私が好きなのは高麗王殿下、貴方です―なのに何故、彼に恋人がいると嘘をついたの? 小説砂漠の蒼玉姫 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話 砂漠の蒼玉姫【サファイア】

 ~何故、私はあなたを愛してしまったの?

 あなたは私から大切な家族を奪い、祖国を

 攻め滅ぼした憎い敵なのに~。

  

 砂漠の小国夏陽(かよう)の国王の一人娘であるフィメリアは

「砂漠に落ちたサファイア」と吟遊詩人からその美貌を讃えられ

 る可憐な姫だった。

 しかし、彼女の美貌を噂に聞いた元(モンゴル)帝国の皇帝が

 フィメリアを後宮に入れたいと夏陽国王に申し出て―。

 何度も拒絶されたモンゴル皇帝は激怒して、冊封国であった

 高麗の王に夏陽を滅ぼすようにと命ずる。

 夏陽国王夫妻と兄皇太子と幼い弟王子は自刃、炎の中で壮絶

 な最後を遂げ、フィメリアは一人、焼け落ちる城から落ち延びた。

 混乱を来し、逃げ惑う人々の中で彼女を助けてくれたのは、「王 讃」と名乗る凛々しい青年だった。

 

 

讃が信じられないといった表情でフィメリアを見つめた。
「そなたは優しいな。俺だったら、到底自分を土壇場で裏切った者に対してそこまで寛容にはなれない」
「最悪の状況で究極の選択を強いられれば、人は誰でも己れの安全を最優先させるでしょう。レセを責めることはできないと思います」
「そこまで仕える者を思う主人を裏切るとは」
讃は堪りかねたように首を振った。
「レセを弔って下さり、ありがとうございました」
恐らく、レセはフィメリアの眼を掠めて逃げ出した直後、敵兵に捕らえられ辱められ殺害されたのだ。そんなレセをあのまま路上に放置しておくなんて、考えただけで気が狂いそうだった。讃がレセを葬ってくれたというなら、これで哀れなレセの魂も少しは浮かばれるだろう。
フィメリアは心から讃に礼を言った。祖国を滅亡に導いた敵国の王。けれども、この男には他者を気遣う優しさがあるとフィメリアも気付いていた。
フィメリアは自分に向けられた讃の視線にハッとした。憐憫を含んだまなざしに、彼がこれからしようとしている話がけして良いものではないと察せられる。
だが、と、思い直した。亡国のたった一人生き残った囚われの王女にこの先、幸せなどあるはずがない。
フィメリアは静かな声音で切り出した。
「あともう一つ、国王殿下がお話しになろうとしたことは何なのでしょうか」
少しの迷いを見せた後、讃はひと息に言った。
「そなたの身の振り方だ」
「私の身の振り方」
彼の言葉を思わずなぞったフィメリアに、讃は頷いて見せた。
「まず、選択肢としては三つある」
フィメリアは彼の話の続きを待った。讃は何故か苛立っているようで、口早に続けた。
「一つは元に赴く道だ。元の皇帝はいまだにそなたに強い執着を抱いている」
「私に元皇帝の後宮に入れと仰せなのですね」
淡々と言うと、讃は苛立たしげに言った。
「俺はそのようなことは少しも望んではおらぬ。あくまでも廷臣たちが話していることだ」
フィメリアはうつむいた。当然、覚悟していた話だ。元々、夏陽が滅んだ原因は、フィメリアを元皇帝に差し出さなかったというのが理由だ。夏陽が滅んだとしても、いや、滅びたのなら尚更、亡国の姫としてフィメリアは元に連行される運命を辿るしかない。
むしろ、戦後、自分はただちに元国に送られるものだとばかり思っていたのに、こうして高麗に留め置かれて丁重なもてなしを受けている方が信じられない幸運だった。
けれど。フィメリアにも意地と誇りがある。父王は国を棄てても娘の身と自らの誇りを選んだ。ならば、フィメリアも父の遺志を継ぐだけだ。
彼女は腹に力をこめた。
「私は元に行く気はございません」
きっぱりと断じ、讃を見た。
「亡き父は小国ながら一国の王としての誇りを重んじ、貫いて死を選びました。ならば、私もその遺志を守るのみです」
「元皇帝に身を任せるほどならば、死を選ぶと?」
それには応えず、フィメリアは沈黙を守った。だが、彼女の静謐な眼(まなこ)には決意が溢れているはずだ。讃もまた、それ以上は追及せず、話を続けた。
「それでは、二つめの選択肢について話そう。二つめは仏門に入ることだ」
「尼になるのですね」
「そうだ。その場合、申し訳ないが、改宗して貰う必要がある。夏陽は回教国だが、高麗は仏教国だ。高麗の寺に入るのであれば、当然、そうなる」
フィメリアは微笑んだ。
「それは致し方ございません。殿下、私は宗教というものに国はないと考えております。神の教えも仏の教えも基本は皆、同じでしょう。神仏は宗教に関係なく、苦しむ者は皆救って下さいます。尼となるのに、改宗することには躊躇いはありません」
「なるほど」
讃は大きく頷いた。
「それでは、三つめの道だが」
何故か、そこで讃は言い淀んだ。
フィメリアは眼を見開き、讃の瞳を見つめた。讃は彼女からつと視線を逸らした。
「三つめとしては、誰か別の男の妻になるという道がある。元皇帝も人妻となったそなたに手出しはできぬ。高麗の貴族か、王族か。夏陽の姫という立場にふさわしき男がいれば、その者にそなたを娶せたいと思うのだが」
フィメリアは唇を噛みしめた。元皇帝の後宮に入れないのと同様、高麗の男を受け容れることはできなかった。たとえ貴族であろうが、王族であろうが、高麗人が祖国を攻め滅ぼしたという事実は未来永劫、変わらない。
「故国(くに)に恋い慕う方がいます」
何故、その瞬間、そんなことを口走ったのかも判らない。
「―っ」
讃の眼がフィメリアを射るように大きく見開かれた。
「夏陽に恋人がいたと?」
「―はい」
ここまで来ては、後へは引き下がれない。フィメリアは小さく頷いた。
讃はしばらく無言だった。耐え難い静寂が永遠に続くかと思われた頃、彼は唐突に口を開いた。
「その男は今、どうしている?」
フィメリアは首を振る。
「判りません。あの烈しい戦禍でどうなったのか、生きているのか死んでいるのかさえも知りません」
「その男の名を教えてくれ。何とかして安否を突き止めてみよう」
フィメリアはまた唇を噛んだ。あまりに強く噛んだため、酸っぱい味がひろがった。
「申し上げられません」
讃が吐息をついた。
「一国の姫の相手なら、いずれ名のある貴族の息子だろう。その者の名を告げて、俺がその者をどうこうするかと警戒しているなら、そのような心配は無用だ」
それでも、フィメリアは何も応えない。讃は溜息混じりに言った。
「それとも、身分違いの恋というヤツか? それなら、よほど話もしやすいというものだ。名も身分もない男なら、そなたがこれから政治的な駒に使われる心配もない」
フィメリアはうなだれた。讃は重ねて言った。
「俺を信じてくれ、フィメリアどの。悪いようにはしない。夏陽国の国王夫妻には今も申し訳ないことをしたと思っている。せめて残された娘のそなたが幸せになれるなら、俺はどんなことでもするつもりだ」
「ごめんなさい。これ以上は何も申し上げられません」
フィメリアが首を振るのに、讃の整った顔が強ばった。
「俺がここまで申しても、そなたは俺が信じられぬか?」
フィメリアは口を引き結んだまま応えなかった。讃はもう何も言わず、そのまま室を出ていった。フィメリアは力尽きたように円卓に突っ伏し、静かにすすり泣いた。