いきなりの強引なキス―姫が俺を敵だというなら、俺は征服者らしく、そなたを抱こう 小説砂漠の蒼玉姫 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話 砂漠の蒼玉姫【サファイア】

 ~何故、私はあなたを愛してしまったの?

 あなたは私から大切な家族を奪い、祖国を

 攻め滅ぼした憎い敵なのに~。

  

 砂漠の小国夏陽(かよう)の国王の一人娘であるフィメリアは

「砂漠に落ちたサファイア」と吟遊詩人からその美貌を讃えられ

 る可憐な姫だった。

 しかし、彼女の美貌を噂に聞いた元(モンゴル)帝国の皇帝が

 フィメリアを後宮に入れたいと夏陽国王に申し出て―。

 何度も拒絶されたモンゴル皇帝は激怒して、冊封国であった

 高麗の王に夏陽を滅ぼすようにと命ずる。

 夏陽国王夫妻と兄皇太子と幼い弟王子は自刃、炎の中で壮絶

 な最後を遂げ、フィメリアは一人、焼け落ちる城から落ち延びた。

 混乱を来し、逃げ惑う人々の中で彼女を助けてくれたのは、「王 讃」と名乗る凛々しい青年だった。

 

「その男がそなたの想い人なのか?」
フィメリアはその問いにも黙(だんま)りを通した。
讃がそんな彼女を見つめ、大きな息を吐き出した。
二人のやりとりを女官の世羅がはらはらした様子で見守っている。讃は顎をしゃくった。
「しばらくフィメリアどのと二人だけで話したい。人払いしてくれ」
世羅は深々とお辞儀して、側を離れていった。
「先日の話だが」
フィメリアは頑なに首を振った。
「私の応えなら、もう決まっています」
彼女は讃を真正面から見た。
「寺に入ります」
刹那、讃が目を瞠った。しばらく彼から声はなかった。針で突けば割れそうな緊迫感が満ちてゆく中、讃が唐突に問うてくる。
「恋人がいるというのに、何故、仏門になど入る?」
「それが私の運命(さだめ)だからです」
「それでは俺の質問の応えになってない。俺は何故、惚れた男がいるのに、みすみす女としての幸せを棄てるのかと訊いているんだ」
「応えたくありません」
あくまでも言い張るフィメリアを、讃は感情を消した瞳で見返した。
「俺と、生きてくれないか」
「え?」
突如として放たれた言葉に、フィメリアは信じられない科白を聞いたような気がした。
「もう一度言う。夏陽国の国王夫妻や兄弟の喪が明けたら、俺の許に来て欲しい」
フィメリアは震える声で言った。
「何をおっしゃっているのですか?」
讃がもどかしげに言った。
「判らないか。言葉どおりだ。俺はそなたに求婚している、フィメリア」
フィメリアは烈しく首を振った。
「無理です」
「何故だ? どうせ嫁ぐなら、誰でも同じだろう。俺にはまだ正妃はいない。幼いときに婚約した相手はいたが、十年後に流行病(はやりやまい)で亡くなった。この歳で正妃がいないのを大臣たちも気にして王妃を迎えろとせっついている」
「高麗の王は元の皇族の姫を娶られるのではありませんか?」
フィメリアは何とかして讃に翻意させようと懸命になった。
「俺は特別だ。何しろ母上は元の皇帝と従姉弟同士だからな」
讃は何かに憑かれたかのように言い募った。
「そなたは惚れた男がいるというのに、世捨て人になるという。そこまで生きることに捨て鉢ならば、相手が誰であろうが構うまい。俺はそなたをひとめ見たときから、忘れられなかった。そなたが夏陽の姫だと知った瞬間から、そなたを妻にという願いは常にあった。さりながら、そなたに恋人がいると聞かされ、そなたが幸せになるならばとこの想いは告げないつもりだったんだ」
その時、胸に去来した想いは何だったのだろう。ただ一つ、判ったのは自分もこの男、讃を好きなのだという事実だけだった。
けれど、それは到底、自分でも認めがたい想いだった。幾ら元皇帝に命じられたとはいえ、讃は高麗国王であり、夏陽国を攻め滅ぼした張本人なのだ。高麗王のために穏やかな刻を紡いでいた夏陽の平和は破られ、国王一家は自刃、高麗の兵士によって国は蹂躙され、生き残った民も散り散りになった。
両親や兄弟を殺した憎い敵の妻になどなれるはずがない。その一念がフィメリアの讃への想いを強く戒めていた。
だが、その一方で、フィメリアは間違いなく讃に惹かれていた。彼が抱いている誤解を解きたかった。あの姿絵の男は恋人などではなく、二十歳で非業の死を遂げた兄だと、本当は恋人などいないのだと言いたかった。そんな幻の男はこの世界中どこを探してもいないのだと打ち明けたかった。
フィメリアは腰帯から下げている懐剣を手にし、静かに鞘を払った。
「あなたは忘れているのではありませんか? 私は夏陽国王の娘なのですよ。そして、あなたは父や母、兄と弟を殺した仇なのです。出兵を命じたのは元皇帝かもしれませんが、軍勢を率いて夏陽を攻め滅ぼしたのは高麗王、あなたです。私はたとえこの生命尽きることがあったとしても、元皇帝とあなたを憎みます」
それに、と、フィメリアは涙ぐんだ眼で続けた。
「恋人を裏切ることはできません。どうでもあなたが私を妻にと仰せなら、私は今、この場で生命を絶ちます」
母の形見の懐剣を振り上げ、讃を決然とした眼で見返す。
讃が別人のように惛(くら)い顔で言った。
「それがそなたの応えなのか、フィメリア。俺の妃になるよりは死を選んだ方がマシだと」
「はい」
フィメリアは懐剣を構えたまま、讃から視線を逸らさず頷いた。
讃がフと乾いた笑いを零す。
「なるほど、そなたの応えはよく判った。ならば、俺も遠慮はしない」
次の瞬間、フィメリアは何が起こったのか判らなかった。正気に戻ったときには、逞しい男の腕に細腕を掴まれてねじ上げられていた。
「痛―」
あまりの激痛に呻いた彼女の手から、懐剣が落ちた。
「そなたは先刻、俺を仇だと言った。そうだ、間違いない、俺はまさしく夏陽を、そなたの故国を滅亡させた高麗の王だ。俺を憎むなら憎めば良い。俺は征服者らしく囚われの身となったそなたを我が物にするとしよう」
フィメリアは信じられない想いで讃を見た。心のどこかで彼を信じていた。彼の言うとおり、讃の取った行動は一国の王としては仕方のないものだと理解もしていた。
元帝国ほどの大国の命令を小国にすぎない高麗が断れるはずがない。あの時、高麗王が命令に従っていなければ、夏陽と同じ道を辿って元に攻め滅ぼされていたに違いない。
政とは、一国を背負う王とは、そこまで非情にもならねばならないのだ。それは夏陽国王の娘として父の姿を見てきたフィメリアには判る。
普通に考えれば、高麗王の立場ならば元皇帝が執着し欲していたフィメリアを捕らえれば、すぐに元に送るだろう。その方が皇帝の心証も良くなるし、高麗に余計な波紋を呼ばずに済むからだ。
しかしながら、讃はフィメリアを元に引き渡すこともせず、客人として丁重にもてなした。また、道端にうち捨てられていたレセの骸をも約束を守って手厚く葬ってくれた。
すべてが讃という男の人柄を物語っている。彼は誠実で優しい男だ。
そんな讃にフィメリアもまた惹かれていた。讃がフィメリアを好きだという告白をどこかで歓んでいる自分もいたのは確かだったのだ。
だが、今や讃は慎み深く優しい男ではなく、荒々しく野蛮な征服者になろうとしている。
フィメリアの思考はそこで途切れた。讃に両腕を掴まれ、グッと引き寄せられたからだ。
「良いか、故国を滅ぼされ、身のより所のなくなった女が敵に囚われればどうなるか、その身に刻み込んでおくが良い」
背中に回された手に力がこもり、顔が近づく。互いの息遣いさえ聞こえそうなほど間近に彼の顔が迫り、フィメリアは顔を背けた。
憤りを露わにした彼に強引に唇を奪われる。拒もうにも後頭部に手を添えられ、しっかりと固定されているため身動きもできない。
息苦しさにわずかに口を開けば、その隙を狙って舌を差し入れられた。逃げ惑う舌を絡み取られ、吸い上げられる。さんざん口中を蹂躙され尽くした挙げ句、漸く口付けが解かれた。
あまりに長い口付けで唇がふっくらと色づいて腫れている。讃のものか自分のものか判じがたい唾液が糸を引いて唇から滴り落ちていた。
フィメリアは汚いものでも拭うように、唇を手のひらで幾度もこすった。
「私もレセと同じだし、あなたもレセを陵辱した男たちと同じ。この国の男たちは王さまも兵士も皆、冷酷で血も涙もない人ばかりなのね」
「何―だと?」
讃の双眸が妖しく燦めいた。これまで見たことがないほど剣呑な雰囲気を纏っている。実際のところ、フィメリアは彼が怖くて堪らなかった。だが、ここで弱気を見せては夏陽国の最後の生き残りの王族として誇りが廃る。
「やれるものなら、やってみれば良い。たとえ身体はあなたの好きにできたとしても、心までは自由にさせないんだから」
「可愛げのない女だ」
吐き捨てるように言い、讃がフィメリアに近づく。激昂した彼の剣幕に気圧され、フィメリアは一歩後退した。
背中に回った手に力がこもり、また強く引き寄せられる。懸命に拒んでも、所詮は男と女の力、猫が虎に刃向かうようなものだ。抵抗は呆気なくねじ伏せられ、フィメリアの可憐な唇を讃の唇が再び塞ぐ。
その瞬間。
「ツ」
讃が呻き声を上げ、フィメリアから離れた。急に突き放された彼女の身体が均衡を失い、傾ぐ。
讃の唇から鮮血が糸を引いて滴っていた。