィメリアは本当の妹にするように王女の小柄な身体を優しく抱きしめた。
物言わぬ紅椿だけがただ二人の少女たちの涙の抱擁を静かに見守っていた。

 


永明公主―明容の葛藤は大きかった。夏陽国の王族、たった一人生き残った王家に連なる血筋であるフィメリア。高麗の長い冬に降る雪のようにすべらかな膚、深く澄んだ夏の空のように鮮やかな碧眼を持つ美しい王女だ。この夏陽国王の娘を明容は姉のように思っている。
フィメリアが心底から望むなら、彼女の望むがままにさせてあげたい。また、年下の自分を友だと言ってくれる彼女を敵に売り渡すような行いはしたくなかった。それでなくても、明容は夏陽を滅亡させた高麗王の妹なのだ、心優しいフィメリアは一度だって態度に出したことはないが、明容を敵将の妹だという認識は棄てられなかったに違いない。
それでも、フィメリアは明容を妹のように可愛がってくれたのだ。明容にはフィメリアを〝売る〟つもりはないけれど、結果として、これから我が身がしようとしていることはフィメリアを大切な姉とも友とも慕う彼女にとっては同じ意味を持つだろう。
明容が意を決し兄である高麗王の執務室を訪ねたのは、フィメリアと別れた翌朝であった。
その朝、宮殿は俄に色めき立った。後宮に囚われの身となっていた夏陽の王女フィメリアが忽然と姿を消したからである。むろん、高麗に不慣れなフィメリアが一人で脱走できるはずもなく、フィメリアと一緒に世話係を務めていた女官世羅もいなくなっていた。
世羅の手引きでフィメリアが城外に出たことは明らかだった。直ちに王の命を受けた兵士が世羅の実家を包囲したが、当然というべきか、世羅が実家に立ち寄った痕跡はなかった。異国と高麗を行き来して手広く商いをしている父も、いかにも大人しげな金髪碧眼の母も娘の不始末を聞いて、ただ困惑するばかりだった。
調べたところ、世羅の恋人だという若い男も時を同じくして行方をくらましていた。これらのことから導き出される結論は一つ、世羅はフィメリア逃亡に手を貸した。フィメリアは国王の想い人であり、同時に亡国の姫として虜囚となっていた。
そのフィメリアを逃亡させることは即ち、国王に対する反逆罪となる。そこまで大罪を犯したからには最早、高麗国内にいられるはずもなく、最悪、身の危険をも覚悟しなければならない。世羅とその恋人が手に手を取って高麗を棄て国外に逃げたのは当然ともいえた。世羅の恋人は父の商館を手伝う使用人であった。
その報を受けた時、讃は便殿の執務室で政務を執っていた。丞相から報告を受けた若い王は、狼狽を隠せない様子だった。歳の割に沈着で思慮深い王がここまで動揺を露わにするのは珍しい。
「―かが致しますか?」
フィメリア姫逃亡。予期せぬ事実を突きつけられ、讃は自分でも滑稽と思えるほど狼狽えているのを自覚していた。
丞相がしきりに何か言っている。讃は片手を上げ、丞相を制した。
「済まぬ。聞いていなかったようだ。もう一度、繰り返してくれ」
丞相はあからさまな溜息をつき、心もち声の調子を高くした。
「フィメリア姫のお付き女官世羅については、どう致しますか? 二人を追捕することも含めて世羅の父親に厳罰を与えることも検討しておりますが」
「必要ない」
丞相がハッと息を呑んだ。
「捨て置いてもよろしいのですか?」
「今になって女官を捕らえても意味はあるまい。ましてや、父親は何も知らぬのだ。そのような者を捕らえて罰を与えて何とする。捨て置け」
讃は淡々と言い、丞相を見た。
「それよりもフィメリア姫の行方は追っているのであろうな」
「はい、むろんにございます。こちらはフィメリア姫逃亡が発覚してすぐに四方に追跡を放ちました」
「あい判った。少し一人で考えたい」
讃の言葉に、丞相は恭しく頭を下げて出ていった。
丞相と入れ替わりに入ってきたのは、妹の永明公主である。妹想いの讃も流石にこのときばかりは妹の来訪を歓迎する気にはなれなかった。
「悪いが、今は取り込み中だ。用があるなら、また後にしてくれないか」
取りつく島もなく追い払われても、王女はいつものように〝酷い〟とむくれるわけでもない。ただ何か言いたげな表情で立っている。これはただ事ではないと察した讃は、居室の片隅に控えていた大殿内官をも下がらせた。
「これで人払いはしたぞ」
妹の眼を見つめ、讃は静かに言った。

一方、永明公主は、どのように切り出すべきか考えあぐねていた。だから、兄王の方から話を振ってくれたときは正直、ホッとした。
「そなたはフィメリアと随分仲が良かったな。俺に話したいのは、フィメリアのことか?」
兄の言葉に、王女は軽く頷いた。
「ええ」
兄は小さく首を振り、傍らの円卓を指した。
「座って話そう」
促され、王女は椅子に座った。円卓を挟んだ向かい側に兄が座る。兄は両手を膝に置き背筋を伸ばして真正面から彼女を見た。
王女は罰の悪い想いで兄から視線を逸らし、所在なげにさ迷わせた。
「実は私、フィメリアさまが逃げることを知っていたの」
ダンと、いきなり物凄い音が円卓で響き、王女は飛び上がった。兄が拳を卓に打ちつけたのだ。
「何故、それを早くに言わなかった?」
視線だけで射殺されそうな烈しさで見つめられ、王女は背筋が粟立った。妹を可愛がる兄がこんな眼をして自分を見るのは初めてだった。