砂漠で心惹かれた彼が高麗の国王だったなんて―私、高麗に連れてゆかれてしまう 小説 砂漠の蒼玉姫 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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秘花 第四話

 砂漠の蒼玉姫【サファイア】

 ~何故、私はあなたを愛してしまったの?

 あなたは私から大切な家族を奪い、祖国を

 攻め滅ぼした憎い敵なのに~。

  

 砂漠の小国夏陽(かよう)の国王の一人娘であるフィメリアは

「砂漠に落ちたサファイア」と吟遊詩人からその美貌を讃えられ

 る可憐な姫だった。

 しかし、彼女の美貌を噂に聞いた元(モンゴル)帝国の皇帝が

 フィメリアを後宮に入れたいと夏陽国王に申し出て―。

 何度も拒絶されたモンゴル皇帝は激怒して、冊封国であった

 高麗の王に夏陽を滅ぼすようにと命ずる。

 夏陽国王夫妻と兄皇太子と幼い弟王子は自刃、炎の中で壮絶

 な最後を遂げ、フィメリアは一人、焼け落ちる城から落ち延びた。

 混乱を来し、逃げ惑う人々の中で彼女を助けてくれたのは、「王 讃」と名乗る凛々しい青年だった。

 

昨日、城門を出る前、彼がくれた言葉が耳奥でまざまざと甦った。
―今は生き延びることだけを考えた方が良い。生命があればまた、ここに戻ってくることもできるし、再び国を作ることもできる。
彼の言葉は道理であった。生命あってこそ、滅びた国を再び興すこともできる。父や母、兄や弟の無念を晴らすことができるのだ。
これからは死ぬことではなく、生きることを真っ先に考えよう。大切な祖国と家族、夏陽の民を戦禍に巻き込み滅亡に追いやった憎き高麗王をいつの日か、この手で殺してやるために。
フィメリアは思わず感嘆の声を上げた。刻一刻と移り変わりゆく砂漠の空はいつ見ても美しいが、今朝の夜明けはまた格別であった。白んだ空が次第に朱(あけ)の色に染まってゆく。砂漠で生まれて十六年間生きてきて、今朝のように見事な夜明けを見たのは初めてだ。
今日の始まりを告げる太陽が光を放ち、取れたての果実のような力強さを秘めて砂漠の空を彩る。まばゆい光に眼を細め、額に手をかざしながらもフィメリアは雄々しい太陽から眼を離せない。
一陣の乾いた風が駆け抜け、砂塵が舞い上がった。
「どこに行く気だ?」
唐突に声をかけられ、フィメリアは愕いて背後を振り返った。
「讃」
数歩離れた場所に、二度と逢うこともないと諦めていた男が馬上の人となって立っている。
砂漠の風がフィメリアの亜麻色の風を揺らし、生まれたばかりの太陽がその髪を照らすと、金褐色に輝きを放った。
金色の長い髪を風になびかせ、深い湖水のように澄んだ蒼い瞳を持つフィメリアのほっそりとした姿が陽光にくっきりと浮かび上がる。
讃は魂を奪われたかのように彼女を見つめた。
「何と美しい。はるか西域の砂漠には風と共に突如として現れ、旅人を惑わし死にいざなうという乙女がいると聞いた。そなたはフィメリア、その伝説の乙女ではないのか」
「そんな伝説、私は知らないわ」
フィメリアはやや高い声で返した。
讃は馬からひらりと降り立った。
「俺の国では有名な話だ」
「私はそんな話を聞いたこともないもの」
讃がフと笑った。
「伝説とは、そんなものだろう。そなたの国にも、恐らくは俺の知らない伝説があるはずだ」
フィメリアは早口で言った。
「砂漠を越えた東には、人間を喰らう人の姿をした怖ろしい鬼が暮らしていると聞いたわ」
讃がまた笑った。
「その国が高麗だというのか?」
「そんなことは知らない。最初、夏陽に難題を押しつけてきた元国かもしれないでしょう」
なるほど、と、讃は頷いた。
フィメリアは矢継ぎ早に言った。
「こんなところに居ても良いの? 夜明けまでに戦場に戻らなければならないのではなかったの?」
讃が首を傾げた。
「一人で戻るわけにはゆかなくなった」
フィメリアの唇が震えた。
「それは、どういうこと?」
「そなたを連れて戻る」
当然だという口調で応えられ、フィメリアは唇を噛みしめた。
「何故? あなたは私を逃がしてくれると言ったはずよ!」
そのときだけ、讃の端正な顔が曇った。
「ああ、確かに俺はそう約束した」
「約束を破るつもり?」
フィメリアは悲鳴のような声で叫んだ。
讃は沈んだ声音で言った。
「生憎と予定が狂った。俺を恨むなら、好きに恨んでくれ」
いや、と、彼はどこか淋しげに微笑った。
「俺はもうそなたに恨まれているな。だが、その中、そなたは恨むどころか、俺を憎むようになるだろう」
フィメリアは縋るような瞳で讃を見上げた。
「お願い。もう一度だけ、見逃して。私は行かなければならないの。ここで死ぬわけにはゆかないのよ、憎い男を殺してまた砂漠に戻ってこなければならないんだから」
「憎い男というのは誰だ?」
「高麗の王よ」
刹那、讃の瞳を拭いがたい翳りがよぎったのにフィメリアは気付かなかった。
「フィル、いや、フィメリア姫。そなたが夏陽国最後の生き残りの姫である限り、俺はそなたを見逃してやるわけにはゆかぬのだ」
「―!」
フィメリアの口から、か細い悲鳴が洩れた。
「どうして、それを」
知っているのかと言いかけ、最後まで言えずフィメリアは力尽きて、その場にくずおれた。
「いつ気付いたのかと言えば、昨夜、そなたの懐剣を見たときだ。あの懐剣には目立たないが、双頭の鷲が彫り込まれていた。あれは夏陽国の王族だけが持つことを許されている紋章だ。いわば、王の血筋に連なる証だからな」
「そんな―」
フィメリアは絶句し、相手を詰るように言った。
「どうして、気付いたときに言わなかったの?」
「言えば、そなたがすぐにでも逃げ出すと思ったからだ。万が一、自害でもされては困るとも思った」
フィメリアはキッと讃を睨んだ。
「自害なんて、しないわ。あなたたちの王を殺すまで、私は絶対に死んだりなんかしない」
フィメリアはふいに踵を返し、全速力で駆けた。だが、讃は馬に跨ると、その腹を軽く蹴り駆けさせ忽ち追いついた。逞しい男の腕に軽々と掬い上げられ、フィメリアはその腕にまたしても抱き込まれていた。
「放して!」
渾身の力で抗うフィメリアに讃が囁いた。
「しっかりと捕まっていろ。俺の国を見せてやる。すべてを忘れさせてやるほど美しい国だ。そなたの祖国の夜明けもまた幻想的で見事だが、俺の治める国も棄てたものではないぞ」
最後のひと言に、フィメリアは眼を見開いた。
「何ですって?」
「挨拶が遅れたな。そなたが殺したいと願う男、それが俺だ」
「まさか、高麗王?」
愕然とするフィメリアを抱く腕に力をこめ、讃が高らかに叫んだ。
「俺の名は王讃だ。よろしくな、姫」
―この男が憎き高麗の王、私が初めて心惹かれた男が祖国を滅ぼし、大切な家族を死に追いやった冷酷な悪鬼だった―。
あまりの展開に、フィメリアは最早、言葉もなかった。