ツンデれ俺様だけど、あなたが好き。若き天皇とお転婆姫君の平安恋絵巻一話完結 小説 月下の契り~想 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 月下の契り~想夫恋を聞かせて~


「私も是非、主上とお手合わせ致したく存じます。そして、いつか私の弾く想夫恋もお訊き下さいませ」
 ひと息に言うと、帝の端正な面に艶麗な微笑が浮かんだ。まさに、今宵の銀月も霞んでしまうかのような笑顔である。これでは、後宮中の若い女官たちが竜顔が麗しすぎ、眩しくてまともに見られないという噂もあながち嘘ではないと知れる。
 月読の精が人となったら、このように清冽で涼やかな美貌の男になるのかもしれない。けれど、この静謐さを纏う美しい男が心から愛する女を求める時、どれほど情熱的になるのかを薫子は知っている。彼に求められるその世にも幸運な女は他ならぬ我が身であった。
「朕は何と果報者であることよ。今宵のそなたは月の女神にも勝る美しさ、このような女に出逢えた朕は幸せだ」
 薫子は、どうにも違和感を憶えずにはいられない。どうも承平と名乗って市井に現れていた頃とは、別人のようだ。いや、同一人物であることは判りきっているのだが、性格が真逆というか、口が上手すぎる。承平はこんな歯が浮くような甘い科白をぺらぺらと口にして女を口説くタイプではなかった。
 一見、冷たいほどに落ち着いているのに、甘い科白で女心をくすぐる色事の達人、かたや、朗らかで冗談好き、言いたい放題に物を言い、女心など欠片も理解していない朴念仁。
 まるで顔つきまでも違うから、時々、やはり二人はまったく別の男なのではないかと錯覚しそうになる。
―もしかして、主上の本性は軟派な女タラシなのかしら。
 薫子は困惑して、帝の美しすぎる横顔を眺めていた。
「主上、一つだけお訊ねしてもよろしいでしょうか?」
 控えめに言上すれば、帝は穏やかな笑みで頷いた。入内した翌朝に見せたあの冷酷な表情が嘘のようだ。やはり、薫子が出ていゆこうとしたから、帝が気を逸らせたのだろうか。だとすれば、年若い帝を激情に走らせてしまった一因は薫子にもある?
 とにかく今宵の彼が凪いだ春風のようであることに安堵できた。けれど、やはり違和感がある。〝承平〟はどちらかといえば、いつも憎まれ口を叩いていたし、無闇に女に思わせぶりない科白を吐く男ではいはずだ。
 一体、どちらの彼が真実なのだろう。
「ああ、何なりと訊ねるが良かろう。。我らはいずれは妹背となるのだから、隠し事は良くない」
 鷹揚に頷く帝に、薫子は続けた。
「主上が市井で見せておいでになった顔と、畏れながら内裏で見せておられる顔はまったく違うようにお見受け致します。別人と申し上げてもよろしいでしょう。一体、どちらの主上を私はお信じ申し上げたら良いのでしょう?」
 そのときだ、薫子また信じがたい光景を見た。帝がプッと吹き出したのである。唖然として見つめる薫子に、帝が肩を竦めた。それは、今宵の月のように玲瓏な美貌の帝にはふさわしくない仕種だ。
「後宮には美しい女はごまんといるが、そなたのような面白き女は滅多にいないからな」
「さようにございますか、―って、え?」
 到底、麗しき竜顔から発せられたとは思えない言葉に、薫子は眼を瞠った。
 帝が悪戯っぽく笑う。
「面白い女というのは、風変わりなとも言えるな」
 帝はクックッと声を殺して笑い、薫子を見た。
「薫子といれば、いつも退屈しなくて済みそうだ」
「えっ、え」
 先刻までの帝とのあまりの落差に戸惑うばかりだ。
「俺が何か言う度に、ほれ、このようにくるくると表情が変わる」
 帝が手を伸ばし、薫子の両頬をつまんだ。フニフニと引っ張る。
「こんな顔も面白いぞ」
「良い加減にしてっ。他人の顔を玩具にして遊ばないで」
 薫子は帝の手を振り払った。
「ああ、危うく騙されるところだったわ。やっぱり、市井で見せていた顔の方が本物だったのね!」
 薫子は帝を軽く睨んだ。
「素直じゃないんだから。失礼ね、素直に側にいて欲しいって言えば良いのに」
「だから、言ってるだろうが。俺は何度もそなたにそう言ったぞ?」
「そうだったかしら? そんなことを聞いたかな~」
 わざととぼけると、帝の頬が染まった。
「無礼な、帝をからかうのか!?」
 その刹那、突風が二人の間を駆け抜けた。嵐を思わせるような風は咲き誇る萩の枝を揺らし、その度に細やかな花びらが雪のように舞い上がる。
「何だ、この季節にいきなり」
 帝が呟き、咄嗟に薫子はその逞しい腕にすっぽりと抱き込まれた。突風から庇ってくれているのだと思うと、何となく、くすぐったい。彼の体熱に包まれ、頬がどんどん熱くなる。
 ふと彼の腕越しに見上げた天(そら)には、ひらひらと風に舞い流される花びら。
 雪のような花びらがはらはらと二人に降り注ぐ。漆黒の闇に月光を浴びた花片が銀色に煌めき舞っていた。満天の空には妖しいほどに美しい銀色の満月が煌々と輝いている。
 二人はその幻想的な美しさに刻を忘れて見入った。永遠とも思える沈黙の後、帝がポツリと言った。
「側にいてくれ」
「―はい」
 引き寄せられ、軽く唇に唇を触れ合わせる。それは本当に一瞬だけの蝶の羽根が掠めるほどのふれあいだった。
 帝がその時、最大限の自制心でもって薫子を腕から放したのを当の薫子は知らなかった。
 薫子は大好きな男とは並んで、いつまでも銀色に輝く満月を眺め続けた。何かかが始まりそうな予感がしていた。


―時は平安、朱雀の帝と申し上げる帝の後宮にいと時めきたる御方あり。その御名を後の藤壺中宮とぞ申し上げる。―
                 (第一話・了)



 

☆明日から第二話へ続きます☆


酔芙蓉
  花言葉―しとやかな恋人、繊細な美、微妙な美しさ、富貴   
  

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  石言葉―慈愛、誠実、貞操、高潔。サファイアの中でも、光を当てて眺めたときに六条の光を生ずる、スター効果を持つものもあり、スターサファイアと呼ばれている。