私が高麗王の花嫁に?お姉様になって―王の妹姫の無邪気な発言に国王も私も固まった 小説砂漠の蒼玉姫 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話 砂漠の蒼玉姫【サファイア】

 ~何故、私はあなたを愛してしまったの?

 あなたは私から大切な家族を奪い、祖国を

 攻め滅ぼした憎い敵なのに~。

  

 砂漠の小国夏陽(かよう)の国王の一人娘であるフィメリアは

「砂漠に落ちたサファイア」と吟遊詩人からその美貌を讃えられ

 る可憐な姫だった。

 しかし、彼女の美貌を噂に聞いた元(モンゴル)帝国の皇帝が

 フィメリアを後宮に入れたいと夏陽国王に申し出て―。

 何度も拒絶されたモンゴル皇帝は激怒して、冊封国であった

 高麗の王に夏陽を滅ぼすようにと命ずる。

 夏陽国王夫妻と兄皇太子と幼い弟王子は自刃、炎の中で壮絶

 な最後を遂げ、フィメリアは一人、焼け落ちる城から落ち延びた。

 混乱を来し、逃げ惑う人々の中で彼女を助けてくれたのは、「王 讃」と名乗る凛々しい青年だった。

 

王女が躊躇いがちに訊ねた。
「あの、少しお願いがあるの」
「何ですか?」
「髪を少し触らせて貰っても良い?」
おずおずと見上げる王女に、フィメリアは微笑んだ。
「どうぞ」
夏陽では未婚の娘も髪を結い上げるが、高麗ではそうではないらしい。フィメリアも高麗に来てからは、結い上げていた髪を下ろし、耳の両脇だけを結んで髪飾りをつけていた。衣服も夏陽式ではなく、高麗のものを出されたので、素直に着ている。
波打つ亜麻色の髪がふんわりと背中に流れ、薄紅色の下衣、萌葱の上衣といったいでたちだ。髪を結んだ飾り(リボン)は上衣と同じ萌葱色である。
王女は手を伸ばし、恐る恐るといった様子でフィメリアの髪に触れた。
「まるで、光の糸を束ねたような御髪ね。綺麗だわ。陽差しの加減では黄金色に輝いて見える。フィメリアさまの瞳は澄み渡った空のように蒼いのね」
フィメリアは笑いながら否定した。
「私の髪は金色ではありません。王女さまのおっしゃるように、夏陽には金髪の人が多いのですけれど、残念ながら、私は金色ではありませんでした」
「そうなの。でも、私はフィメリアさまの御髪もとても美しく見えるし、羨ましいわ」
「王女さまはお優しいのですね」
と、王女が頬を膨らませた。
「さっきも言ったでしょ。私たちは同じ立場なのだから、その呼び方は止めて。私のことは明容と呼んで下さらない?」
明容というのは王女の名前である。
「明容さま、でよろしいのですか?」
「そう。ね、お母さまから聞いたの。フィメリアさまは絵をお描きになるのでしょ。良かったら、見せて下さらない?」
「お見せするようなものではありません」
フィメリアが言うと、王女は酷く落胆の表情で泣きそうだ。
「判りました。このようなもので良いなら、どうぞ」
フィメリアは仕方なく殆ど完成した絵を王女に見せた。
「まあ」
王女はひとめ見るなり、恍惚りと見入った。
「これは夏陽の町?」
「はい」
「この円い屋根が乗った建物は何かしら」
「モスクといいます。私たちはイスラムの教えを信じていますから、そうですね、判りやすくいえば、イスラム教のお寺です」

 

「何て綺麗なの。真っ青ね。フィメリアさまの瞳の色と同じ」
フィメリアは微笑んだ。
「私たちは砂漠に生きる民ですゆえ、何が貴重かといえば、水です。水は時に黄金よりも重い価値を持ちます。ですから、最も貴重な水を象徴する色でお寺の屋根を飾るのです」
「そうなの」
王女は大きな瞳を生き生きと輝かせてフィメリアの話に聞き入った。更には市場についても質問が続き、フィメリアがひととおり応えた後、王女は無邪気に言った。
「私はお兄さまはいるけれど、お姉さまはいないから、淋しかったのよ。これからはフィメリアさまを〝お姉さま〟とお呼びしても良い?」
流石に、それはまずいだろうとフィメリアは思った。
「明容さまのお気持ちは私も嬉しいです。さりながら、表向きには私はやはり、囚われ人ですから、〝お姉さま〟と呼ばれるのは控えた方が良いのではないでしょうか」
「あら、では、フィメリアさまがお兄さまのお嫁さんになれば良いのね。お二人が結婚すれば、フィメリアさまは私の本当のお姉さまになるもの」
フィメリアは絶句した。どうしてそうなるのか理解に苦しむが、王女はさも名案を思いついたように浮き浮きとしている。
そのときだった。扉が開いて、若い男の声がした。
「やけに愉しそうだな」
聞き憶えのある声に、フィメリアは弾かれたように顔を上げた。やはり、讃だった。兄を認め、王女が歓声を上げる。
「丁度良いところにおいでになったのね。今、お兄さまのお話をしていたのよ」
「あの、明容さま」
まさか結婚云々の話を持ちだすのではとフィメリアは慌てた。が、無邪気な王女はフィメリアの動揺など素知らぬ風で兄に話す。
「私、フィメリアさまが大好きになったの。だから、お姉さまになって頂きたいわ」
「明容、それは」
讃はいきなりの妹の発言に訳が判らないといった風だ。王女は兄に勢い込んで言った。
「フィメリアさまとお兄さまが結婚なさったら、私がお姉さまとお呼びしても良いでしょう」
「おい、明容。言葉を慎め」
讃が綺麗な眉を露骨にひそめた。
「あら、私にはお似合いだと思うけど」
王女は不満そうに頬を膨らませた。
「俺は少しフィメリアどのと話がある」
暗に邪魔だと言われ、王女はますますむくれた。フィメリアは見かねて王女に優しく言った。
「明容さま、良かったら、明容さまがお望みのものをまた絵に描いて差し上げたいと存じますが、いかがですか?」
途端に、王女の顔がパッと輝いた。
「本当? 私の姿絵を描いて頂いても良いかしら」
「もちろん」
「判った。また明日、お訪ねするわ」
「はい、お待ちしています」
微笑むフィメリアにはにっこりと笑みを返し、無情に追い払った兄王にはフンとそっぽを向き、王女は去っていった。
扉が閉まると、女官の世羅も出てゆく。ほどなく世羅が茶の支度をして戻り、また部屋を出ていった。
フィメリアは青磁のポットを取り上げ、揃いの湯飲みに注ぐと円卓に乗せた。讃が椅子に腰を下ろす。彼女もまた卓を挟んで向かいに座った。
「済まない。どうも、妹がフィメリアどのを困らせているようだ」
「いえ。そのようなことはございません」
フィメリアはうつむいたまま言った。
「ご無礼かもしれませんが、私には弟がおりました。明容さまよりは年下ですが、明容さまを見ていると、亡くした弟を見ているようで、心が和みます」
それは本音だった。明容は十五歳、フィメリアよりは一つ下にすぎないけれど、年齢より幼く見える。そんな明容の姿がフィメリアには無邪気に自分を慕っていた幼い弟と重なった。
「末の第二王子は幾つだった?」
「六歳でした」
讃が息を呑んだ。
「そう、か。つくづく可哀想なことをした。そのような幼子までをも巻き込んでしまったとは」
「仕方ありません。それが戦の常ですゆえ」
フィメリアは消え入るような声で言った。
「明容は亡き父にも甘やかされていたから、我が儘になった。そなたにも無理難題を言うかもしれぬが、ならぬときはならぬと叱ってやって欲しい」
「―はい」
頑なに顔を上げようとしないフィメリアを見、讃は溜息をつく。
「今日はそなたに伝えたいことがあってきた」
「はい」
だが、讃はなかなか言葉を発しない。フィメリアは伏し目がちだが、言葉ははっきりと告げた。
「どのようなお話であろうと、私はお聞きする覚悟はできております。どうか何なりとお話し下さいませ」
「流石は一国の王女だな。明容にもそなたほどの気概があれば良いのだが」
讃は頷き、続けた。
「まず、そなたと約束したことだ。友の亡骸は約束どおり、手厚く葬った」
これを、と、讃は袖から腕輪を出した。それはレセが最後まで身に付けていた腕輪だった。
「形見になりそうなものといえば、これくらいしかなかった」
それは珊瑚の腕輪だった。元々はフィメリアがレセに与えたものだ。レセはとても歓んで、いつも身に付けていた。
「あの者がそなたの友とは思えぬが」
讃の言葉に、フィメリアは涙に濡れた眼で彼を見た。
「レセは侍女でした。私によく仕えてくれました。侍女ではありましたが、姉のように思っていたのです」
「さりながら、何故、それほどに忠義な侍女がそなたの側を離れた? 戦の最中の混乱で離れ離れに?」
「―」
フィメリアは無言だった。その様子に、讃はすべてを悟ったようである。
「あの者はそなたを裏切ったのか!」
フィメリアは泣きながら訴えた。
「仕方ないことです。私は王族ですから、万が一、捕まれば、最悪、生命を取られる可能性もありました。そんな主君に付き従っていれば、従者まで生命を失うことになりかねません。レセの判断は正しかったのです」