敵国高麗の王宮で私はたった一人。憎むべき敵である高麗の国王に惹かれるだなんて 小説 砂漠の蒼玉姫 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話 砂漠の蒼玉姫【サファイア】

 ~何故、私はあなたを愛してしまったの?

 あなたは私から大切な家族を奪い、祖国を

 攻め滅ぼし憎い敵なのに~。

  

 砂漠の小国夏陽(かよう)の国王の一人娘であるフィメリアは

「砂漠に落ちたサファイア」と吟遊詩人からその美貌を讃えられ

 る可憐な姫だった。

 しかし、彼女の美貌を噂に聞いた元(モンゴル)帝国の皇帝が

 フィメリアを後宮に入れたいと夏陽国王に申し出て―。

 何度も拒絶されたモンゴル皇帝は激怒して、冊封国であった

 高麗の王に夏陽を滅ぼすようにと命ずる。

 夏陽国王夫妻と兄皇太子と幼い弟王子は自刃、炎の中で壮絶

 な最後を遂げ、フィメリアは一人、焼け落ちる城から落ち延びた。

 混乱を来し、逃げ惑う人々の中で彼女を助けてくれたのは、「王 讃」と名乗る凛々しい青年だった。

 

王太后は微笑んだ。
「十月もそろそろ終わりとはいえ、外は少し歩けば汗ばむほどの陽気です。フィメリア姫も少し庭を歩いてはいかが? ずっと部屋に閉じ籠もりきりでは余計に心も塞いでしまうのではなくて?」
折角の王太后の勧めだ、何か言わなければと言葉を探している中に、一陣の風が窓から吹き込んだ。円卓は窓際にあり、その上に置いていた描きかけの紙がひらりと舞い上がる。
「あ」
声を上げたときには遅かった。風に巻き上げられた紙はひらひらと舞い上がり、花びらが散るように王太后の足許に落ちた。
王太后は黙って紙を拾い上げた。しばらくその紙を静かに見つめてから円卓に近寄り紙を元に戻した。
「―」
フィメリアは焦りの滲んだ顔で王太后を見つめた。が、フィメリアの母親ほどの王太后は、彼女の気持ちなど端からお見通しだったようである。
「絵がお上手なのね」
直截に言われ、フィメリアは頬を熱くしながら頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
「何を謝る必要があるの?」
フィメリアは王太后の意図を読もうとその瞳を覗き込んだけれど、澄み渡った双眸には何の感情も浮かんではいなかった。ただ穏やかな視線で、はるかに年上の女性はフィメリアを見つめていた。
「ですが―」
王太后が言った。
「もう一度、あの絵を見せて下さる?」
表面上は客待遇とはいえ、所詮は亡国の姫であり虜囚の身だ。敵国の王太后の言葉に逆らえるはずもない。
フィメリアは円卓の上の紙を取りにゆき、王太后に渡した。
紙には夏陽国のかつての姿が描かれていた。壮麗なモスクの向こうに昇り始めた朝陽が輝いている。モスクの前方には市場(スーク)が描かれ、たくさんの露店や賑わう人々が生き生きと躍動していた。
色こそ塗っていないが、そこには紛れもなく懐かしい祖国があった。あたかも絵の中から露天商の声高に叫ぶ声や品物を値切る客の声が聞こえてくるようである。
「絵はよく描いていたのですか?」
「はい」
フィメリアは消えいるような声で応えた。
王太后は頷いた。
「隠さなくてよろしいのですよ」
小さく息を吸い込み、続ける。
「誰でも祖国は懐かしいものです。私はもちろん夏陽国に行ったことはありませんが、国民は皆、穏やかで争いを好まず、大変高い文化を持っている国だと聞いています。国王殿下は何とか平和的解決を望まれていたようだけれど、このような結果になり、あなたには申し訳ないことをしたと思っています」
よもや敵国の国王の母からこのような科白を聞くとは思わず、フィメリアは眼に涙を滲ませた。
「ありがとうございます。さりながら、父、夏陽国王は最後まで誇りを守って己れの信念を貫いて亡くなりました。本望であったと存じます」
王太后がしみじみと言う。
「戦とは哀しいものですね」
そして、その場に満ちた重い沈黙を破るように話題を変えた。
「私の父も絵を描くのが好きでした。元国から嫁いできた母や花の絵をよく描いていたそうですよ。祖国の風景を描きたければ好きなだけお描きなさい。大切な方をなくされ今は辛いでしょうが、あなたが一人生き残ったことにも何か必ず意味があります。どうか早まったことは考えないで、あなたを生かそうとした夏陽国の国王陛下や王妃さまのお心を大切にして下さい。人の一生には良い時期も悪い時期もあるのですから、きっと哀しいことばかりは続きませんよ」
だが、このときだけは王太后の言葉をフィメリアは素直に受け取ることはできなかった。
人の一生には確かに良い時期も悪い時期もあるかもしれない。しかし、夏陽国を攻め滅ぼし私を哀しい目に遭わせたのはあなたの息子なのですよと叫びたかった。
元国の命令とはいえ、高麗が夏陽を攻めなければ、こんな哀しい結末はなかった。所詮、あなたは夏陽を滅ぼし、両親や兄弟を殺した男の母親ではないか。そんな人に知ったかぶりでそんなことを言われたくない。
でも、囚われの身で王太后に言えるはずもなかった。悔しさに口をつぐみ涙ぐんだフィメリアを王太后は気遣わしげに見ていた。

更にその昼過ぎにはまた、珍客があった。王太后が辞去してすぐ、フィメリアの許に絵の具や筆、上質の紙などが大量に届けられた。フィメリアの身の回りの世話をする女官は、
「王太后さまからのお届け物だそうです」
と、恭しく告げた。
絵の具はあらゆる色が揃っていたし、筆も紙も見たことのないような高価なものばかりだ。そういえば、と、フィメリアは改めて思い出す。
王太后の生母は元国の先代皇帝の第三皇女であり、今の皇帝は従弟に当たったのではないか。先代の順帝はこの外孫を殊の外可愛がっていたという。高麗の王女でありながら、元国の皇室とは濃い血縁関係を持っている王太后は現在まで元国の皇室と繋がりを持ち、今の皇帝にもかなりの影響力と発言権を持つといわれていた。
そのため、当代の高麗国王も歴代の王太子とは異なり、元に連れ去られることもなく、高麗で母后の手によって育つことができたのである。
この紙や絵の具などももしかしたら、元国渡りの品なのかもしれない。そう思うと手に取るのも穢らわしい。最初はそう思ったのだけれど、やはり誘惑には勝てなかった。
フィメリアは絵の具におずおずと触れると、後は何かに引き寄せられるように筆を持ち、色を水で溶き、夢中で筆を走らせていた。
二人目の来訪者があったのはふた刻ほど色塗りに熱中した後のことである。
「姫さま、お客人がお見えです」
世羅(せら)と呼ばれるその女官は二十歳ほどで、茶褐色の髪と色素の薄い瞳を持つ美しい娘だ。聞くところによると、父が高麗人、母が夏陽人らしい。商人だった父が夏陽に来た際、母と出逢い恋に落ちた。母は父に連れられ高麗に来て、世羅を生んだそうだ。そのため、高麗では〝世羅〟と呼ばれているが、夏陽での本名は〝セイラ〟と呼ぶそうだ。
高麗人よりは夏陽人の容貌を色濃く受け継いでいて、夏陽語も話せる。そのため、フィメリアの世話係になったと、これは世羅自身から聞かされた。
「誰なの?」
周囲は敵ばかりと常に緊張しているフィメリアにとって、世羅はたった一人、高麗で頼れる存在といえた。
「永明公主さまです」
「国王殿下の妹君が?」
フィメリアは愕いて椅子から立ち上がった。午前中は王太后、午後からは王妹、今日は珍しい客の多いものだ。
「こんにちは」
世羅が扉を開ける間でもなく、一人の少女が飛び込んでくる。
小柄で少し癖があるのか、垂らした長い髪は毛先がくるんと丸まっているのが童顔の王女にはよく似合っている。珊瑚色の下衣に合わせた紅色の上衣は、あつらえたようにぴったりだ。王女が入ってきただけで、部屋に明るい色彩が満ちたようである。
「あなたがフィメリアさまなのね」
朗らかな質なのか、人見知りもせずフィメリアを見上げて、にっこりと笑う。フィメリアもつい警戒心を緩めてしまうような笑顔だ。
「はい、私がフィメリアです」
わずかに腰をかがめて礼の姿勢を取るのに、王女は大きく首を振った。
「堅苦しい挨拶は止めましょう。あなたも一国の王女なのだから、私たちは対等よ」
嫌みは感じられないが、随分とはっきり物を言う少女である。王女はフィメリアを頭からつま先まで眺め渡した。
「綺麗な方ね。まるで、お人形みたい。お兄さまはフィメリアさまが大慶寺の壁絵の飛天さまみたいにお美しい方だと言われていたけど、本当だったのねえ」
「大慶寺?」
フィメリアが小首を傾げると、王女が笑った。
「ごめんなさい。大慶寺というのは、お祖父さまが建立されたお寺なの。お兄さまと私もよく幼い頃はお母さまに連れられて行ったわ。そのお寺の壁に浮き彫りがあって、天人が舞ったり楽を奏でたりしているところが彫られているのね。その天女にフィメリアさまが似ているとお兄さまがおっしゃっていたのよ」
「―」

フィメリアはどう返せば良いのか見当もつかない。自分が天人のように美しいとは到底思えないし、讃が本気でそんなことを妹に語ったとも信じられなかった。