私が貴方に辱められるのは亡国の姫だから?姫の「恋人」に嫉妬する王は苛立って― 小説 砂漠の蒼玉姫 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話 砂漠の蒼玉姫【サファイア】

 ~何故、私はあなたを愛してしまったの?

 あなたは私から大切な家族を奪い、祖国を

 攻め滅ぼした憎い敵なのに~。

  

 砂漠の小国夏陽(かよう)の国王の一人娘であるフィメリアは

「砂漠に落ちたサファイア」と吟遊詩人からその美貌を讃えられ

 る可憐な姫だった。

 しかし、彼女の美貌を噂に聞いた元(モンゴル)帝国の皇帝が

 フィメリアを後宮に入れたいと夏陽国王に申し出て―。

 何度も拒絶されたモンゴル皇帝は激怒して、冊封国であった

 高麗の王に夏陽を滅ぼすようにと命ずる。

 夏陽国王夫妻と兄皇太子と幼い弟王子は自刃、炎の中で壮絶

 な最後を遂げ、フィメリアは一人、焼け落ちる城から落ち延びた。

 混乱を来し、逃げ惑う人々の中で彼女を助けてくれたのは、「王 讃」と名乗る凛々しい青年だった。

 

その数日後、フィメリアは永明公主と庭にいた。王女が是非、自分の絵を描いて欲しいとねだるので、庭を散策がてら絵を描いていたのである。
折しも今、宮殿の広大な庭園は石蕗(つわぶき)の花が盛りと咲いていた。
黄色の鮮やかな花はどことはなしにこの季節に咲く菊に似ている。慎ましやかで派手さはないけれど、気高く凜とした佇まいがフィメリアは気に入った。むろん、砂漠の国であった夏陽にはなく、初めて見る花だ。

 

 


今、フィメリアは石蕗を背景に佇む王女を下書きしていた。携帯用の筆壺に筆を入れ、たっぷりと墨汁をつけて白い紙に輪郭を描いてゆく。いずれも王太后から賜ったものだ。
少し離れた場所に女官の世羅が静かに控えていた。
下書きが出来上がった時、どこからともなく黄色い蝶がひらひらと飛んできた。黄色い花に黄色い蝶とはなかなか珍しい風景もあるものだ。フィメリアは急いで最後の仕上げに筆を入れ、小さな蝶を書き入れた。
丁度、蝶が微笑む王女の指先に止まった図柄にしてみた。もちろん現実にはないことだけれども、時にはこういう遊び心も良いものだ。
石蕗の花に止まって休んでいる蝶に近づいた途端、蝶は気配を悟ったように慌てて舞い上がり、忙しなく羽根を動かしてまた、どこかに飛んでいった。
「あー、残念」
王女が心底残念そうに言うのを見て、フィメリアは笑った。
「蝶が愕いたのですよ」
と、クックッという笑い声が背後で響き、フィメリアは飛び上がった。
「そなたがはしたなく大声を上げるからだ」
背後にすぐ讃が立っていた。フィメリアは無意識に頬が熱くなるのを自覚した。けれど、何故、讃を意識しただけで、身体が熱くなるのか判らない。
自分でも理解できないことに戸惑っている中に、讃は移動して王女の隣に立っていた。
讃の気配が遠ざかったことにホッとしつつも残念に思う自分がいることにまた困惑するフィメリアである。
「明容、良い加減に少しは淑やかさを身に付けてくれ。母上もいたくご心配だぞ。そんな有り様で、来年に嫁いで大丈夫なのか?」
その何気ないひと言に、フィメリアは思わず顔をほころばせた。
「明容さま、ご婚儀が近いのですか?」
その指摘に、王女は白い頬をうっすらと上気させる。
「もう! お兄さまのお喋り」
フィメリアは微笑んだ。
「よろしいではありませんか。おめでたいことですもの。お相手はどちらの殿方なのですか」
肝心の王女は真っ赤になって応えられる状態ではない。讃が代わりに応えた。
「丞相の子息、金光俊だ。嫡子ではないが、なかなか見所のある有望な男でな。俺も大切な妹を託すのに不足はないと思っている」
「それは良かったこと。明容さま、おめでとうございます。ご婚儀はいつなのですか?」
これにも讃が応える。
「婚約したのはもう三年も前なのだが、妹があまりに子ども子どもしているゆえ、向こうも待ってくれている。祝言は来年の春だ」
「そうですか」
フィメリアは真っ赤になった明容を微笑ましく眺めた。この様子では明容も相手の男を満更嫌いではないのだろう。
望んで望まれて嫁ぐ、幸せな花嫁。亡国の姫である自分にはこれから先も生涯、縁はないであろう光景に、何故かフィメリアは泣きたくなった。明容を妬ましいとは思わないが、羨ましくはあった。
想いに耽るフィメリアを讃が物言いたげに見つめているのにも気付かない。
突如として訪れた沈黙は王女の明るい声で破られた。
「あ、その話で思い出したわ。私、光俊さまからお手紙が来ていたので、お返事を書かなければならないの。お母さまも気にしていらしたから、今日中には書かなきゃ。お兄さま、後はよろしくね」
王女はフィメリアに向かって手を振った。
「フィメリアさま、絵が出来上がるのを愉しみにしているわ」
更には兄にはすれ違いざま小声で囁いた。
「頑張ってね」
「お、お前。わざとやったな」
「ふんだ。光俊さまのことを急に暴露したお返しよ。お・返・し」
低声でのこの兄妹の会話は少し離れたフィメリアには届かなかった。
「お兄さま、フィメリアさまのことをお好きなんでしょ。この際、頑張って。ぼやぼやしてると、元の叔父さまにフィメリアさまを攫われるわよ」
この場合、〝元の叔父さま〟というのは元皇帝を指す。王太后が元皇帝の従姉という立場もあってか、この年若い王女は元国に対しては親近感を抱いている。現に二度ほど元を訪れ、皇帝はこの闊達な血縁の王女を姪か娘のように可愛がった。
裏腹に高麗王である兄讃は、どちららかといえば元には隔てを置いている。この度の夏陽国への出兵など何かと無理難題を押しつけてくる皇帝を嫌悪していた。そして、元の冊封国という立場に甘んじ、元からの過度な要求を拒みきれない自分をまた若い王は憎んでいる。
「あいつめ、しようのないヤツだ」
口ではぼやきながらも、讃の妹を見送るまなざしは限りなく温かい。優しい妹想いの兄、美しく慈愛に溢れた母、互いを想い合っている婚約者。王女はフィメリアが二度と持てないものをすべて持っている。
何故か、この時、フィメリアは投げやりな気持ちになっていた。
そんなフィメリアに頓着せず、讃はつかつかと近寄ってくると、彼女の手許を覗き込んだ。
「ホホウ、これは見事だな。母上から聞いていたが、そなたの絵がここまでだとは想像していなかった。明容には言えぬが、本物より数倍美人だ」
その言葉に、フィメリアは本気で憤慨した。
「それは明容さまに失礼というものです。本物の明容さまは私などの描いた絵より数倍お綺麗です」
先刻、婚約者の存在に触れられた時、明容は初々しい恥じらいを見せていた。頬を染めて恥じらう少女はいつになく大人びて見えた。
恋をする女は美しいものだと、王女を見ながら、つくづく思ったものだ。
「そうなのか」
讃は笑いながら幾度も頷いた。数日前にはぎこちない別れ方をしたものの、今日は既に、あのときのような気まずさはないことに、フィメリアは安堵していた。
と、彼が明容の姿絵の下になっているもう一枚の紙に気付いた。
「これは?」
フィメリアは咄嗟にそれを後ろ手に隠した。
「何でもありません」
讃が笑った。
「隠されると気になる」
素早くフィメリアの背後に回ると、彼女から一枚めの紙を奪った。
「あっ」
フィメリアは小さく声を上げた。
「返して下さい」
フィメリアは女性としてはけして背の低い方ではない。特に高麗の女性よりは夏陽国の女は全体的に身の丈はあった。だが、讃はかなりの上背があり、フィメリアでさえ見上げるほどの長身だ。
武芸で鍛えた身体は二十二歳の若者らしく逞しく、ほどよく筋肉がついている。
フィメリアは手を伸ばして讃から紙を取り返そうと試みたが、無駄な努力に終わった。
「何だ何だ、そなたがそこまで隠すとは余計に知りたくなるな」
紙に視線を落とした讃の笑顔が瞬時に消えた。紙に描かれていたのは、端麗な面立ちの貴公子だったからだ。色こそ塗られていないが、彫りの深い容貌は西域に暮らす男性のものだ。
「これは誰だ?」
讃の声がいつになく尖っている。まるで詰問されているような言い方に、フィメリアもムッとした。
何も応えない彼女に、焦れたように讃が返す。
「誰だと訊いている」
フィメリアは讃を睨みつけた。
「何故、あなたに応えなければならいのですか」
「―!」
讃が息を呑んだ。
「私が見せたくないというのに、あなたは勝手に私からその絵を奪い取ったのです。そして、今度は、その絵の人物は誰かとお訊ねになった。私がその質問に応えなければならないのは、亡国の姫だからですか」
いつしか熱い滴が溢れ、白い頬をつたっていた。
「私が捕虜だから、私を捕らえた敵国の王であるあなたの意には従わなければならないのですか!」
絵に描いているのは亡き兄、夏陽国の皇太子であった。永明公主に家族のことを訊ねられ、兄の姿絵を描いて見せたのだ。
けれど、強引に兄の絵を奪い、なおかつ誰かと詰問口調で迫る讃に事実を応える気には到底なれなかった。